『海色の町』シリーズ3部作

紬 祥子(まつやちかこ)

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第3話~空のおと~

同級生の彼女(1)

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 「そろそろ、時間じゃないの」
 襖が開けられる音に顔を上げると同時に、母がそう声をかけてきた。時計はもうすぐ午後1時20分を指そうとしている。確かに、あと40分足らずで約束の時間だった。
 一日の大半を部屋から出ずに過ごしていると、時間経過の感覚がかなり薄れるらしい。そのことを、桂木かつらぎ良行よしゆきは近頃、事あるごとに実感させられていた。今のように。
 仕事で朝から夜まで忙しくしていた頃にも、似た気分は覚えていた。だが、その時と今とでは、性質がまるで違う。……今あるのは、昔は感じなかった、時間に取り残されるような感覚。
 「じゃ、行ってくる」
 「帰りは何時頃になりそう?」
 「6時半ぐらい……までには帰ると思う。今日も寄ってくつもりだから」
 わかった、気をつけるんだよという声を背中で聞きつつ、玄関を出る。
 道に出た瞬間に強い風が吹き、一瞬、巻いていたマフラーで視界が塞がれた。元の位置に戻しながら、先へと進む。しばらく歩くと、海と陸を分ける、堤防沿いの広い道が見えてきた。風に混じる強い潮の匂いは、生まれた時から近しかったもの。
 故郷であるこの町に戻ってきて、そろそろ1ヶ月が過ぎようとしている。

 大学に入ってからの9年近く、ほとんど帰省していなかったことを思うと、ある種の居心地悪さ──懐かしさの混ざった違和感をもっと長く感じる気がしていた。だが1週間も経たないうちに匂いにも、湿り気を含んだ少し重たい風にもすっかり慣れた。認識していた以上に親しんでいた、ということかも知れない。町を離れる前は考えもしなかったけれど。
 めったに帰ってこなかったことに特別な理由はない。単純に、大学時代は勉強が、就職後は仕事が忙しかったのだ。
 現役で国立の工学部に進み、技術職で入社した。常に上位の結果を出してきて、自分にしかできないことをしているという自負も持っていた。だから忙しさは、大変だったが苦ではなかった。
 考えが全て過去形になるのは、帰省する直前に会社を辞めたからである。
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