精霊書店の異世界人

多々羅

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第三章 黒犬が駆ける森

ヴィデッツ森林区

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 荷物を回収して休憩スペースを出発した僕たちは、日暮れ前にヴィデッツ森林区に入ることができた。そして幸運なことに、寝泊まりできそうな山小屋がすぐに見つかり、今は夕食の準備をしている。
 リムは薪拾いに、レーシアは山菜や果物を探しに、そして僕とマギナは水場を探していた。
 マギナは革袋と全員分の水筒が入ったリュックを背負って、茜色に照らされた山の緩やかな斜面を、木々の間を縫うように下っている。そして僕は大きめの鍋を抱えて彼女の背中を追っている。蓋を落とさないよう気をつけないといけない。
 正直、山小屋で休んでいたかったけど、ひとりだけ働かないのは気が引けるし、マギナに訊いておきたいこともあったから、疲れた体に鞭打って彼女に同行している。

「マギナさん、いろいろ訊きたいことがあるんだけど……」
「なに~?」

 マギナは前を向いたまま答えた。僕の体力のことを考えてくれているのか、彼女はゆっくり歩いてくれている。でなければ話す余裕なんてなかっただろう。

「とりあえず、神具ってなに?」
「ん~っとね、神具は塔で手に入れることができる道具でね、特殊な力が宿ってるんだよ。で、神様が造ったのかもしれないから、神具って呼ばれてるんだよ」

 塔っていうのは、神の塔のことだろう。

「そうなんだ……。やっぱり貴重なもの?」
「う~ん、そうでもないかな。塔のお土産って言われることもあるくらいだからね。王都には神具のお店もあるらしいよ。でも、便利な神具は貴重かも」

 そこまで言ってマギナが立ち止まった。そしてゆっくりと首を回す。見回しているというより、音を拾おうとしている様子だ。

「こっちかなぁ……」

 そう言って藪を掻き分けて進み始めた。僕には草木のざわめきしか聞こえないけど、マギナには他の音も聞こえているらしい。
 マギナが開いた草の狭間を蟹歩きでついて行くと、ほどなく藪を抜けた。

「それじゃあ、あの重力剣は貴重な部類に入るのかな?」
「そうだね。武器ってだけでも貴重だよ。ほとんどの神具は日用品の形をしてるからね。やかんとか糸巻きとかペンとか。でも、完全に同じ形のものはないんだって」
「なるほど。それにしても、神具って精霊器に似てるような……」
「そだね。でも――あ、あった! あったよクーヤ!」
「え?」

 笑顔で振り返ったマギナが指した方向には、川かもしれない溝が見えた。水の流れる音も微かに聞こえる。
 両手を振り上げて「やったー!」とマギナは走り出した。僕も小走りで追いかける。
 先に辿り着いたマギナは、早速リュックから水筒と革袋を取り出している。僕は息を切らしながら彼女に追いつくと、ひとまず溝を覗き込んでみた。確かに川だ。薄暗くなり始めているから透明度までは分からないけど、異臭はしない。
 リュックの中身を川辺に広げたマギナは、手で川の水をすくって口に含んだ。そしてそれを飲み下して、ちょっと渋い顔を僕に向けた。

「ん~、ちょっとしょっぱいけど大丈夫かな。汲んじゃおう!」
「しょっぱいって……」

 鍋を地面に置いて、僕もマギナと同じように――その前に手を川で洗って、水を口に含む。
 ……確かに、微かだけど塩の味がする。乾いた体には丁度いい塩加減かもしれない。

「だけどなんで塩?」
「さあ? 上流に岩塩が採れるとこがあるのかもね」
「なる……ほど……」

 今更だけど、飲んでも大丈夫だったのかな? ここまでの道中でも川を見つけては水を汲んで飲んでたわけだけど、塩水が流れてる川はなかったし……。だけどまあ、アウトドアに慣れ親しんでそうなマギナが大丈夫って言うんだから、死にはしないかな。
 持ってきた鍋を川に沈め、引き上げる。そして蓋をして……お仕事完了っと。

「さっきの続きだけど、精霊器は使うのに代償が必要だけど、神具はそういうのがなくても使えるんだよ。それが一番の違いかな」

 革袋を川に浸けながらマギナが言った。僕は彼女の足元の水筒を拾って川に浸した。

「代償っていうのは精霊器本体が消えたり、ギルドで宣誓した時、精霊書に嵌めたオーブが消えたりしたあれのこと?」
「うん、それと精霊術で疲れるのも代償だね」

 二本目、三本目の水筒にも水を入れる。

「そうなんだ。……そういえばレーシアさんが精霊術使ってたけど、あんまり疲れてなかったよね。僕でも練習すればあんな風に使えるようになるのかな?」
「多分ね。でもそれより、クーヤに合った精霊術を探したほうが早いかもね」
「僕に合った精霊術?」
「うん、例えばレーシアは冷気を出したり植物を操ったりするのが得意なんだよ」

 四本目っと……マギナの革袋もそろそろ満タンになりそうだ。

「あぁ、精霊術の属性ってこと?」
「ちょっと違うかな~。そういうのじゃなくて、なんて言えばいいのかな……あっ、そうだ、今度レーシアに訊いてみるといいよ!」

 丸投げですか。

「……そうしてみるよ」
「うん! ――終ーわりっと」

 マギナは革袋を引き上げて栓をした。僕のほうも……終わった。
 マギナは水筒をリュックに入れ、革袋のベルトを肩に掛けて立ち上がった。
 さて、この鍋はどうしたものか……とりあえず取っ手を握って、親指で蓋を押さえれば……うん、水をこぼさずに運べそうだ。親指に限界が来なければ、だけど。

「それじゃ~戻ろっか」
「うん」

 緩やかとはいえ、山の斜面を登るのはしんどそうだな……。

「ところで、マギナさんはどんな精霊術が得意なんだい?」
「ん~、火かな。でも、わたしは精霊術向いてないんだよね。暴走しちゃうから」
「暴走って……」
「長時間使うと制御できなくなって、バーンってなっちゃうんだよ」
「それって危ないよね? 怪我とかしなかった?」
「うん、わたしは大丈夫だったよ。精霊術は基本的に使った人を傷つけることはないからね。でも……ウチの傍に広場があるよね?」

 あぁ、あのグラウンドみたいに広い草原か。

「うん、あるけど……って、もしかして……」
「あそこも前は森だったんだよ」
「吹っ飛ばした……と?」
「そこまでひどくないよ? 燃やしちゃっただけだよ。いや~、家まで燃えなくてよかったよ~」

 そんな軽いノリで済ましていい話だとは思えないけど……。

「って、ちょっと待った! それって僕も暴走させる可能性があるんじゃ?」
「あ、それは大丈夫だと思うよ? わたしみたいなのは珍しいみたいだし、クーヤは長時間使っても倒れるだけだよね?」
「そういえば……そうだね」

 となると、僕の当面の課題は自分に合った疲れにくい精霊術を探すことか。それと、レーシアに精霊術を教わること……か。

「ところでぇ……」

 マギナが肩越しに振り返り、ニヤリと笑った。そして斜面を後ろ歩きで器用に下り、僕の真横に来た。

「ねぇねぇ、わたしの”炎飛刃”はどうだった? どうだった?」

 あぁ、あの精霊器か。だけど急にどうしたんだろう?

「まあ、命拾いしたよ。ああいう精霊器もあるんだね」
「反応薄いなぁ……」

 どうやら僕の感想がご不満のようだ。マギナは頬を膨らませ、口を尖らせてしまった。

「前に派手なの見せたげるって言ったのに……」
「………………あぁ! 言ってた言ってた。精霊書のことを教えてもらった時だ!」
「もしかして忘れてた? まあいいけど……それで?」

 期待に満ちた瞳でらっしゃる……。

「あぁーうん、鹿に命中させたコントロールは見事だったし、そのあとに出た炎も凄かったよ。あんなの見たらそりゃあ騎士だって駆けつけるよ」
「そうでしょそうでしょう~」

 どうやら満足して頂けたようだ。
 正直言えば、もっとこう……火柱が立つようなのを想像してたんだけど、言わぬが花か。僕は誉めて伸ばす教育に賛同します。

「だけど、投げナイフを構えた時は正直どうかと思ったよ」
「なんで?」
「投げナイフって遠くの的に当てるのも、回転させずに投げるのも難しいはずなんだよね。だけど、無回転で真っ直ぐ飛んでたから驚いたよ」

 マギナは感心したような顔で、小さく拍手した。

「よく見てたねぇ~。そうなんだよ。わたしの”炎飛刃”はそうなるように精霊語を組んだんだよ!」

 そう言ってマギナはエッヘンとばかりに胸を張った。
 記述法では精霊語を「組む」って言うのか。プログラミングに似てるのかもしれない。

「”炎飛刃”って、僕でも使えるのかな?」
「使えるけど……ちょっとコツが要るから、今度教えてあげるよ!」
「そっか……楽しみにしてるよ――っと」

 僕たちの行く先に火が灯った。傍にはリムと思われる人影も見えた。

「リムのほうは終わったみたいだね。わたしたちも急ごう!」

 そう言ってマギナは走り出した。
 僕はもう走るのは無理っす。
 それにしても……マギナは時々「燃やすよ」と脅すけど、まさか精霊術を暴走させるってことじゃ……ないよね?
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