ナイトメア・アーサー ~伝説たる使い魔の王と、ごく普通の女の子の、青春を謳歌し世界を知り運命に抗う学園生活七年間~

ウェルザンディー

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第1章1節 学園生活/始まりの一学期

第53話 古ぼけた絵本

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 荷物を置いた後、エリスとアーサー、そしてカヴァスは倉庫の中に足を踏み入れていた。至ってよくある、木で造られた密閉性の高い建物である。



「というわけで、倉庫倉庫っと」
「……これは」
「ワン!」

「んげ~埃被りすぎ~……そういえば倉庫に入るの初めてだなあ。けほっけほっ」



 奥に進むにつれて埃を被った物体が多くなり、保存状態も悪くなっていっている。

 エリスはその埃を手で払いながら、倉庫の中を物色していく。



「何か持っていくって言ってもなあ……何持っていけばいいんだろう……」


 ぶつぶつ言いながら、一つずつ漁っていくと――


「ん……」




「……あー! わたしの大好きな絵本! 取っててくれていたんだ……」




 手が止まってしまったエリスを、思わずアーサーは見つめる。


「何があった」
「えっとねー……ちょっと懐かしい物見つけちゃって。うあーどうしよう、これ夢中になって作業の手が止まるっていう片付けあるあるだぁ……」
「……取り敢えずオレはこれらの物を見つけたが」
「んー? どれどれー?」


 エリスはアーサーが見つけたという、農具やスコップなどを一通り眺める。


「あの島の自然を考慮したらこれらの物は使えるだろうと考えた」
「うーん……よし。わたし、これ持ってっていいかお父さんに訊いてくる。アーサーは引き続き倉庫の中、探しておいて!」
「ああ」


 エリスは倉庫から足早に出て行き、そのまま家の中に入っていった。





「……」


 先程までエリスがいた場所に目を向ける。


「……これがそうか」



 その近くには、埃を払われた本が一冊、箱の上に置かれていた。

 土も被っていて、一部色が変わっていたが、辛うじて文字は読むことができる。



「……『フェンサリルのひめぎみ』」




 ――迷うことなく手に取り、表紙を捲った。




「『われらはやくしゃ、せつなのかいらい』」


 紙を捲る度、柔らかい調の絵が目に映る度、


「『生まれついたその日から、さだめられたかげきをおどる』」


 自分の知らない物語が繰り広げられていく。







 われらはやくしゃ、せつなのかいらい

 生まれついたその日から
 さだめられたかげきをおどる

 きげきに生まれば朽ちてもかんしょう 
 ひげきに生まればさびてもていきゅう

 その時のぞむけつまつは
 だれにも知られずきょむの果て


 はるかむかし、いにしえの、

 フェンサリルのひめぎみは、

 海のあお、
 大地のみどりをつゆ知らぬ、
 空の白のみ知る少女

 だれがよんだかかごの中の小鳥、
 かれが呼んだはろうごくのしゅうじん


 こころをささえ、
 手を取り、
 ときはなつには、

 ひとつぶのいちごがあればいい


 さあ、

 そくばくの夜、
 うんめいのろうごくから飛び立って

 かいほうの朝、
 れいめいの大地につばさを広げよう




 ……このお歌は、むかしむかしのぎんゆうしじんが、今からはじまるお話をするときに、かならず歌っていたものです。

 大人も子どもも、おじいさんもおばあさんも。みんながこのお歌を聞けば、これからはじまるお話が何であるのか、あっという間にわかったのです。


 さて、このお歌もそうですが、今からするお話は、むかしむかしのぎんゆうしじんが歌っていたものを、なるべく形を変えないようにしています。

 なぜなら、かんたんな言葉に置きかえるよりも、むずかしい言葉で伝えた方が、お話を聴いた時に心にのこるからです。

 むずかしい言葉というものは、むずかしい分だけたくさんのいみを持っていて、そうして聴いた人に、いみの分だけ目の前に美しいふうけいをさいげんさせるものです。


 とはいえ、むずかしい言葉というものは、やっぱり子ども達――このお話が大好きなみなさんにとっては、むずかしいもの。あんまりむずかしいとお話がつまらなくなってしまいます。

 ですのでむかしむかしの子ども達は、つまらないなんてことがないように、むずかしい言葉があったらお父さんやお母さんに訊いていました。

 そうすることによって、むずかしい言葉がわかるようになり、その言葉がさいげんするふうけいを想像して楽しんでいたものです。

 だから皆さんも、もしもお歌やお話の中でわからない言葉があったら、ぜひそうしてみてくださいね。


 ですがここでは一つだけ。『ひめぎみ』という言葉は、『おひめさま』という言葉を言いかえたものです。つまりこれはおひめさまのお話というわけですね。

 みなさんの中にも、おひめさまにあこがれている人、いるんじゃないでしょうか? きっとこのお話を読んだら、ますますあこがれるのでしょうね。



 ではでは、お話の名前のいみもわかったところで、そろそろはじめましょう。



『フェンサリルのひめぎみ』





 むかし、むかし、まだグレイスウィルのてい国がそんざいしていたころ。

 オージンというわかものがログレスの平げんを旅しておりました。



 オージンはとてもゆうかんで、強くて、おまけに自分の知らないことがあると、それが何であれ首をつっこみたくなるわかものでした。正義かんも強く、悪いことはぜったいにゆるせないせいかくでした。

 そんなオージンはいちごの実が大好きでした。オージンはいつもご飯を食べたあとには、持ち歩いている魔法のはちうえからいちごの実をつまんでいます。

 このはちうえは、旅のとちゅうである魔法使いを助けたお礼にもらったもので、ここに植えたしょくぶつはぜったいに枯れないという魔法の力が込められていました。ここに大好きないちごの実を植えて、いつでも食べられるようにしていたというわけですね。



 さて、そんなオージンはある日、とても大きい町にとうちゃくしました。その町は美しく、人も多く、しぜんもたくさんあって、たいそう幸せな生活が送られていました。

 オージンはそれを見て、てい国の中心となっている都キャメロットは、このような町なのではないかと、ふと考えました。


 オージンが町のおさにあいさつをしに行くと、オージンはとてもかんげいされました。ゆうかんで強いオージンは、旅のとちゅうでたくさんのわるものをこらしめたり、おそろしいまものをたおしたりしました。そのことを町の人たちは知っていて、すばらしい戦士がやってきたとよろこんだのです。


 また、オージンに戦いをいどんできた人もいました。オージンはいちごの実を食べながらそれらの人たちと戦い、そして勝ちました。

 あまりの戦いぶりに、町の人たちはもっとかんどうし、オージンをよりてあつくもてなすのでした。



 その後のことです。オージンが外をさんぽしていると、ひときわきれいなおやしきを見つけました。そのおやしきは手入れがされていましたが、人のけはいがかんじられないのです。

 また、おやしきは町の人たちが住んでいる場所から、森をはさんだ向こう側にありました。まるで森がかべのようになって、おやしきに人が近づくのをふせいでいるようです。


 ふしぎに思ったオージンは、色んな人におやしきのことをたずねて回りました。しかし町の人たちは、おやしきのことを知らないか言わないかのどちらか。結局ただ一つだけ、あのおやしきは『フェンサリル』と呼ばれていることしかわかりませんでした。

 先ほども言ったとおり、オージンは気になるものがあるとうずうずしてしまいます。ですのでその日の夜、みんなねしずまったころ、オージンはおやしきをおとずれました。

 おやしきはにかいだて、入り口には鍵がかかっていましたが、オージンはにかいのまどまでぴょんと飛び上がり、そこからおやしきの中に入りました。



 おやしきに入ったオージンは、とてもおどろきました。入ったお部屋には女の人がいたからです。白いふくを着て、さらさらとした金色の髪で、青い目をした女の人です。女の人もまたおどろいて、オージンをじっと見つめています。

 オージンは自分の名前を伝えると、女の人もまた、自分の名前を伝えました。フリッグとなのった女の人は、自分はこのおやしきから一回も出たことがないことも伝えます。おやしきの外にあるにわにすら出たことがありません。

 毎日毎日このおやしきの中で、お話を読んだり聴いたり、絵を描いたり音楽を聴いたり。そして、空やにわをじっと眺めてすごす、そのような日々を送ってきたということです。



 オージンは今までずっと旅をしてきました。ですのでおやしきの外には色んなものがあることを知っていますし、またそれを知らないフリッグがかわいそうだと思いました。フリッグの話を聴いたオージンは、自分と共におやしきをぬけ出すことをていあんします。

 しかしフリッグは、外にはおそろしいものがいっぱいあることを知っていました。それを見るのがいやで、外には行きたくないといいます。

 それに負けじとオージンは、外には同じぐらいすばらしいものがあると言います。そして持ち歩いていた魔法のはちうえを取り出し、いちごの実をフリッグに食べさせました。十二つぶあるうちの一つぶです。


 するとどうでしょう。フリッグは涙をこぼして、こんなすてきな食べものは始めて食べたと言います。


 フリッグがこぼした涙は、いちごの実にぽたぽたと落ちていきます。そうしてオージンはいちごの実を使って、みごとフリッグの心をいとめたのです。心をいとめるとは、どういうことなのか、ぜひともお父さんやお母さんに訊いてみてくださいね――



 そして二人がおやしきから出ようとした、その時でした。


 とつぜん多くのへいしが、部屋の中になだれ込んできたのです。



 へいし達は次々と二人を取りかこみ、そして引きはなしてしまいます。フリッグはどこかに連れていかれ、オージンはまどから外に放り出されてしまいました。

 このお話を読んでいるあなたは、ええっ、オージンのようなわかものなら、へいしぐらいどうってことはないんじゃないの、と思ったかもしれません。

 たしかになぐりかかろうともしましたが、なにぶんへいしの数が多くて、うでを上げてもべつのへいしがおしこめてくるので、結局どうすることもできなかったのです。



 オージンはくっきょうなせんしなので、窓から放り出されたことぐらいどうということはありません。それよりも、なぜへいし達が自分とフリッグを引きはなしたのか、それが気になって気になって仕方ありませんでした。

 なのでオージンは、また朝日がのぼったころ、もう一度おやしきに行こうとしました。しかしおやしきの周りにはたくさんのへいしがいて、オージンのすがたを見るとすぐに、やりを向けて追い返してしまいます。

 それどころか、魔法も、番犬も、わなも、色々なものを使ってオージンを近づけないようにしているのです。まるで自分をフリッグと会わせないように。


 そこでオージンは考えを変えて、町の人にフリッグのことをたずねることにしました。


 ふつうのお兄さんは、フリッグなんていう女の人は知らないとすなおに言いました。

 店をいとなむおばさんは、フリッグのことはわすれなさいと優しく言いました。

 きのうとは別のへいしは、フリッグにはかかわらない方がいいと、けいこくをするように強く言いました。



 さいごにオージンは、町のおさにフリッグのことを訊きました。


 するとどうでしょう。



 また、どこからともなく、おおぜいのへいしがやってきて――

 オージンをちかろうに閉じ込めてしまいました――







「……っ」


 没頭するつもりは毛頭なかったが、アーサーはその絵本を結構長い時間読んでいたようだ。まだ物語の途中で戻れたのは幸いか。


「くそっ……」


 命令をこなさなければ。


 気を取り直して絵本を置いた瞬間、


「……ワン?」
「どうした」
「ワンワン!」



 カヴァスが地面に向かって吠え出す。


 そこは僅かに地面が盛り上がっており、何かを埋めているようだった。



「……掘るべきか?」
「ワンワン!」
「……」


 中身を確認して、内容次第でまた元に戻そう――




 そう考えながら、掘り返して出てきたのは、数冊の紙束だった。




「……本? いや……これはノートに近いな……しかし……」
「ワンワン」


 保存状態が良さそうな物を選んで、ぱらぱらとそれの頁を捲る。

 流し読みした分だけでも、とても印象深かった。


「何だこれは……?」



 動物や魔物のスケッチ。落書きや走り書き。複雑な計算式に古代文字。ざっと見ただけでもそれらが描かれているだろうと推測できる。


 しかし殆どは既に紙そのものが腐り切ってしまい、詳しい内容の判読が不可能になっていた。



「……わからないな。文字もだがページ自体が損傷している」


 ゆっくりと紙束を閉じる。一番良さそうなものでこれなのだ、他の紙束は目も当てられないだろう。


「……ならわかるか? いや、こんなにボロボロでは……」



 そのまま考え込んでいると、更に現実に引き戻す声が聞こえてきた。



「アーサー、他には何か見つかったかなー?」


 エリスが戻ってきたのである。




「……いや、特には」
「そうー? あのね、お母さんがご飯の準備できたってー。だから一回休憩しようよー」
「……わかった」


 エリスはアーサーの返事を確認すると、また家の方に戻っていった。




 それを確認した後、念の為周囲を確認してから、紙束を元の穴に戻す。


「……とにかく見せてみないことにはわからない。夜になったらこれを部屋まで持ち運ぼう」
「ワオン?」
「これは……この村の者には見せてはいけない。そんな気がするんだ」
「ワン!」



 穴の中に戻し、なるべく元の状態に近付けるように土を盛った後、アーサーとカヴァスは家に戻っていく。
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