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第3話~空のおと~

同級生の彼女(8)

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 二人分のコーヒーを置き、お辞儀をする様子はごく普通に見えた。しかし、数歩離れかけて足を止めたウエイトレスが、こちらを振り返ったのも確かに見た。良行と目が合うと、焦った表情で再び背を向け、早足で入り口の方へと戻っていく。
 ……「お待たせしました」と言った時の口調より、さっきの目の方が気になる。何か、大っぴらに口に出せないことが頭にあって、それでも好奇心は抑えられないと言いたげな複雑さ。
 図書館で、他の職員がこちらを見た目と、よく似ていたように思えたのだ。
 「どうしたの?」
 繭子が問いかける声で、はっと我に返る。彼女はすでにカップに口を付けていた。
 「桂木くんも、冷めないうちに飲んでみて。ね」
 視線の先には、見た目は完全にコーヒーで、匂いもかなり近い、濃い色の液体。繭子が見守る前で、慎重に一口すすってみる。
 「……あ、うまい」
 「でしょう?」
 繭子が、意に叶ったというふうに手を打ち合わせる。本当においしかった。
 今までに飲んできたコーヒーのような過剰な苦味、または酸味などは感じられない。代わりにというか、後味がほのかに甘く、口の中に広がる。
 「アイスでも、オーレにしてもいいけど、わたしは何も入れないホットが一番おいしいと思うの」
 「そう、かな。うん、たぶん俺も」
 「そうよね。彼も同じ意見だったわ」
 彼、と言った繭子の声には、とても愛おしげな響きがあった。
 「いつ、結婚するの」
 「ん……ほんとはこの春に式を挙げるつもりだったんだけど。急な仕事で彼がカナダに行っちゃったから、帰るまで保留になってて」
 「カナダに、って出張か何か?」
 「ううん、そうじゃなくてね」
「彼」は風景を専門に撮るカメラマンなのだと、繭子は説明した。数年前、この町に撮影に来ていた時に知り合い、何度か会ううちに恋に落ちた。交際は順調だったが、結婚を考え始めたあたりから問題が出てきた。繭子の家族の反対である。
 当人は極めて真面目で誠実な人間だが、カメラマンとしては決して売れているとは言えなかったため、それを理由に繭子の夫にふさわしくないと判断されたのだ。
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