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知るべきこと*

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「ああ、クソ、嬉しく思った自分が嫌だ。君とこんなことをしたら駄目なのに……っ」
「何が駄目なの、何があなたを咎めるというの。神様? 法律? 国民?」

 呻いたフレッドの顔をクレアは覗き込んだ。
 その表情に本気の後悔が滲んでいるのを見て、むっと唇を尖らせた。クレアにとっての『恋心の成就』を『悔いるべきこと』として扱うなんて失礼すぎる。

「神様は夫婦が仲良くするのを寿ぐわ。法律も同じ。国民だってあなたの子どもを心待ちにしてる。ああ、それから、ミランダお義姉様も『フレッドは頭でっかちだから押し倒さないと分からない』って応援してくれた」

 だから駄目な理由なんて無いと言うと、フレッドはきっ、と鋭い目を向けてきた。

「姉上のこと、誰から聞いた?」

 常人離れした傑物たる護国卿の泣き所は家族、特に姉。笑ってしまうくらいありふれた弱点だ。
 でも、フレッドが弱点を隠していたのは自分のためではなくて、家族を世間の噂から守りたかったからだろう。
 それはクレアにも分かるから『誰かが姉の噂を面白おかしく広めているのか』と考えた彼が、本気で怒っていることにも気づいた。

「お義姉様から直接」
「会ったのか!?」
「夫の姉に会っちゃだめなの?」
「何を話した!」
「怒らないで。あなたの話を聞きたくて会いに行ったの」
「……僕の?」
「好きな人のことが知りたかったから」

 フレッドから『仲の良い姉弟だった』と聞いたから、彼を誘惑するのに使える秘密の一つや二つを知らないかと思って会いに行っただけだ。『だった』という過去形の意味をよく考えるべきだったと後悔はしたけれど。

『私が言うのもなんだけど、仲の良い姉弟だったと思うわ。だからフレッドは傷つきすぎてしまったのね。彼を責める者なんて誰もいなかったのに。……ううん、誰にも責められないから余計にね』

 憂い顔で教えてくれたミランダは、確かにフレッドとよく似た美しい面差しの女性だった。その美貌は悪しき者まで引き寄せて、彼女と周囲の人生を大きく狂わせてしまった。

『頭でっかちで生意気だけど心の優しい弟なの。あの子、国を動かす判断なんて出来るタマじゃないのよ。やり手の商人をやれてたのにも驚くくらい。だって、小さな頃から臆病で、失敗を怖がりすぎる子だったもの』

 きっとあなたとの関係も『失敗』や『間違い』が無いように、とばかり考えてるのよ、義妹ちゃん。
 ミランダはクレアに向かって微笑むと『恋愛にもマニュアルを持ち出すような頓珍漢だから』と容赦なく弟をこき下ろした。

『馬鹿よね。いくら『間違い』は無かったとしても加点式の採点なら零点かもしれないし、『損失』を抑えるだけじゃ大儲けには繋がらない。でもフレッドは今持っているものを失いたくない、間違いたくない、って気持ちが強すぎる』
『それは、人間関係の話なら正しい考え方なのでは?』

 試験や商売の話ならいざ知らず、今親しくしている人と波風立てずに過ごしたいのは自然なことに思えた。クレアが小首を傾げると、ミランダはおかしそうに言った。

『じゃあ、義妹ちゃんは一生フレッドに子ども扱いをされたままでいいの?』
『駄目です! 絶対にえっちします!……あっ』
『そういうことよ。皆が変わらないでいられるならいいけど、それは不可能だもの。何かが変わるときに波風が立たないなんてありえない。でも波乱が去った後にはもっと良いものが流れ着くかもしれない』

 あなたがフレッドをかき乱す嵐になればいいわ。
 そう言い残して、少女の頃と同じく美しい彼女は、三児の母たる貫禄のある仕草でやんちゃ盛りの息子たちを叱りつけに向かった。

「事情を聞いて、あなたが性行為に前向きになれないのは分かった気もする。でも、やっぱり納得できないわ。だって私とあなたには、夫婦の愛の営みには、当てはまらない話でしょう?」 

 そもそも年頃の少年少女が性に興味を持つのは忌むようなことではない。フレッドとマノンという少女との恋は、十分に純粋で甘酸っぱいものだったはずだ。それが『強姦と同じ』はずがない。
 そうやって性欲自体を嫌悪しなくてもいい、お互いの気持ちがある性交ならいいだろうと言うと、フレッドは頑なに首を振った。

「少なくとも君と僕との間では同じ話だ」
「全然違うわ」
「一緒だよ。僕が手を出さなければ君には似合いの相手が現れて、普通に恋をして普通に結ばれて普通に幸せになったかもしれない。僕が金と国力に物を言わせて、その未来を摘み取った。挙句に君を命の危険にまで晒して」
「あなたのせいじゃないわ。それにあなたに選ばれなかったら、私はもっとひどい相手に嫁がされたかもしれないわよ? 『王女』の肩書き目当てなのはあなたも同じだけど、幼子を痛めつけて興奮する変態とか」

 フレッドが一番嫌いそうな類の変態を例に挙げると、彼は顔を顰めた。『想像したくもない』ということだろうか。
 けれど、そうなる可能性はそれなりに高かったはずだ。後ろ盾も無く本人の特技も無いみそっかすの王女には、残り物のろくでもない縁談しか回ってこないだろうから。

「……最悪の『もしも』を想定されても」
「あなたこそ私の『可能性もしも』を過大評価しすぎよ」

 確かに今のクレアにはもてはやす信奉者がいる。でも、その人たちはクレアが『みそっかす』だった頃には見向きもしなかった。
 周りの見る目を変えようと努力したのだから、当然のことではあるし、今の自分を誇らしくも思う。それでもどこかで『優れた私でいないと愛してくれないんでしょう』と思う自分もいるのだ。
 裏にどんな思惑があったにしても、あの頃のクレアを見つけて選んでくれたのはフレッドだけだった。

「『もしも』なんて置いておいて、現実には私たちが出会って結婚して、私はあなたに恋をした。あなたも私のことが大好き。たぶん女としても見れる。ねえ、それってとても幸せなことじゃない?」

 都合の悪いことは呑み込んで幸せになってしまえばいいのにと囁くと、フレッドはぽつりと言葉を溢した。

「……分かってるよ。僕を許さないのは、僕自身だ」

 馬鹿だよね。もういい歳なのに、あれから十五年も経ったのに、子どものまま『大人は汚い』って喚き立てている。
 自嘲の笑みを浮かべたフレッドを見て、胸が痛くなった。賢い彼は『自分が償う義務は無い』ことも『不幸は忘れたふりをして幸せになればいい』ことも理解している。頭では理解していても、彼の中の潔癖な少年の心が大人になった自分の狡さを許せないのだ。

「そうね。だから、そのぶん私があなたを許すわ」
「え?」
「私が許す。格好悪くて情けなくてすぐ逃げる臆病な小心者でも、私はあなたを愛する。ついでに幼女趣味の変態でも私以外の女の子を見ないなら許してあげる。それに、もしもあなたが暴君になったとしても、私は妻として一緒に広場の晒し首になってあげる」

 彼はそういう人なのだと知っている。必死に『理想の自分』の姿を作り上げたせいで、それ以外の醜く弱く愚かな自分を許さず愛さず投げ捨てた。クレアはそれを残さず拾ってあげたい。捨てられた部分だって愛しい男を成すものであるはずだから。

「……あんまり甘やかさないでよ。駄目になりそうだ」
「人間だもの、駄目になってもいいわ。でも、私はかっこよく仕事をしているあなたを見たいからきちんと仕事はしてほしいし、あなたの見た目も好きだから節制も運動もしてほしいし、他の女の人に手を出そうものなら民より先に私があなたを殺すから」
「厳しいな。君のお眼鏡に適う男でいることの方が『立派な護国卿』より大変そうだ。『かっこよくて落ち着いた余裕のある大人の男性』が条件に入っていなくて助かった」
「それでもいいけど……フレッドにも私にどきどきしてほしい」

 クレアばかりが彼に振り回されるのは不公平な気がするし、他の女の人相手に磨いた技術を自分に使われるのも嫌だ。クレアが『あなたが童貞でよかった』と言うとフレッドは渋い顔をした。

「そうだ、それも。僕が童貞なのはどうやって知ったの?」
「お義姉様もヴィル兄様も『フレッドと深い関係になった女の人はいなかった』って言ってたし、コニング議員も『職場恋愛は無い』って教えてくれたの。あとイェルチェさんにも手紙を出したら『娼館にはたまに通ってたけど情報収集のためだと思う』って」
「身内も友人も裏切り者ばかりじゃないか!」

 情報源を指折り数えて挙げるとフレッドは喚いた。彼の手が枷で繋がれていなければ、頭を抱えていただろう。

「僕ってそんなに人望無いかなぁ……」
「違うわ、フレッド」
「え?」
「みんな、私に『フレッドのこと大事にしてあげて』って言ったの。あなたに幸せになってほしい、って」

 フレッドは彼自身が思うよりも大切に思われている。それも『立派な人間だから』ではなく『放っておけない、見ていて心配になる人だから』と。『護国卿じゃなくなったら何も残らない』なんてことは無い。彼は自身に向けられた『愛』を知るべきだ。

「……で、みんなに頼まれた結果が僕を襲うことなの?」

 じろりと睨む視線に先程までの険は無い。心配されたことへの照れ隠しも含まれているのが分かって、クレアは笑った。

「お詫びに私に何をしてもいいから」
「は?」
「わっ、私の体、いっぱい使って気持ち良くなってくれたら、嬉しいなって。おちんちん、膣でごしごし扱いて、子宮の中にびゅーびゅー射精してっ」
「待って、それ、僕が何年も前に処分したエロ本の一節だよね!? なんで知ってるの!?」
「好きな人のことは全部知りたいものでしょう?」
「『全部』というにも限度がある!」

 青ざめたフレッドはちっとも動じない妻を見て、諦めたようにため息を吐いた。

「……クレア、枷を外してくれ」
「いや!」
「もう逃げないから。君の話はよく分かった。外すのも右手の枷だけでいい」
「……本当に逃げない?」
「約束する」

 そろそろ手が痺れてきたと右手を振られて、クレアは右の手枷の錠を解いた。手の動きを確かめるように握って開いてを繰り返すフレッドを見ていると、彼の右腕はクレアにがばりと襲いかかった。

「騙し――っ!? ひゃんっ!」
「騙してない。僕は逃げない、クレアが逃げたいと思うかは知らないけど」

 背中に腕を回されて強く抱き込まれ、互いの裸の胸が触れ合う姿勢を取らされた。その拍子に胎内のものが違うところを擦って、クレアは仔犬のように啼いた。

「クレア、僕は怒ってる。嫌がってる人を襲っちゃダメだし、拘束されると怖くて嫌な気持ちになるし、よりにもよって信頼してた君にされるとは思わなかった。バルトール行きについても考えていることがあるなら先に教えてほしかった」
「……ごめんなさい」

 真正面から正論で叱られると、何も言い返せない。
 しゅんとうなだれて額を押しつけたクレアの腰に、フレッドの右手が触れた。

「こんな無茶をして、痛みはない?」
「べつに全然っ、」
「嘘を吐くなら抜くよ」
「ひっ、少しだけ! ちょっとだけ、痛い……」
「そっか」
「でも我慢できるからっ、我慢するから抜かないで!」

 腰骨のあたりをがしりと掴んで引き剥がされそうになり、暴れた拍子に膣奥がずきんと痛んだ。潤滑油が少し乾いてしまったのか、今動かすと引き攣れる感触がある。痛がるクレアを見たフレッドは、宥めるように背中を撫でた。

「ごめん。僕が君をここまで悩ませて思いつめさせた。独りよがりに『幸せにしてあげよう』って考えて、何度も君の心を傷つけた。そんな自分に腹が立つ。でも、何よりも」
「あんっ」
「育てた子に普通に欲情して、痛い思いさせてるの分かってるのに全然収まらずに居座り続ける自分に驚いてる」

 彼のものはいまだ硬度を失わず、クレアの体奥深くを抉っている。這わされた手が胎に埋まった楔を意識させるように、腹をぐっと押しつけた。

「ごめんね、大人の余裕を見せられたらよかったんだけど。大事な女の子に一生懸命誘惑されてぐらつかないほど、僕は人間できてなかったみたい」
「ぐらついてくれないと困るわ。恥ずかしいけど頑張ったのに」
「そう言ってくれてよかった。責任は取る、というか君と別れるつもり無いし、中で出していい?」
「んっ、いっぱい出して! あなたを父親にしてあげたい!」
「こら、煽らないの。……ありがとう、嬉しいよ」

 フレッドが寂しくないように家族をたくさん作ってあげたい。その一心で口にした言葉だったが、それを聞いたフレッドはクレアを窘めた後に瞳を潤ませた。

「あと、もう一つ。あのエロ本は好みじゃないから処分したんだ。僕、根っからの和姦えっち支持者だから、クレアもちゃんと最後まで協力してね」

 それってどういう意味だろう――問いかけた唇を啄まれて、クレアは思考を放棄した。きっと悪い意味ではない、好きな人と最後まで愛し合うのはクレアも望むところだ。
 何度も唇を合わせては離し、口づけに慣れたクレアの緊張が解けた頃、ぬるりと濡れたものが口内に入り込んできた。

「んっ!?」

 舌だ。これが『深い口づけ』なのか。
 驚いて固まったクレアの口の中を我が物顔で荒らし回され、喉奥に落ちかけた舌に絡みつかれた。口蓋を舐められるくすぐったさから逃れようと頭を引こうとすると、後頭部に右手を添えて押さえつけられた。逃げることも声を上げることもできずに、むずむずと落ち着かない感触を与えられ続ける。

「鼻で息をするんだよ」

 ようやく解放された時、クレアは息を切らしていた。くすりと笑いながら『可愛い』と囁かれたことに腹が立つ。フレッドが舐め続けるせいで息ができなかったのに。

「いきなりじゃなければ、きちんとできたわっ!」
「そう? じゃあもう一回、復習しよう」

 やり方が分かればできるんだね?
 挑発じみた口ぶりに応えるように、クレアは自分から口づけて舌をちろりと出した。おずおずと伸ばした舌はすぐに捉えられて引き込まれ、息苦しさに思考の余裕を奪われていく。
『鼻で息をする』だけを意識に残して必死に呼吸していると、繋がったところにするりと手を這わされて、上の肉芽を摘まれた。刺激のあまり体が跳ねても、口も手も解放してもらえない。クレアは快感に悶えて堪えるしかなかった。

「っ、もういいっ!」

 クレアはぽろぽろと透明な涙を流しながら、震える手でフレッドの胸を突いた。何度も達してくったりと力が抜けた体は言うことを聞かなくなって、ますますフレッドの思い通りに弄られてしまう。

「それ、疲れるのっ、意地悪しないで……」
「大好きなクレアに意地悪なんてしないよ。しっかり濡れてからじゃないと動いた時に擦れて痛いかもしれない」
「うう……」

 その割には今までに『意地悪』を数えきれないほどされてきた記憶しかないが、気遣われているのも嘘ではないのだろう。でも、もうクレアの体は限界を迎えている。

「もう、むり」
「僕とキスするの、嫌?」
「嫌じゃないけど長すぎるのっ、もう動いてぇっ!」

 おかしい。挿入したら射精して終わりじゃないのか。
 そのつもりで『最後まで』を喜んだのに、フレッドのものは未だに硬いままクレアを貫いている。いつになったら終わるのだろう、もしかして、このままずっと……?
 終わりのない快楽が怖くなって、クレアは泣きながら腰を揺らした。結合部からぐちゅりと粘ついた水音が鳴る。

「もうぐしょぐしょになってるからぁっ!」
「ああ、本当だ。ちゃんと準備ができて、クレアは偉いね」
「やっ、今撫でられると、んっ、ああぁ……っ!」

 からかうように言ってくれれば反発もできるのに、こういう時ばかり慈しむように頭を撫でられた。
 彼に褒められるのは好きだ。教え子を褒めるような優しい手の感触と淫らな行為との落差に混乱して、クレアの膣はきゅんきゅんと締まった。

「また達ったね。もしかして、寝かしつけの時も感じてた?」
「ちがっ、最初の頃は違ったの! でも……だんだん、ううっ、ごめんなさい!」
「どうして謝るの。知りたがりで頑張り屋なのはクレアの良いところだ。えっちにも興味津々で物覚えがいい妻がいて、僕はなんて幸せ者なんだろう」

 お返しにもっと気持ちよくしないと、と腰に回った手をクレアは慌てて払いのけた。まだ足りないというのか。

「フレッドの馬鹿! 遅漏! 鈍感童貞!」
「ごめんね、馬鹿な童貞だから加減が分からなくて。クレアはどうしてほしいのか、僕に教えて?」

 導かれるままクレアはわずかに腰を引いた。自分の身の裡から太い肉塊がずるりと抜け出す様を見て恐ろしくなり、途方に暮れた目でフレッドを見つめると再び抱き寄せられる。乳房を擦りつけながら尻だけを突き出すようにへこへこと振りたくった。

「んっ、ん……っ、おねがいっ、はやく達ってぇ!」
「ごめん。可愛すぎて限界だ」
「あんっ、もっ、やぁああ――……っ!」

 クレアが甘い声を漏らした箇所を覚えられて激しく突かれ、視界が白む。ひくんっと収縮した胎に熱い飛沫を浴びるのを感じた。
 フレッドの左腕を枕にしてくったりと横たわったクレアは、ついに彼を満足させたことの達成感と安堵に満たされていた。

「フレッド、そろそろ抜いて……ひっ!」

 射精後も抜かれずに自分の中に留まっていたものが、再び力を取り戻したことに気づくまで。

「なんでもうっ!?」
「ずっと禁欲していたのが悪かったのかも。ねえ、クレア。もう一回してもいい?」

 もう一回とは、フレッドが次に達するまでということだろうか。それまでにクレアは何度達かされてしまうのだろう。処女を失ってからずっと挿入され続けている孔にはじんじんと痺れるような疼痛があるし、疲れきった体は休息を欲している。

 でも――。

「僕の妻は君だ。一生、君だけを愛するから」

 それには『浮気を認めないなら自分が相手をしろ』という程度の意味しかなかったのかもしれないが、『君だけ』と言われたのが嬉しくて、クレアはこくりと頷いてしまった。
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