精霊書店の異世界人

多々羅

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第二章 森林の街 ペンピスト

ダッピザル -The truth is in your heart-

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 翌日、ダッピザルがどんな猿なのか気になった僕は、ゴンギルが言っていた飼育施設に向かっていた。
 マギナに案内してもらおうとしたんだけど、手描きの地図を渡され、断られてしまった。正確には行くのを嫌がった。ダッピザルが苦手なのかもしれない。
 そんなわけで僕は現在、この世界に来て初めての単独行動をしている。
 とはいっても、それほど遠いわけじゃない。アルメリス家を出て体感で三十分。地図が正しければ、そろそろ着くはずだ。
 飼育施設は街とは正反対、アルメリス精霊書店よりもさらに郊外に位置している。だけど僕からしてみれば、ここを郊外と呼ぶのは適当じゃないと思うわけで……。

「森……だよね」

 いや、まあ切り株もちらほら見えるし、広い道も整備されてるから、林って呼ぶのが正しいのかもしれない。
 と、道の先に人工物が見えた。門扉もんぴと……小屋かな。どちらも木造だ。
 もう少しだ。足を速めよう。
 嗚呼、やっぱりサイズの合った靴は歩きやすい!

 感動も束の間、ほどなく門の前に辿り着いた。
 門といっても、扉は僕の背丈よりも少し低い。侵入者を防げるほど頑丈そうには見えないから、敷地の境界線として設けられているだけだろう。実際、無防備に開け放たれてるし。
 とはいえ、勝手に入るわけにはいかないか……。看板も見当たらないし……小屋に誰かいるかな?
 小屋に近づき、開けっ放しの窓から中の様子をうかがうと、恰幅かっぷくのいい男の背中が見えた。どうやら遅めの昼食をとっているようだ。

「あ、あの~、すみません」

 男は驚いたように体を震わせ、慌てた様子で振り返った。
 ……詰め込み過ぎだって。頬がパンパンになってるじゃないか。

「ふあっ、ふいまへん、ほうほうほまひお」

 全然しゃべれてないし。だけどかして喉を詰まらされると厄介だ。

「ぁ、焦らずゆっくりで構いませんから」

 三十歳前後と思われる男は謝るようにうなずくと、せわしなくあごを動かし始めた。
 僕は「待ってませんよ~、景色見てますよ~」って感じで彼から視線を反らす。
 …………気まずい……。
 まあ、リスみたいに詰め込んでたから飲み込むのも一苦労だろう。何度も何度も喉を鳴らすのが聞こえるし。

「すいませんっ、お待たせしました」

 視線を戻すと、男は恥ずかしそうに愛想笑いを浮かべて頭をいていた。
 口の中のものは綺麗さっぱり飲み込めたようだ。

「いえいえ……あの、ダッピザルの飼育施設はこちらでしょうか?」
「ええ、そうですが、どういったご用件でしょう?」
「ゴンギル・スチュルムさんの紹介でダッピザルを見に来たんですけど……」
「ゴンギル・スチュルムさん……ですか?」

 男は眉間に皺を寄せて首を傾げてしまった。
 あれ? てっきりこの施設から革を仕入れてるのかと思ったんだけど……いや、これはもしや……。

「えーっと、ネキアさん……」
「あぁ! はいはい、ネキアさんのご紹介でしたか」

 なんと忌々いまいましいことでしょう。ネキアという偽名を出した途端、あれほど曲がっていた青年の首が元通りに。眉間の皺もなくなり、満面の笑顔に大変身。取引先にさえ本名を伝えない匠のこだわりが、こんなところにまで悪影響を――

「どうぞどうぞ、このまま道なりに真っ直ぐ進んで頂ければおりがありますから、ごゆっくり見学していってください」
「ぁ、はい、ありがとうございます」

 釈然としないまま送り出され、敷地の中へと歩を進めた。
 ホントにもう勘弁してほしい。だけど白手帳としてのゴンギルは有名なはずだから……いや、それはそれでに落ちない。
 やっぱり釈然としないまま、言われた通りに道なりに進むと巨大な檻が見えてきた。いや、檻というよりはフェンスかな。学校のグラウンドを思い出すような網状の柵だ。
 と、ここで道が左右に分かれていた。檻があるのは道をはずれた林の中だ。右か左に進めば、革の加工場とかがあるのかもしれないけど、道標は見当たらない。

「さて、これは……行っちゃってもいいのかな?」

 まあ、ダッピザルを見たいだけだし、このまま真っ直ぐ行ってしまおう。
 それにしても、この檻はかなりの広範囲を囲ってるみたいだけど、いったいどれだけのダッピザルを飼育してるんだろう。
 檻まで辿り着き、ダッピザルを探す。

「……一匹もいないんですけど……」

 檻沿いに歩いてみる。

「ぉ、あれかなぁ?」

 木々の隙間に猿っぽい姿が見えた。檻にかじりつき、目を細める。
 百メートルくらい離れたところに、その動物はいた。なにをするでもなく、ただ座っている。
 それにしても、かなり大きい。ゴリラくらいの体長はありそうだ。だけど輪郭はチンパンジーに似ている。体毛の色は木の影が邪魔ではっきり分からないけど、ニホンザルのそれに近い。
 断言はできないけど、あれがダッピザルだろう。こんなことなら特徴とか訊いておけばよかった。
 と、ダッピザルと思われる猿がこっちを向いた。
 あ、目が合った。……こっちに向かって……凄い勢いで走ってきてる!?
 怖くなって檻から少し離れた。
 その間にもダッピザルは近づいてきている。だけどそのおかげでその姿がはっきりと見てとれるようになった。
 やっぱり大きい。ゴリラくらいの大きさのチンパンジーだ。そして体毛の色は……体毛の……体毛?

「なるほど……そういうことか……そりゃあ嫌がるさ」



 アルメリス精霊書店に帰ると、カウンターの上に上半身を投げ出したマギナが暇そうに店番をしていた。

「ただいま……」
「おかえり~……どうだった?」

 ヘタレっぷりを崩さないマギナに感想を訊かれた。

「僕の目の前まで走ってきて、ダンスを披露してくれたよ」
「……そう……」

 マギナは視線を反らした。
 きっと想像したに違いない。あの光景を。僕が目にした、あの光景を。

「…………」
「…………」
「ツルッツルでした」



    ―― 第二章 森林の町ペンピスト 了 ――
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