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13 六年ぶりのダンス

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 商工会議所の会頭が言ったとおり、キアルズを慕う令嬢たちのほとんどは美徳に溢れる善良な女性たちだった。

 夜会の皮切りに主賓のキアルズとデイラの一組だけがダンスを披露しているときも、彼女たちは天真爛漫に称賛の声を上げた。

「まあ、なんて素敵なのかしら……!」
「絵になるおふたりねえ」
「クラーチさまはさすが騎士ね。見て、あの軽やかな身のこなし!」
「キアルズさまから目の前で麗しい笑みを向けられても平然とされているなんて、クラーチさまってすごいわ」
「わたくしだったらドキドキしすぎて顔を上げていられないのに」
「そりゃあ、クラーチさまはキアルズさまのお姉さまのような存在なんだから、わたしたちみたいにいちいち照れたりなんてなさらないわよ」

 微笑ましげに目を細めて、会頭の娘が言う。

「そんな気のおけない方がお相手だからかしら。キアルズさまったら、まるで少年に戻られたかのような無邪気な笑顔……」

 並んで立っている女性たちも笑顔で頷く。

「ふふ、なんだかお可愛らしいわねえ」
「久しぶりにお姉さまとダンスをなさって、嬉しくていらっしゃるのね」

 にこやかに見物している令嬢たちの中で、ただ一人、険しい表情を浮かべている貴婦人がいた。

「……皆さま、甘すぎるわ……」

 プロウ侯爵令嬢フェイニア・テリューは、誰にも聞こえないような小声で呟き、手に持った扇をぎゅっと握りしめた。

 キアルズより二歳年下のフェイニアは、現在の取り巻きの中では一番の古株で最年長だ。
 六年前、留学から戻ってきたばかりのキアルズと王都で出会って以来、一年のほとんどを父親の別荘があるこのエルトウィンで過ごしている。

 ゆるやかに波打つ黄色い髪に、すらりとした鼻と意志の強そうな琥珀色の瞳。大輪の花のような美人だが、親が勧める縁談には見向きもせず、同じ年頃の令嬢たちがキアルズを諦めて余所よそに嫁いでいっても、変わらず取り巻きの中心に居続けている。

 他の誰よりもキアルズの妻の座に近いと自負している彼女は、踊っているデイラをじっと睨みながら独り言を漏らした。

「なるべく早く手を打たないと……」

   ◇  ◇  ◇

 表情には表れていなかっただけで、デイラは決して平然としていたわけではなかった。

 何年もよそよそしかったキアルズから昔のように親しげな微笑みを向けられ続けて、戸惑わないわけがない。
 触れているキアルズの手は、多くの令嬢たちと接しているうちに更に洗練されたのか、あくまで優しいのにどんな体勢になっても支えてくれそうな頼もしさがあり、デイラはますます落ち着かなくなった。

 あの小さな男の子が立派な大人になったのは素晴らしいことだと思うのに、至近距離で視線を合わせてダンスをしているとなぜか息が苦しい。
 無表情の下で、デイラは複雑な感情に心を揺らしていた。

「やっぱり、あなたと踊るのは楽しいな」

 キアルズから朗らかに言われても、静かに「そうですか」と返事するのが精一杯だった。

「――次の夜会でも、一緒に最初のダンスを踊って欲しい」

 一曲目の音楽が終わり、手を離したキアルズからそう頼まれたとき、絡み合っていた様々な感情の中から〝喜び〟が大きく抜きん出たのを感じ、デイラは内心うろたえた。

「あら、ごめんなさい」

 次にキアルズと踊るために近づいてきた黄色い髪の令嬢の肩がすれ違いざまに強くぶつかったが、デイラはどこか上の空で「すみません」と謝罪の言葉を返した。

 キアルズが以前のように笑いかけてくれて、デイラを最初のダンスの相手に望んでくれたことが、なぜここまで嬉しいのだろうと不思議に思いながら。
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