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step7 あなたとあたしさくらんぼ
落ち込む彰人さん
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何年かぶりに暗い気持ちで病院を出る。仕事でこんな気持ちになるのは新人以来か。
先輩や同僚、水嶋までも俺だけのミスじゃないと声をかけてくれたが、外科医になってこんなミスは初めてで正直かなりこたえていた。
自分を過信していたせいもあり、ショックはまさに甚大。ガーゼカウントしてたナースは、俺以上にもうこの世の終わりみたいな顔をしていた。
今日の手術で閉腹した後、ガーゼカウントの数が合っていないことが発覚し、まさかと思ってレントゲンを撮ったら、そこにくっきり黒いガーゼの陰影が映し出されていたのだ。
所謂遺残という医療ミスだった。すぐに緊急OPEになり、今閉じたばかりの腹を開腹してガーゼを取り出した。二回立て続けのOPE、それだけ体に術後の侵襲は大きいし、傷の治りが悪くなる上に汚くなってしまう可能性もある。
運良くと言っては失礼だが、患者は60代男性で傷口なんてどうでもいいよ、と言ってくれたのがせめてもの救い。これが嫁入り前の女性だったら裁判沙汰になっていたっておかしくない。
自分のしでかしたミスに青ざめていたところ、ベテランの先輩に肩を叩かれ笑って励ましてくれた。しかし、人の命に関わる仕事というのはこれだから怖い。それを久しぶりに痛感した日だった。
こんなに落ち込んでいる最中にも、容赦なく明日も明後日も予定手術が入っている。年齢的に術者を任されることが多くなってきている中、もっと気を引き締めていかなくちゃいけない。
こんな時、本当に家に誰かいるっていうのが億劫で仕方がない。この日程、一人で静かに過ごしたいと願った日はなかった。
作り笑いができる心境でもなく、仏頂面のまま家へ帰る。すると、予想通りうるさい奴が心配そうに声をかけてきた。
「彰人さん、何かあったの……?」
おかしいな、声をかけるなオーラを発しまくっていたのに。最近やっと、空気が読めるようになってきたと思ったのは、やっぱり間違えだったようだ。
そのまま部屋へ直行し部屋着へ着替える。すると携帯に電話がかかってきて、病院からかと思って急いで出たところ珍しく涼香からきたもので一気に力が抜けた。
『お父さんから聞いて、元気ないんじゃないかと思って電話してみたの』
「あぁ、どうも」
『本当だ、珍しく落ち込んでるみたいね』
「それなりに」
『一つのミスにいちいちつまずいてたらきりないじゃない、所詮人間なんだから誰でもミスはするものでしょ』
励ましてくれているのだろうけど、そのセリフは俺の神経を逆なでるようなもので。
「だけど医者だけは絶対許されないんだよ、特に外科医は。人間なんだからしょうがないじゃ済まされないんだよ」
『そんなに思いつめなくたって』
「分かったような風に言われるのが一番むかつくんだよ。生きてる人間切ったこともねぇのに、何もわかんねぇだろ」
上司の娘だからと今までは丁重に扱っていたが、もう我慢できなかった。乱暴な物言いに、またヒステリックを起こすかと思ったら珍しく、ごめんと小さな声で謝ってそこで電話を切った。
こんな精神状態でいちいち構ってられるか。もうどうでもいい、何もかもめんどくさい。重い気持ちのまま部屋を出ると、心配そうに仁菜が再び声をかけてきた。
「彰人さん?」
「……俺、今めちゃくちゃ機嫌悪いから話しかけないでくれる?」
「なんで?」
「なんでもだ」
「ねぇ、彰人さん、何かあったの?」
「しつけぇな、お前のそういう無神経なとこ本当勘弁して欲しいんだけど。言われた通り黙ってらんねぇのかよ」
「でも、人に話したら気持ちも楽に……」
「話しても理解できねぇだろ、お前なんかに俺の仕事の大変さなんか絶対わかんねぇだろ」
「自分の気持ちなんて相手に絶対分かんないって、そうやっていつも1人で殻に閉じこもってたら苦しくならないですか?」
「あぁ、もううるせぇな。俺はそうやって人の気持ちも知らずに好き勝手言う奴が一番嫌いなんだよ」
そう言った翌日の朝、あのうるさい奴が部屋からいなくなっていた。俺が怒ったものだから、水嶋のところにでも行ったのかもしれない。
最初こそ、以前の静寂が心地良く感じていたものの、一人の人間の頭の中には限界があって考えが行き詰ってしまう。かと行って、近くのカフェに行ったり、本屋に行って気分転換しようとしたがやっぱり何か足りないのだ。
あいつの言う通り、確かに話を聞いてくれる人間は貴重なものだったのかもしれない、なんてうっすら思い始めていた頃。
あいつが出て行って2~3日経った頃だった。
先輩や同僚、水嶋までも俺だけのミスじゃないと声をかけてくれたが、外科医になってこんなミスは初めてで正直かなりこたえていた。
自分を過信していたせいもあり、ショックはまさに甚大。ガーゼカウントしてたナースは、俺以上にもうこの世の終わりみたいな顔をしていた。
今日の手術で閉腹した後、ガーゼカウントの数が合っていないことが発覚し、まさかと思ってレントゲンを撮ったら、そこにくっきり黒いガーゼの陰影が映し出されていたのだ。
所謂遺残という医療ミスだった。すぐに緊急OPEになり、今閉じたばかりの腹を開腹してガーゼを取り出した。二回立て続けのOPE、それだけ体に術後の侵襲は大きいし、傷の治りが悪くなる上に汚くなってしまう可能性もある。
運良くと言っては失礼だが、患者は60代男性で傷口なんてどうでもいいよ、と言ってくれたのがせめてもの救い。これが嫁入り前の女性だったら裁判沙汰になっていたっておかしくない。
自分のしでかしたミスに青ざめていたところ、ベテランの先輩に肩を叩かれ笑って励ましてくれた。しかし、人の命に関わる仕事というのはこれだから怖い。それを久しぶりに痛感した日だった。
こんなに落ち込んでいる最中にも、容赦なく明日も明後日も予定手術が入っている。年齢的に術者を任されることが多くなってきている中、もっと気を引き締めていかなくちゃいけない。
こんな時、本当に家に誰かいるっていうのが億劫で仕方がない。この日程、一人で静かに過ごしたいと願った日はなかった。
作り笑いができる心境でもなく、仏頂面のまま家へ帰る。すると、予想通りうるさい奴が心配そうに声をかけてきた。
「彰人さん、何かあったの……?」
おかしいな、声をかけるなオーラを発しまくっていたのに。最近やっと、空気が読めるようになってきたと思ったのは、やっぱり間違えだったようだ。
そのまま部屋へ直行し部屋着へ着替える。すると携帯に電話がかかってきて、病院からかと思って急いで出たところ珍しく涼香からきたもので一気に力が抜けた。
『お父さんから聞いて、元気ないんじゃないかと思って電話してみたの』
「あぁ、どうも」
『本当だ、珍しく落ち込んでるみたいね』
「それなりに」
『一つのミスにいちいちつまずいてたらきりないじゃない、所詮人間なんだから誰でもミスはするものでしょ』
励ましてくれているのだろうけど、そのセリフは俺の神経を逆なでるようなもので。
「だけど医者だけは絶対許されないんだよ、特に外科医は。人間なんだからしょうがないじゃ済まされないんだよ」
『そんなに思いつめなくたって』
「分かったような風に言われるのが一番むかつくんだよ。生きてる人間切ったこともねぇのに、何もわかんねぇだろ」
上司の娘だからと今までは丁重に扱っていたが、もう我慢できなかった。乱暴な物言いに、またヒステリックを起こすかと思ったら珍しく、ごめんと小さな声で謝ってそこで電話を切った。
こんな精神状態でいちいち構ってられるか。もうどうでもいい、何もかもめんどくさい。重い気持ちのまま部屋を出ると、心配そうに仁菜が再び声をかけてきた。
「彰人さん?」
「……俺、今めちゃくちゃ機嫌悪いから話しかけないでくれる?」
「なんで?」
「なんでもだ」
「ねぇ、彰人さん、何かあったの?」
「しつけぇな、お前のそういう無神経なとこ本当勘弁して欲しいんだけど。言われた通り黙ってらんねぇのかよ」
「でも、人に話したら気持ちも楽に……」
「話しても理解できねぇだろ、お前なんかに俺の仕事の大変さなんか絶対わかんねぇだろ」
「自分の気持ちなんて相手に絶対分かんないって、そうやっていつも1人で殻に閉じこもってたら苦しくならないですか?」
「あぁ、もううるせぇな。俺はそうやって人の気持ちも知らずに好き勝手言う奴が一番嫌いなんだよ」
そう言った翌日の朝、あのうるさい奴が部屋からいなくなっていた。俺が怒ったものだから、水嶋のところにでも行ったのかもしれない。
最初こそ、以前の静寂が心地良く感じていたものの、一人の人間の頭の中には限界があって考えが行き詰ってしまう。かと行って、近くのカフェに行ったり、本屋に行って気分転換しようとしたがやっぱり何か足りないのだ。
あいつの言う通り、確かに話を聞いてくれる人間は貴重なものだったのかもしれない、なんてうっすら思い始めていた頃。
あいつが出て行って2~3日経った頃だった。
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