精霊書店の異世界人

多々羅

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第三章 黒犬が駆ける森

出発準備

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「おかしいわね……。こんなはずじゃなかったんだけど……」
「なんて言ったらいいのかな……。あっ! 服に着られちゃってるよね!」

 冒険者デビューの朝、僕とマギナはゴンギルの店に来ていた。冒険用の服を受け取るためだ。そう! 夢のオーダーメイドの服を!
 そして、感動をめながらそでを通し、試着室を出た僕に浴びせられたのが、この感想だ。
 いや、まあ、僕も着替えながらそう思わなくはなかったけど……。
 壁に立て掛けられた姿見で、改めて自分を見る。
 革のコートとズボン。どちらも黒い。
 コートのたけは膝上まであるんだけど、ももの前あたりの革ははぶかれている。ポケットは胸、腹、上腕部の計六ヶ所に付いている。どれもふた付きだ。そして腰には幅広で頑丈がんじょうそうなベルトが巻かれている。これはどうして付いてるのか分からない。デザインかな?
 革ズボンは飾り気がなくゆったりしている。
 そしてこれまた黒い編み上げのブーツには、爪先とかかとに金属板が接着されている。三年前、こういう靴を履いて働いてたなぁ……。
 さてと、やっぱり服は格好いい。着心地も最高だ。初めて着たのにほとんど違和感がない。
 だけど……着てる奴に締まりがないもんだから、マギナが言った通り服に着られちゃっている。
 ふむ……これはいかんですな。折角のオーダーメイドが台無しだ。もっと姿勢を正して……足にも力を入れて……表情筋を総動員して顔を引き締めて……目に……力を!

「あっ! ちょっと似合うようになった!」
「あら、ホントねぇ……」
「そうかい!?」

 なんだか声にも張りが出る。だけど――

「……もう……無理……」

 維持はできなかった。

「はやっ!」
「もうちょっと頑張んなさいよ」
面目めんぼくない……」

 今後の課題になりそうだ。

「まあいいわ。で? 着心地はどお?」
「凄くいいです。軽いし、動きやすいですよ。ただ……ちょっとゆったりし過ぎてるような……」

 僕の言葉にゴンギルは含みのある笑みを浮かべた。

「それはそうよ。そうなるように仕立てたんだから」
「え~っと……なんでです?」
「何度も冒険してれば嫌でも筋肉が付くからよ」
「あぁ、なるほど……」

 学生服のサイズを決めるのと同じような理屈か。というか、そこまで筋肥大するほどの重労働なのか……。

「うん、ムッキムキになれば似合うかも!」

 マギナは期待するような目で言ってくれちゃってるけど――
 
「……想像できないなぁ……」
「そんなものよ。……それにしても似合ってないわね」

 仕立てた張本人が言う台詞じゃないよね。

「仮装パーティーなら目立たないかも?」

 それは、コスプレしてるようにしか見えないってことかい?

「ところで、マギナさんのはピッタリみたいだけど……」

 マギナも僕と同じようなデザインの服を着ている。ただし彼女のは赤い。
 上は腰までのジャケットで、僕のには付いているベルトがない。下はショートパンツで、腰の左右にはミリタリーチックな四角いポーチ。後ろには短剣が装着されている。
 そして僕とは違い、よく似合っている。

「うん、わたしのは最初からこのサイズだ……よ……」

 マギナは真顔をゴンギルに向けた。その動きに同調するように顔ごと視線を反らすゴンギル。

「これ、作ってもらってから一年くらい経つよ? なのに着心地とか変わらないよ? 全然窮屈じゃないよ? わたしの成長はどこにいったの?」
「そ、それは……アレよ……」

 詰問きつもんするマギナに、返答にきゅうするゴンギル。
 いいぞ! もっとやれ!

「お、女の子なんだから、そんなに筋肉なんて付かないわよ!」
「……し……ししし身長……は?」

 物凄く苦いものを噛み潰したような顔でマギナが言った。
 ゴンギルは一瞬言葉に詰まったようだったけど、勢いよくマギナに向き直り、彼女の両肩に手を置いた。

「大丈夫よ! まだまだ成長するわ!!」

 この世界でも同じなのかは分からないけれど、十六歳の女の子って成長期終わってるんじゃなかったかな。
 というか、一年前に成長を見込んでなかった人が言う台詞じゃないよね?
 しかも、その台詞でゴリ押ししようとしてますよね!?

「そうだよね! まだまだ伸びるよね!」

 押し切られたか……。

「もちろんよ! 頑張んなさい!」

 あれだけ食べてて伸びてないのに、これ以上どう頑張らせるつもりなんだろう?

「ねっ!?」

 おぉっと、マギナさんに同意を求められましたよ。

「うん、きっと……きっと伸びるよ!」

 ――いつかきっと、僕の言葉は嘘になる――

「わたし頑張る!!」

 マギナは拳を握り締め、鼻から息を吐いた。
 いつかお金を貯めることができたなら、アルメリス家の庭にマギナがぶら下がれるような鉄棒を設置しようと思います。

「さっ、アンタたちそろそろ行きなさい。リムとレーシアが待ってるわよ」

 ゴンギルは少し早口だ。まあ、この話を長引かせるのは危険か。

「あぁ、そうですね。マギナさん行こう」
「うん……」

 マギナにも思うところがあるのだろう。納得のいかない様子で壁際に置いてあったリュックを背負い、出入口に向かう。
 さて、僕も行こう。……それにしても、でかいな……。
 自分のリュックを見て、思った。
 マギナくらいなら余裕で入りそうな大きさだ。だけど中身は僕が着てきた服と短剣、野外活動に必要そうなものが数点入っているだけでスカスカだ。今朝、マギナに「ほかにないのかい?」と訊いたら「それしかないよ」と返された。だからまあ、仕方ない……か。
 無駄に大きいリュックを背負い、ハンマースピアを掴んで、先に店を出たマギナを追う。

「クーヤ、ちょっといいかしら?」

 と、ゴンギルに呼び止められた――と同時に凄い勢いで扉が閉まった。
 もう……どうなってんの、この扉。
 ギィッと板張りの床が軋む音がした。
 振り返り、数歩後退する。
 まずい。リュック越しにドアノブの感触が!

「なんでしょう……ゴン――ネキアさん」

 「ゴンギルさん」と呼ぼうとした瞬間、目が光ったような気がした。

「なにもしやしないわよ」
「だったら、その手の動きはやめてもらえませんか」
「アラやだ。つい……」

 僕に言われて気づいたかのように、ゴンギルはワキワキさせていた手を下ろした。
 もしかして、癖なの!?

「ま、冗談はこれくらいにして――」

 たちの悪い冗談ですねと返したかったけど、ゴンギルは真剣な目をしている。自然と背筋が伸びる。

「あの子たちのこと、お願いね」
「え? はい……いや、僕は足を引っ張るだけだと思うんですけど……」

 チート能力でもあるならともかく、ただの一般人でしかない僕ではいざという時にマギナたちの助けになれる自信はない。

「そんなの分かってるわよ。でも、そうねぇ……その頼りなさであの子たちのストッパーになってあげてちょーだい」
「はあ……ストッパーですか」
「そ、無茶しないようにね」

 確かに、僕みたいなのがいればそうそう危ないことはしないかもしれない。

「そういうことなら……分かりました。無茶しないように足を引っ張ってみます」
「お願いね」

 僕の言葉に満足したのか、ゴンギルは頬を緩めた。
 まさか、足を引っ張ることを望まれるとは思ってもみなかった。つまりはいつも通りでいいってことか。
 そう思った瞬間、肩の力が少し抜けた。無意識のうちに力が入ってたみたいだ。

「さぁさ、アンタも行きなさい。マギナが戻ってきちゃうわ」
「あ、はい。じゃあ、行ってきます」

 ゴンギルに背を向け、店から出た。肩越しに振り返ると、ゆっくりと閉まる扉の隙間に、微笑んで手を振るゴンギルが見えた。
 ……今度はゆっくり閉まった!? やっぱりこの扉おかしい!!

「どうしたの?」

 待ってくれていたマギナが小首を傾げた。

「いや、扉が……じゃなくて、あんまり無茶しないようにって言ってたよ」
「も~、心配しなくても無茶なんてしないよ~」

 マギナは冗談でも聞いたかのように笑いながら、手をパタパタと振った。
 これは気合いを入れて足を引っ張らないといけない。
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