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53 弟シャルマンのひとりごと
しおりを挟む姉様とモフィラクト王太子殿下の婚約解消。
一昨日それが発表され、国中その話題でもちきりだ。
表向きの理由は、メルヴェイユ王国第二王子のマッジョルド殿下と友人である姉様が、隣国との友好関係を築くため特使として無期限で派遣されることになったから、とされている。
戦争回避のためマッジョルド王子と政略結婚する、という本当の理由はごく一部の者しか知らされていない。
でもマッジョルド殿下と第二王子同士で親交のあるクンベルからの情報によると、隣国メルヴェイユでは結婚の話が国民の間で噂され始めているという。
その噂がここアルアスラ王国へ届くのも時間の問題かもしれない。
来月からメルヴェイユ王国へ旅立つ姉様は今、生徒会の仕事の引継ぎ中。
モフィラクト王太子殿下はしばらくの間、公務で学園に来られないらしい。
姉様ラブの殿下、公務で休むのは表向きの理由だったりして。
婚約解消のショックで寝込んでないといいけど……。
もちろん生徒会のメンバーは、僕も含めてみんな姉様の婚約解消に驚いている。
この学園に通う者は皆、紳士淑女たれと育てられているから驚きをあからさまに顔へ出すことはしないけどね。
ぁ、皆では無いか。
一名だけ自分の感情に素直な人がいる。
ある意味、羨ましい。
「ヴェレッドおねぇざまぁぁあっ! いがないでっ、いがないでぐだざいぃいぃいっっ!」
ぅぁ…………
涙だけでなく、鼻水も少し出てるよアカリ嬢。
こんな令嬢、初めて見たよ僕。
「落ち着いてアカリ様、私がメルヴェイユ王国へ行くのはひと月も先よ」
宥めるようにアカリ嬢を優しく抱きしめ頭を撫でている姉様。
ぁぁ、あんな風に優しくよしよししてもらえるなら僕もぐずれば良かった。
もう子どもじゃないから、泣き叫んで姉様を困らせたりなんてしないけど。
ぃゃ、僕たち貴族は子どもの頃からぐずったりなんてしなかったな。
姉様に慰められて、ようやく落ち着いてきた様子のアカリ嬢。
今度は姉様の両手を自分の手で包み込むようにして、ギュッと握りしめている。
ウルウルした瞳で、姉様を見つめて。
「ヴェレッドお姉様っ、私もメルヴェイユ王国へ一緒に連れて行ってください!」
ぅわぁ、とんでもないこと言いだしたよ。
僕だって、一緒に行けるものなら行きたいさ。
だけど貴族の令息令嬢には大なり小なりそれなりに責任というものがあるからね。
自分の都合だけで家を離れるなんてできない。
「私が行けば、ヴェレッドお姉さまの事もこの聖剣がきっと守ってくれるはずです」
今日もアカリ嬢のすぐそばで、ふわりふわりと浮いている鮮やかなピンク色の剣。
時々くねくね不思議な動きをしている。
守ってくれる、のかなぁ……
この聖剣、かなり心配。
なんだかとても頼りない見た目だもの。
「何かあった時、私たちふたりで一緒にいれば魔力の増大ができると聖剣も言っていましたし」
困ったように微笑む姉様に、クンベルが助け舟をだした。
「一緒に行くのであればアカリ嬢もそれなりに知識や教養が必要では? 例えば二週間後に行われる学園のテストで、赤点をひとつも取らなければ父に隣国への同行者として推薦しますよ」
んー、無理だと思うよ……。
この学園では、50点以下が赤点。
前回のテスト一教科100点満点の問題で、アカリ嬢は平均点が38点だったから。
それで姉様の補習を受けてたよね。
まぁ無理だと思っているから、クンベルも咄嗟にこんな事を言ったのか。
けれどその日以降、アカリ嬢は努力を始めた。
魔法やマナーをクラスメイトの女生徒から教わり、勉強は僕やクンベルに頭を下げて聞きに来る。
アカリ嬢は本当に勉強が出来なかった。
どうしてこんなに簡単な問題がわからないんだろーって不思議なくらい。
だけど努力って凄いんだね。
僕は努力しなくても最初からある程度なんでも出来ちゃうから知らなかったよ。
アカリ嬢、今回のテストではなんと平均点68点。
凄いね、平均が30点も上がったよ。赤点も無かったし。
ちなみに僕は前回も今回も平均点は90点台。
伸びしろがあるって羨ましい。
でもね、クンベルは陛下に推薦するって言ってたけど。
学園のテストで赤点が無かったくらいじゃ隣国へ行けるわけない。
そう思っていた、のに。
せっかく頑張ってくれたから、と姉様が言って。
姉様がメルヴェイユ王国に慣れるまで、という期限付きでアカリ嬢は侍女として同行する事になった。
僕は隣国へ旅立つ姉様とアカリ嬢を見送る。
一緒に行きたかったなぁ……。
アカリ嬢みたいに、自分の考えを言って行動すればよかった。
僕は姉様を見送ってばかりだ。
だけど、姉様がメルヴェイユ王国へ行くのって新たな火種をかかえる事にならないのかな。
だって王太子の婚約者を奪っちゃったんだよ。
嫌な予感がする。
僕の嫌な予感は今回も当たってしまうんだ。
それを知るのは、すべてが終わったあとだったけど。
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