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29 デイラの結婚相手は幸せになれない 後
しおりを挟むゲーニアは、甥の両親である兄夫婦に訊ねた。
「よっぽど魅力的な女性だったの? はっとするような美人で、驚異的に若々しくて、どんなことでも優しく受け止めてくれそうな人だったのかしら?」
夫婦はちらっと視線を交わすと、気まずそうに言葉を濁す。
「そ……そういう感じではなかったかな」
「え……ええ、そう……ですね……」
「――ここには身内しかいないんだから、はっきり言ってしまっていいんですよ」
エートラムが彼女を連れてきたときも男爵邸にいたというリミーナ大叔母は、その言葉通りにはっきりと言い放つ。
「地味で、頭が硬そうで、何なら実際の年齢よりもさらに老けて見えるような女性でしたよ。顔のつくりはともかく、表情に乏しく、愛嬌や愛想のかけらもなくてね」
「ええっ、なにそれ!」
伯母たちは眉根を寄せながらも、どこか愉快そうに声を弾ませる。
「人は自分にないものに惹かれるとは聞くけど、あまりに隔たりがありすぎるわ!」
「もし、あの陽気で人懐っこいエートと結婚してたら、不釣り合いな夫婦として社交界で笑い者になるところだったわね!」
男爵家の危機を回避できて良かったとはしゃいでいる伯母たちを横目で見ながら、リミーナ大叔母は棘のある口調で言った。
「この家には、女性側がかなり年上でうまくいかなかったという例は過去にもありましたしね」
「リミーナ」
たしなめるように男爵が名前を呼んだが、伯母たちはお構いなしに話に飛びつく。
「レイーサ叔母さまのことね!」
「人嫌いで森にこもりきりのあの叔母さまが、ずいぶん昔に年下の貴族の跡取りと恋に落ちたことがあったなんてねえ」
「その恋に破れたから人嫌いになったのかしら?」
リミーナ大叔母は首を軽く横に振った。
「レイーサはもともと変わり者でしたよ。社交には全く興味を示さず、薬学ばかりに没頭してね。さすがに恋人と別れた後はしばらくふさぎ込んでいたようだけど、まあ、あの愛想のなさでは伯爵夫人なんて務まらなかったでしょうね」
クゥイーナ伯母がしみじみと呟く。
「うちの娘たちにもつねづね言って聞かせてるんだけど、男性から長く愛されるためには愛想や愛嬌ってすごく大事よねえ」
ゲーニア伯母も「本当に!」と同調した。
「レイーサ叔母さまもエートラムのお相手も、もっと表情豊かで可愛げがあったら、男性の心を長くつなぎとめておけたかも知れないものね」
ふたりの意見に、リミーナ大叔母も深く頷く。
「無表情で無愛想な妻は、夫を幸せにすることなんてできませんよ。そんな女性と結婚した男性は、家庭生活でも社交の場でも不幸になるばかりです」
そこで何か思い当たったかのように、大叔母はデイラの父を見た。
「愛想といえば、グラース、あなたの娘の行く末も心配ですよ」
「は……」
「ああ、デイラね」
伯母たちは揃って苦笑いを浮かべる。
「顔立ちはきれいに整ってるのに、どうしてあんなに愛想がないのかしら」
「もったいないわよねえ」
扉の裏で、兄が面白そうに「言われてるぞ」とデイラに囁く。
「妻も私も、折に触れて『笑顔は大切だよ』と声を掛けてはいるんですが……」
面目なさそうに父が言っているのを聴きながら、デイラは悲しい気持ちになった。
いとこたちや兄のように感情の起伏は激しくないが、自分にもちゃんと喜怒哀楽はある。それを大げさに表現できないだけだ。
特にここにいる親戚たちと接するときは、どこか品定めでもされているような視線を感じ、よりいっそうぎこちなくなってしまう。
「姿かたちが美しいだけじゃ駄目よ。あのままじゃ縁談には苦労するわ」
「最初は関心を持たれたとしても、すぐに飽きられてしまうわよね」
「騎士になりたいなんて言ってるようだけど、とんでもないことですよ。ますます縁遠くなってしまうわ」
心の中できらきらと輝いている目標まできっぱりと否定され、デイラの胸はさらに痛んだ。
「社交の場で知り合った男性と徐々に愛を育んでいくのは難しいだろうから、男爵家と縁続きになれるならと割り切ってくれる身元のしっかりしたお相手と、早々に結婚させたほうがいいわよ」
「そうそう。すっかり 嫁き遅れてから年下の男性にうつつを抜かしたあげく、飽きて捨てられでもしたら目も当てられないですものね」
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