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嘘でもいいから
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その翌日から慶一は目に見えて変わった。
言葉遣いや態度が以前のように穏やかになり、陽和に手酷いことをしなくなった。
その代わりにほとんど毎晩、理由もなく彼女を自室に呼びつけるようになった。
当然そういうことをするものだと思って陽和が服を脱ごうとすると、彼は焦った様子で彼女を止めた。
「今日はそんなつもりで呼んだんじゃない」
「それではどんなおつもりだったんですか?」
「……」
慶一はこうして時々不可解な行動をするようになった。
陽和をただ腕に抱きしめて眠り、する時は相変わらず強引だが終わった後は優しく体を労ってくれる。
すぐに部屋を去ろうとすると引き留められて、「今夜は泊まっていけ」と命じられることもあった。
彼の変化に彼女は戸惑った。
突然人形を人間扱いし始めた彼の真意がわからなかった。
「陽和。紅茶を淹れてやるから、ここに座れ」
リビングにいる時でも彼は彼女を傍に置きたがった。
わざわざその為に彼女の好きそうなお菓子を買って来ては、自らお茶を淹れるようになった。
礼奈の目を盗んでは頭を撫でたり、抱きしめたり、キスをしたりすることも増えた。
まるで恋人同士のようなスキンシップに、陽和は悦ぶ気持ちもあったが何か裏があるのではと疑う気持ちもあった。
それからひと月ほど経ったある日、ついに慶一との関係が礼奈にばれた。
「昨晩、兄さんと部屋で何をしていたの?」
礼奈は珍しく陽和よりも早く帰宅して彼女を待ち構えていた。
義妹に詰られた陽和は何も答えられなかった。
そういうことをする時はできるだけ声を抑えているのだが、昨日は殊更に甘く長くしていたので、気が緩んで部屋の外まで聞こえてしまっていたのだろう。
彼女の沈黙を肯定と受け取った礼奈は激昂した。
「体で誘惑するなんて、いやらしい…あなたも母親と同じね!気持ち悪いのよ!」
彼女は怒号を飛ばし、陽和の部屋にあった鞄や荷物と一緒に彼女を雪の上に放り出した。
飛んできた拍子に開いたスーツケースにはご丁寧にクローゼットの中の衣類が詰められていた。
庭に散らばった服や下着を拾ってケースに収めながら、陽和は礼奈の放った言葉を頭の中で反芻していた。
彼女は母親を慕っていたように思うが、心の奥底ではずっとそう思っていたのだろう。
父親を体で誘惑した気持ち悪い女だと。
(…これ以上は甘えられない)
陽和はもう鍵のかかった玄関のチャイムを鳴らして「家に入れてくれ」と頼み込む気にはなれなかった。
彼女はこのまま家を出て行こうと決心した。
その夜はビジネスホテルに一泊し、翌日の金曜日は休まず出社した。
朝起きたらスマホに慶一からの着信が数件入っていたが、折り返す気力もわかず後回しにした。
陽和には他に考えなければならないことが山積みだった。
このままホテルに泊まり続けるわけにもいかないので、その日は定時で退社した足で不動産屋へ行き、家を探し始めた。
希望する家賃の範囲内で即日入居可能な物件が数件見つかり、明日の午後に内観できることになった。
慶一からまた何度か着信が入っていたが、家が決まるまでは連絡をしないことにした。
いくつか内観した後、比較的内装が綺麗な3階建てマンションの一室に契約を決めた。
入居にかかる費用も今ある貯金で十分賄えそうで安堵する。
入居日は5日後の木曜日になった。
住む家が決まって安心したのか、翌日は疲労が出てほとんど一日中寝て過ごした。
月曜日、出社すると受付の女性から金曜日の夜に義兄が訪ねてきていたと聞かされる。
陽和は彼から着信が続いていることを思い出し、家も決まったことだし折り返そうと電話をかけた。
慶一はすぐに出た。
「陽和?どうして電話に出なかった?今どこにいるんだ?今日まで何をしていた?男と一緒だったのか?」
矢継ぎ早に質問してくる彼に苦笑が漏れる。
その必死さがまるで恋人を心配する男性のようで、そんな些細なことで喜びを覚える自分に呆れるのと同時に胸が痛くなった。
どんなに期待したところで、この恋が実らないことは初めての夜からわかっていた。
「そうです。好きな人と一緒でした。住む家も決まりましたのでこのまま出ていきます」
「なんだって?家が決まった?どこに住むんだ?好きな人って誰だ。この前会っていた奴か?」
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
「待て、勝手に話を終わらせるな!まだ電話を切るなよ。とにかく会っ…」
慶一はまだ喋っていたが、陽和は命令に背いて電話を切った。
恐らく彼女が彼にした初めての反抗だった。
涙があふれて止まらない。
(嘘でもいいから、私のことを好きって言ってほしかったな…)
そのまま彼の番号をブロックして、涙と共に初恋を終わらせた。
言葉遣いや態度が以前のように穏やかになり、陽和に手酷いことをしなくなった。
その代わりにほとんど毎晩、理由もなく彼女を自室に呼びつけるようになった。
当然そういうことをするものだと思って陽和が服を脱ごうとすると、彼は焦った様子で彼女を止めた。
「今日はそんなつもりで呼んだんじゃない」
「それではどんなおつもりだったんですか?」
「……」
慶一はこうして時々不可解な行動をするようになった。
陽和をただ腕に抱きしめて眠り、する時は相変わらず強引だが終わった後は優しく体を労ってくれる。
すぐに部屋を去ろうとすると引き留められて、「今夜は泊まっていけ」と命じられることもあった。
彼の変化に彼女は戸惑った。
突然人形を人間扱いし始めた彼の真意がわからなかった。
「陽和。紅茶を淹れてやるから、ここに座れ」
リビングにいる時でも彼は彼女を傍に置きたがった。
わざわざその為に彼女の好きそうなお菓子を買って来ては、自らお茶を淹れるようになった。
礼奈の目を盗んでは頭を撫でたり、抱きしめたり、キスをしたりすることも増えた。
まるで恋人同士のようなスキンシップに、陽和は悦ぶ気持ちもあったが何か裏があるのではと疑う気持ちもあった。
それからひと月ほど経ったある日、ついに慶一との関係が礼奈にばれた。
「昨晩、兄さんと部屋で何をしていたの?」
礼奈は珍しく陽和よりも早く帰宅して彼女を待ち構えていた。
義妹に詰られた陽和は何も答えられなかった。
そういうことをする時はできるだけ声を抑えているのだが、昨日は殊更に甘く長くしていたので、気が緩んで部屋の外まで聞こえてしまっていたのだろう。
彼女の沈黙を肯定と受け取った礼奈は激昂した。
「体で誘惑するなんて、いやらしい…あなたも母親と同じね!気持ち悪いのよ!」
彼女は怒号を飛ばし、陽和の部屋にあった鞄や荷物と一緒に彼女を雪の上に放り出した。
飛んできた拍子に開いたスーツケースにはご丁寧にクローゼットの中の衣類が詰められていた。
庭に散らばった服や下着を拾ってケースに収めながら、陽和は礼奈の放った言葉を頭の中で反芻していた。
彼女は母親を慕っていたように思うが、心の奥底ではずっとそう思っていたのだろう。
父親を体で誘惑した気持ち悪い女だと。
(…これ以上は甘えられない)
陽和はもう鍵のかかった玄関のチャイムを鳴らして「家に入れてくれ」と頼み込む気にはなれなかった。
彼女はこのまま家を出て行こうと決心した。
その夜はビジネスホテルに一泊し、翌日の金曜日は休まず出社した。
朝起きたらスマホに慶一からの着信が数件入っていたが、折り返す気力もわかず後回しにした。
陽和には他に考えなければならないことが山積みだった。
このままホテルに泊まり続けるわけにもいかないので、その日は定時で退社した足で不動産屋へ行き、家を探し始めた。
希望する家賃の範囲内で即日入居可能な物件が数件見つかり、明日の午後に内観できることになった。
慶一からまた何度か着信が入っていたが、家が決まるまでは連絡をしないことにした。
いくつか内観した後、比較的内装が綺麗な3階建てマンションの一室に契約を決めた。
入居にかかる費用も今ある貯金で十分賄えそうで安堵する。
入居日は5日後の木曜日になった。
住む家が決まって安心したのか、翌日は疲労が出てほとんど一日中寝て過ごした。
月曜日、出社すると受付の女性から金曜日の夜に義兄が訪ねてきていたと聞かされる。
陽和は彼から着信が続いていることを思い出し、家も決まったことだし折り返そうと電話をかけた。
慶一はすぐに出た。
「陽和?どうして電話に出なかった?今どこにいるんだ?今日まで何をしていた?男と一緒だったのか?」
矢継ぎ早に質問してくる彼に苦笑が漏れる。
その必死さがまるで恋人を心配する男性のようで、そんな些細なことで喜びを覚える自分に呆れるのと同時に胸が痛くなった。
どんなに期待したところで、この恋が実らないことは初めての夜からわかっていた。
「そうです。好きな人と一緒でした。住む家も決まりましたのでこのまま出ていきます」
「なんだって?家が決まった?どこに住むんだ?好きな人って誰だ。この前会っていた奴か?」
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
「待て、勝手に話を終わらせるな!まだ電話を切るなよ。とにかく会っ…」
慶一はまだ喋っていたが、陽和は命令に背いて電話を切った。
恐らく彼女が彼にした初めての反抗だった。
涙があふれて止まらない。
(嘘でもいいから、私のことを好きって言ってほしかったな…)
そのまま彼の番号をブロックして、涙と共に初恋を終わらせた。
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