精霊書店の異世界人

多々羅

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第二章 森林の街 ペンピスト

アタシのお店 2

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 異様だ。やっぱり異様だ。なにこれ? ふざけてんの? 馬鹿にしてんの?
 いろんな色の布が、フリルみたいにカーテンみたいに店の外壁に垂れ下がってるけど、雨が降ったら大変なことになりそうだ。防水加工とかされてるのかな?
 軒下の看板は何度見ても「アタシのお店」としか読めない。しかもどう表現すればいいのか分からないグニャグニャな形してるし、色使いも滅茶苦茶だ。なんか妙にテカテカてるし。
 極めつけはその下、鳥だと思われる動物の首から上だけのオブジェ――アヒルに見えなくもない――が絶妙に可愛くない。
 どうやればこうなるのか……。悪趣味……いや、張り切り過ぎて、やっちまった的な? そんな印象だ。
 なのに、ショーウィンドウに飾られた服は、どれもいい出来だ。そしてそれが悔しい。どうしてそのセンスを外装に取り入れなかったのかと、問いたい。

「ここ――」

 「入るの?」と、言えなかった。肯定されたが最後、帰るという選択肢が消えてしまう。

「入るよ」

 聞かなかったことにしたい。
 声の主を見る。
 うんざりといった顔のマギナ。僕と彼女に捕縛されたままのリムも同じ顔をしている。多分僕もそうだろう。

「帰ったりとかしませんか?」
「入るよ」

 トゥルーエンドへのルートは、繰り返された言葉により封殺されてしまった。

「入っちゃえば普通のお店だから」
「……そうなんだ」

 ノーマルエンドは残されている……のか?

「なあ、そろそろ放してくれ。逃げねぇから」

 リムは諦めたか……。諦め――

「諦めたらそこで試合終了ですよ……?」
「なんの試合だよ」

 この世界で通じるはずもない名言は、ごもっともな突っ込みに一蹴されてしまった。

「ま、諦めらんねぇってのはあるな」

 それって放したら逃げるってこと? いや、リムの声も店を見る横顔も険しい。逃げないって言葉は本当だろう。
 マギナを見ると、目が合った。
 ……なんで半笑いなんだろう?
 その表情について説明を求めたかったけど、その前に彼女は頷き、リムから離れた。僕はそれに倣う。
 解放されたリムは、試合に挑む投手のように肩を回した。

「行こうぜ」

 格好いい。半笑いのマギナさえいなければ。そして、顎でマギナに先行を促していなければ。

「どうせ勝てないのに……」

 そう言ってマギナは前に出る。
 って、なにと戦うの!? ここ服屋だよね?

「それでも抗うんだよ、俺は」

 拳を握り締め、リムはマギナに続く。
 いやいや、また格好いいこと言ってるけど、服買うんだよね? それとも魔王の家なの?
 とか考えてる間に、マギナは扉を開いてしまった。
 なにが待ち受けているのか分からないけど、僕も覚悟を決めるしかない。
 リムに続いて店に入る。
 おっと、扉を閉めないと――
 バタンッ

「え?」

 思わず声が漏れる。
 扉を閉めようと振り返った瞬間、凄い勢いで扉が閉まった。
 なにこれ? どんな仕掛け? 怖いんだけど――

「アラ、いらっしゃい」

 背後から男の声がした。嫌な予感しかしない声が。
 恐る恐る振り返る。

「こんにちは。ゴンさん!」

 マギナが元気な声で挨拶している。

「あんた、何度言ったら分かるの? アタシのことはネキアとお呼び!」

 魔王……ではない。そうか、バッドエンドのルートだったか……。
 なにがバッドエンドかって、看板を初めて見た時に一瞬この可能性が頭をよぎっていたからだ。もっともベタな展開として。そしてそれ以降、考えないようにしてたのに……。
 マギナがゴンさんと呼んだ人物は、いわゆるオネエだった。
 フリルだらけのピンクのシャツに、黒光りするタイトなズボン。
 肌は日焼けなのか元々なのか分からないけど褐色だ。
 オールバックにした銀髪は、首の後ろで束ねられている。
 身長は僕よりも高い。百八十センチ以上はありそうだ。身体はかなり鍛えられているように見えるけど、ラインは細い。
 口紅だと思うけど、唇は紫だ。アイシャドウも紫っぽい。
 コテコテのオネエだ。

「アラ?」

 まずい。ゴンさんがこっちを――いや――

「アラあらアラ?」

 リムを見ていた。

「リムくんじゃなぁい。ナニナニ? アタシに会いに来てくれたの?」

 そう言いながら、クネクネとした動きでリムに近寄ろうとする。木の床だというのに、足音がしない。

「ちげぇよ! 来たくて来たんじゃねぇ!」

 対するリムは横に跳び、拳を構える。
 ゴンさんは動きを止めた。
 緊張が走る。
 店内は広い。だけど大半の空間は陳列された衣料品で埋まっている。喧嘩ができるほど広くはない。

「そぉんなこと言って、相変わらずシャイなのね」

 ゴンさんは両腕の肘から先だけを上げて、指をうごめかせる。
 端から見てても凄く怖い。
 ロックオンされてしまっているリムは、引きつった笑みを浮かべ、わずかに腰を落とす。

「あんたこそ、相変わらずふざけたこと言うじゃねぇか」

 完全に戦闘態勢のリムと、直立で指だけを動かすゴンさん。
 ふたりの距離は、およそ二メートル。
 静寂――
 唐突にゴンさんの体がゆっくりと右に傾く。そのまま倒れると思った瞬間、恐ろしく低い姿勢で距離を詰める。
 リムは迎え撃つように右拳を放つ。しかし、流れるような体捌きでかわされ、背後に立たれてしまう。
 ゴンさんはうごめく指を伸ばす。が、リムが拳の勢いを殺さずに前転したことで空を掴む。
 リムは起き上がりざまに体を反転させ、片膝をついた。そして膝をわずかに浮かせると、ヘッドスライディングのように突進する。
 余裕を感じさせる笑みを浮かべたゴンさんは、その場で跳躍して空中で半回転する。リムを避けるように足を開いて着地すると、そのままリムの体に絡みつき、頬ずりを始めた。

「リムきゅぅん、まだまだね。姿勢が低過ぎよ。飛び越えちゃったわ」
「てめっ、離れ……ろぉ! やめっ、変なとこ触ん……なぁ!」

 リムはジタバタと藻掻くが、ゴンさんはびくともしない。

「やっぱり負けたね~」

 マギナは苦笑いしている。
 僕はというと――

「おぉ~」

 思わず拍手していた。

「クーヤ! なに拍手とかしてんだよ!?」

 うごめく腕に絡みつかれたまま、リムが抗議してきた。

「いや~、見事な立ち回りだったから、つい……」
「ついじゃねぇよ!」

 怒られてしまった。
 と、ゴンさんは頬ずりをやめ、首だけを動かして僕を見た。

「あら、ごめんなさいね。リムくんに夢中になっちゃって挨拶が遅れちゃったわ」

 ゴンさんは笑顔を作ると、リムを解放して立ち上がる。
 リムはすかさず距離を取り、体勢を整える。だけど、よほど体力を使ったのか、肩で息をしている。少女のような顔に、前髪が貼り付いている。その姿はなんというか…………いやいや、男だ! だが男だ!
 リムから視線をはずし、ゴンさんを見る。

「アタシはネキ――」
「ゴンギル・スチュルムさんだよ!」

 ゴンさんの自己紹介にマギナが割って入る。

「お黙りっ。アタシはネキアよ! ゴンギル・スチュルムなんて名前は捨てたわっ」

 ゴンさんの剣幕にマギナは動じず、むしろイタズラが成功した少年のように笑っている。

「そう怒んなよ……ゴンギル!」

 まだ息が整っていないリムが仕返しとばかりに犬歯を剥き出しにする。

「アンタたちぃぃ……っ!」

 うわ~、ゴンさんがすっごくこっち見てる。「アンタはどうなの!?」って顔で滅茶苦茶見てる。

「あの……僕はクウヤ・ソラノです。よろしく――」

 駄目だ。自己紹介で切り抜けようとしたけど、全っ然表情が変わらない。この顔の型を取って、お面でも造って軒先に飾れば、いい魔除けになりそうだ。

「あー、その……ネキアさん……」
「あんちゃん情けねぇぞ!」
「クーヤの裏切り者!」

 リムとマギナから苦情が殺到する。
 だって仕方がないじゃないか。あんな顔で睨まれたら、焼き菓子程度の強度しか持たない僕の心は簡単に折れるって。

「あなたとは仲良くなれそうねっ。アタシのお店によ・う・こ・そ」

 ネキアことゴンギルが嬉しそうにクネクネしている。
 嗚呼、どの選択肢を選んでもバッドエンドだったのか。
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