冷たい外科医の心を溶かしたのは

みずほ

文字の大きさ
20 / 27
step7 あなたとあたしさくらんぼ

落ち込む彰人さん

しおりを挟む
何年かぶりに暗い気持ちで病院を出る。仕事でこんな気持ちになるのは新人以来か。
先輩や同僚、水嶋までも俺だけのミスじゃないと声をかけてくれたが、外科医になってこんなミスは初めてで正直かなりこたえていた。
自分を過信していたせいもあり、ショックはまさに甚大。ガーゼカウントしてたナースは、俺以上にもうこの世の終わりみたいな顔をしていた。

今日の手術で閉腹した後、ガーゼカウントの数が合っていないことが発覚し、まさかと思ってレントゲンを撮ったら、そこにくっきり黒いガーゼの陰影が映し出されていたのだ。

所謂遺残という医療ミスだった。すぐに緊急OPEになり、今閉じたばかりの腹を開腹してガーゼを取り出した。二回立て続けのOPE、それだけ体に術後の侵襲は大きいし、傷の治りが悪くなる上に汚くなってしまう可能性もある。

運良くと言っては失礼だが、患者は60代男性で傷口なんてどうでもいいよ、と言ってくれたのがせめてもの救い。これが嫁入り前の女性だったら裁判沙汰になっていたっておかしくない。

自分のしでかしたミスに青ざめていたところ、ベテランの先輩に肩を叩かれ笑って励ましてくれた。しかし、人の命に関わる仕事というのはこれだから怖い。それを久しぶりに痛感した日だった。

こんなに落ち込んでいる最中にも、容赦なく明日も明後日も予定手術が入っている。年齢的に術者を任されることが多くなってきている中、もっと気を引き締めていかなくちゃいけない。

こんな時、本当に家に誰かいるっていうのが億劫で仕方がない。この日程、一人で静かに過ごしたいと願った日はなかった。

作り笑いができる心境でもなく、仏頂面のまま家へ帰る。すると、予想通りうるさい奴が心配そうに声をかけてきた。

「彰人さん、何かあったの……?」

おかしいな、声をかけるなオーラを発しまくっていたのに。最近やっと、空気が読めるようになってきたと思ったのは、やっぱり間違えだったようだ。



そのまま部屋へ直行し部屋着へ着替える。すると携帯に電話がかかってきて、病院からかと思って急いで出たところ珍しく涼香からきたもので一気に力が抜けた。

『お父さんから聞いて、元気ないんじゃないかと思って電話してみたの』

「あぁ、どうも」

『本当だ、珍しく落ち込んでるみたいね』

「それなりに」

『一つのミスにいちいちつまずいてたらきりないじゃない、所詮人間なんだから誰でもミスはするものでしょ』

励ましてくれているのだろうけど、そのセリフは俺の神経を逆なでるようなもので。

「だけど医者だけは絶対許されないんだよ、特に外科医は。人間なんだからしょうがないじゃ済まされないんだよ」

『そんなに思いつめなくたって』

「分かったような風に言われるのが一番むかつくんだよ。生きてる人間切ったこともねぇのに、何もわかんねぇだろ」

上司の娘だからと今までは丁重に扱っていたが、もう我慢できなかった。乱暴な物言いに、またヒステリックを起こすかと思ったら珍しく、ごめんと小さな声で謝ってそこで電話を切った。

こんな精神状態でいちいち構ってられるか。もうどうでもいい、何もかもめんどくさい。重い気持ちのまま部屋を出ると、心配そうに仁菜が再び声をかけてきた。


「彰人さん?」

「……俺、今めちゃくちゃ機嫌悪いから話しかけないでくれる?」

「なんで?」

「なんでもだ」

「ねぇ、彰人さん、何かあったの?」

「しつけぇな、お前のそういう無神経なとこ本当勘弁して欲しいんだけど。言われた通り黙ってらんねぇのかよ」

「でも、人に話したら気持ちも楽に……」

「話しても理解できねぇだろ、お前なんかに俺の仕事の大変さなんか絶対わかんねぇだろ」

「自分の気持ちなんて相手に絶対分かんないって、そうやっていつも1人で殻に閉じこもってたら苦しくならないですか?」

「あぁ、もううるせぇな。俺はそうやって人の気持ちも知らずに好き勝手言う奴が一番嫌いなんだよ」


そう言った翌日の朝、あのうるさい奴が部屋からいなくなっていた。俺が怒ったものだから、水嶋のところにでも行ったのかもしれない。
最初こそ、以前の静寂が心地良く感じていたものの、一人の人間の頭の中には限界があって考えが行き詰ってしまう。かと行って、近くのカフェに行ったり、本屋に行って気分転換しようとしたがやっぱり何か足りないのだ。

あいつの言う通り、確かに話を聞いてくれる人間は貴重なものだったのかもしれない、なんてうっすら思い始めていた頃。
あいつが出て行って2~3日経った頃だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

残業帰りのカフェで──止まった恋と、動き出した身体と心

yukataka
恋愛
終電に追われる夜、いつものカフェで彼と目が合った。 止まっていた何かが、また動き始める予感がした。 これは、34歳の広告代理店勤務の女性・高梨亜季が、残業帰りに立ち寄ったカフェで常連客の佐久間悠斗と出会い、止まっていた恋心が再び動き出す物語です。 仕事に追われる日々の中で忘れかけていた「誰かを想う気持ち」。後輩からの好意に揺れながらも、悠斗との距離が少しずつ縮まっていく。雨の夜、二人は心と体で確かめ合い、やがて訪れる別れの選択。 仕事と恋愛の狭間で揺れながらも、自分の幸せを選び取る勇気を持つまでの、大人の純愛を描きます。

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

憧れのお姉さんは淫らな家庭教師

馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。

処理中です...