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『オフィス異世界転生』の所長
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ここは『オフィス異世界転生』
俺の名前は、遊庭賢人。
『オフィス異世界転生』の所長をしている。
オフィス……と言っても、働いているのは俺の他に事務員の山野桃香だけ。
ガチャ、とオフィスのドアを開ける。
「所長、おはようございます」
出勤した俺を迎えてくれるのは、桃香の可愛らしい声と、満開の桜のような笑顔。
ふんわりとした栗色の髪の毛とクリッとした大きな目がなんとも愛らしい。
親父の影響もあって、俺は小さなころから外で遊ぶのが大好きだった。
学校の成績は中の下、それでも特に気にすることはない。
小学生の頃はよく家の裏の森林で遊ぶ。俗に言う、裏山だ。
友達と一緒でも、ひとりでも。
大自然の中を思いっきり走り、生き物を捕まえて、植物を観察し、大地と空の偉大さに感銘を受けた。
そして10歳の時に、裏山でひとりで遊んでいて、ふと感じる違和感。
思えばあれが、初めて感じた歪みだったのかもしれない。
その日、隣の家に生まれた女の子が桃香。
初めて抱っこさせてもらった時は、この世にこんなに可愛い生き物がいるのか、と感動で胸が震えた。
自然の中で感じた違和感と桃香から伝わる生命の不思議。
その感覚が忘れられなくて、それからも自然を観察して、触って、少し手を加えて、反応を確かめる。
桃香のことは可愛すぎて、近くで観察したり触ることはできず、遠くから見ていることしかできない。
困っていそうな時だけ、手を貸す。
頬を赤らめてお礼を言う姿が、抱きしめたくなるくらい愛おしい。
桃香をじっくり観察することができない代わりに、人間については自分の身体を、詳しく調べつくした。
観察して、試行錯誤した結果、時空と光と世界、そして生命体の持つ歪みの関連性に気が付く。
異世界は、ある。そして自由に行くことができる。
俺は、その仕組みを利用して起業した。
生まれてから、20年、とことん本気で遊び続けていれば、人は賢くなるもんだ。
遊ぶことしかできなかった少年も、レベルが上がって立派な職業を得ることができた。
異世界転生を実行する直前に、桃香の親が勝手に彼女の婚約者を決めた事は、頭にタライが落ちてきたかと思うくらいの衝撃があった。
相手はかなりのお金持ちらしい。
俺も金ならあるけど、と桃香の父親に言うと、「でも、賢人くんは結婚願望ないでしょー」と返された。
今まで結婚の『け』の字もなかったのは、桃香が大人になるのを待っていたからだ。
彼女が幸せになれるなら……それでもいいかと考えた。
桃香の笑顔を守ることこそ、俺が生涯をかけてしなければならない仕事だから。
相手の男の誠実度を知りたくて、念のため、桃香の婚約者に何回かハニートラップを仕掛ける。
オイオイオイオイ、10回中10回ひっかかるってどういうことだよ。
その挙句に、桃香と婚約破棄して、ハニートラップのうちのひとりと異世界で悪役令嬢断罪イベント破滅フラグ回避を楽しみたいだとぉ!
ふざけんな!
お前にオプションプランのスローライフをおくらせてたまるか!
「ケンちゃん、こちら実行お願いします」
桃香が、元婚約者のデータを入力して文書を持ってくる。
本当は、紙文書でしなければならない仕事なんてない。
数年前にすべての仕事はシステム化が終了しているから、俺がたまにメンテナンスをすればいいくらいだ。
でも、俺は紙で印刷して、手入力をする仕事を桃香にお願いする。
オフィスラブ、とやらを一度は経験してみたかったから。
桃香には申し訳ないけれど、彼女が入力してくれた内容を実行前に書き換えた。
だいぶ前に一大ブームを起こした『懐かしの異世界転生プラン』。
大丈夫、俺も鬼じゃない。
桃香の元婚約者とその彼女が転生するのは、勇者と姫。
本気を出して地道に経験を積んでいけば、そんなにつらい異世界じゃない。
人の話をよく聞いて、洞窟や塔に入った時には、きちんと地図を描くのを忘れずに。
毒を喰らったら、走るのは厳禁だ。最初のうちは、薬草を忘れずに常備しておけよ。
ふたり仲良く協力して、より良い未来を築いてくれ。
「ざまぁ」
実行キーを押して、呟く。
「え? ケンちゃん何か言ったー?」
「週末のキャンプ、楽しみだなって言った」
俺の名前は、遊庭賢人。
『オフィス異世界転生』の所長をしている。
オフィス……と言っても、働いているのは俺の他に事務員の山野桃香だけ。
ガチャ、とオフィスのドアを開ける。
「所長、おはようございます」
出勤した俺を迎えてくれるのは、桃香の可愛らしい声と、満開の桜のような笑顔。
ふんわりとした栗色の髪の毛とクリッとした大きな目がなんとも愛らしい。
親父の影響もあって、俺は小さなころから外で遊ぶのが大好きだった。
学校の成績は中の下、それでも特に気にすることはない。
小学生の頃はよく家の裏の森林で遊ぶ。俗に言う、裏山だ。
友達と一緒でも、ひとりでも。
大自然の中を思いっきり走り、生き物を捕まえて、植物を観察し、大地と空の偉大さに感銘を受けた。
そして10歳の時に、裏山でひとりで遊んでいて、ふと感じる違和感。
思えばあれが、初めて感じた歪みだったのかもしれない。
その日、隣の家に生まれた女の子が桃香。
初めて抱っこさせてもらった時は、この世にこんなに可愛い生き物がいるのか、と感動で胸が震えた。
自然の中で感じた違和感と桃香から伝わる生命の不思議。
その感覚が忘れられなくて、それからも自然を観察して、触って、少し手を加えて、反応を確かめる。
桃香のことは可愛すぎて、近くで観察したり触ることはできず、遠くから見ていることしかできない。
困っていそうな時だけ、手を貸す。
頬を赤らめてお礼を言う姿が、抱きしめたくなるくらい愛おしい。
桃香をじっくり観察することができない代わりに、人間については自分の身体を、詳しく調べつくした。
観察して、試行錯誤した結果、時空と光と世界、そして生命体の持つ歪みの関連性に気が付く。
異世界は、ある。そして自由に行くことができる。
俺は、その仕組みを利用して起業した。
生まれてから、20年、とことん本気で遊び続けていれば、人は賢くなるもんだ。
遊ぶことしかできなかった少年も、レベルが上がって立派な職業を得ることができた。
異世界転生を実行する直前に、桃香の親が勝手に彼女の婚約者を決めた事は、頭にタライが落ちてきたかと思うくらいの衝撃があった。
相手はかなりのお金持ちらしい。
俺も金ならあるけど、と桃香の父親に言うと、「でも、賢人くんは結婚願望ないでしょー」と返された。
今まで結婚の『け』の字もなかったのは、桃香が大人になるのを待っていたからだ。
彼女が幸せになれるなら……それでもいいかと考えた。
桃香の笑顔を守ることこそ、俺が生涯をかけてしなければならない仕事だから。
相手の男の誠実度を知りたくて、念のため、桃香の婚約者に何回かハニートラップを仕掛ける。
オイオイオイオイ、10回中10回ひっかかるってどういうことだよ。
その挙句に、桃香と婚約破棄して、ハニートラップのうちのひとりと異世界で悪役令嬢断罪イベント破滅フラグ回避を楽しみたいだとぉ!
ふざけんな!
お前にオプションプランのスローライフをおくらせてたまるか!
「ケンちゃん、こちら実行お願いします」
桃香が、元婚約者のデータを入力して文書を持ってくる。
本当は、紙文書でしなければならない仕事なんてない。
数年前にすべての仕事はシステム化が終了しているから、俺がたまにメンテナンスをすればいいくらいだ。
でも、俺は紙で印刷して、手入力をする仕事を桃香にお願いする。
オフィスラブ、とやらを一度は経験してみたかったから。
桃香には申し訳ないけれど、彼女が入力してくれた内容を実行前に書き換えた。
だいぶ前に一大ブームを起こした『懐かしの異世界転生プラン』。
大丈夫、俺も鬼じゃない。
桃香の元婚約者とその彼女が転生するのは、勇者と姫。
本気を出して地道に経験を積んでいけば、そんなにつらい異世界じゃない。
人の話をよく聞いて、洞窟や塔に入った時には、きちんと地図を描くのを忘れずに。
毒を喰らったら、走るのは厳禁だ。最初のうちは、薬草を忘れずに常備しておけよ。
ふたり仲良く協力して、より良い未来を築いてくれ。
「ざまぁ」
実行キーを押して、呟く。
「え? ケンちゃん何か言ったー?」
「週末のキャンプ、楽しみだなって言った」
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