囚われの公爵と自由を求める花~マザコン公爵は改心して妻を溺愛する~

無月公主

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21.守るべき命

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サクレティアとクレノースは、キースのいる部屋に向かって歩いていった。クレノースは、相変わらずサクレティアを崇拝するかのように彼女の隣を歩いていたが、彼女は少し気まずさを感じつつも、それを表に出さないよう努めた。

「キース、元気にしているかしら…?」サクレティアが部屋に入ると、キースはベビーベッドの中で楽しそうに手足をばたつかせていた。

「うわぁ……本当に元気ね。こうやって見ると、赤ちゃんって可愛いものね……。まさか私が母親になるなんて、まだ信じられないわ」と、サクレティアはキースを見て微笑んだ。

クレノースはすぐにキースのそばにひざまずき、敬虔な表情で赤ん坊を見つめながら、深々と頭を下げるかのようにサクレティアに向かって言った。

「サクレティア様……この愛の結晶、キースがこんなにも健やかに成長していること、すべてあなたのおかげです……。本当に、ありがとうございます……!」

サクレティアはクレノースの言葉に戸惑いながらも、なんとか笑顔を保とうとした。

《いやいや、クレノース……そこまで感謝されても……! 私、別に一人で子育てしてるわけじゃないんだけど……》

キースが笑いながら手を伸ばし、サクレティアの指を掴んだ。

「うふふ、キース、すごく元気ね! 本当に可愛いわ。だけど、クレノ、そんな大袈裟にしなくてもいいのよ! ただの親だから!」

クレノースはますます感動した様子で、深くうなずきながら、キースの手をそっと握りしめた。

「いえ、サクレティア様。あなたがいるからこそ、キースも僕も、こうして幸せに生きることができるのです。すべてはあなたのお力によるものです……」

サクレティアはクレノースの真剣すぎる言葉に、再び心の中でため息をつき、《なんかもう、この崇拝モードはどうにかならないの……?》と内心で叫びながら、キースの可愛さに集中することにした。

「そうね、キースがこんなに可愛いから、まあ、許してあげるわ、クレノ!」

―――――――
――――

夜が静かに訪れるころ、サクレティアはいつものように執務を終え、ふとした違和感に気づいた。あれほど彼女に付きまとっていたクレノースの姿が見当たらない。普段なら、彼の崇拝の眼差しを常に感じているはずなのに、今日はなぜか妙に静かだった。

《なんでだろう……あんなにいつもくっついてくるのに、どこ行ったの?》と胸騒ぎを感じたサクレティアは、すぐに使用人たちを呼び集めた。

「クレノース様を見かけませんでしたか?」と尋ねると、使用人たちは顔を見合わせ、不安げな表情を浮かべながら答えた。

「サクレティア様……実は……クレノース様が、弟のクリス様の部屋に向かわれたと聞いております……」

その言葉にサクレティアの胸がドキリと高鳴った。《え? 弟のクリスの部屋? なんで?》と、不安な気持ちがさらに膨らむ。

急いでクリスの部屋に向かったサクレティアが扉を開けると、目に飛び込んできた光景に一瞬、息を飲んだ。クレノースがナイフを振り上げ、赤ん坊のクリスに向かって今にも振り下ろそうとしていたのだ!

「クレノース! 何してるの!?」サクレティアは驚きと焦りで叫び、慌てて彼の腕を掴んで止めた。

クレノースは一瞬ハッとしたようにサクレティアを見つめ、その目にはいつもの狂気じみた崇拝の光が浮かんでいた。だが、ナイフを握りしめたまま、彼は静かに言った。

「サクレティア様……これは、家族の安寧のためのけじめです。クリス様を、この手で……終わらせることこそ、我が家の平穏を保つ唯一の道です……」

「はぁ!?何言ってんのよ!?赤ちゃんよ、ただの赤ちゃん!殺すなんてありえないでしょ!!」サクレティアは思わず笑ってしまいそうなほど、クレノースの言葉が荒唐無稽に聞こえたが、彼の真剣な目にすぐに引き戻された。

「ですが……サクレティア様……私はこの家族を守るために、必要なことを……」

「いやいや、ちょっと待って、そんなの全然守る方法じゃないから!クリスはただの赤ん坊よ!こんな可愛い赤ちゃん、殺してどうすんの!?」

サクレティアは慌ててクレノースの腕を強く引き、ナイフを取り上げた。クレノースは抵抗せず、ナイフを手放しながら静かに言った。

「サクレティア様……僕はすべてをあなたに捧げております。だから、あなたの望むままにいたします……しかし、これは必要な決断だと……」

「やめてよ!そんな怖いこと言わないで!」サクレティアは息を整えながら、クレノースを見つめた。その狂気じみた敬意が、時折自分を混乱させるが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。

「とりあえず、クリスは無事だし……もうこういうこと、しないでね!」

サクレティアは、すばやくクレノースからナイフを取り上げると、近くにいた使用人たちに声をかけた。

「クリスの面倒を見てあげて。しばらくここにいさせないように、お願いね。」

使用人たちは驚きながらも、すぐに指示に従い、クリスを安全な場所へと連れて行った。サクレティアは深いため息をつき、クレノースの手を引いて、自室へと向かった。

クレノースはどこか落ち込んだ様子で、無言のままついてきた。自室に戻ると、彼をそっとソファに座らせ、サクレティアはキッチンへ向かい、ゆっくりとハーブティーを煎れ始めた。部屋には静けさが漂っていて、二人の間には、言葉にできない重い空気が流れていた。

しばらくして、ティーカップを二つ持って戻ったサクレティアは、クレノースの前にティーカップを置き、優しく声をかけた。

「クレノ……ここで少し、落ち着いて。」

クレノースは黙ってティーカップに目を落とし、手でそっと触れた。彼の瞳には、失望と自責の念がにじんでいた。

「……すみません。僕は間違えてしまったのでしょうか。」

彼は深く息を吐き、サクレティアに視線を向けた。その瞳は、彼が抱える苦しみと混乱を映していた。

サクレティアはクレノースの隣に座り、彼の肩に手を置いて、優しく話し始めた。

「クレノ……クリスはまだ赤ん坊よ。罪もない、無垢な命。たとえ彼の父親が誰であろうと、彼はこの公爵家の一員であることには変わりないわ。私たちが受け入れて、守ってあげるべきなの。」

クレノースはしばらく黙っていたが、少しずつ彼女の言葉が心に染み込んでいくようだった。

「公爵家の一員として……受け入れる……」

彼は自分に言い聞かせるように呟いた。サクレティアは彼の手を軽く握り、穏やかな声で続けた。

「私たちが一緒に育てていけばいいのよ、クレノ。クリスが、クレノの弟であれ、誰であれ関係ない。私たちが彼に愛情を注いであげれば、それでいいの。」

クレノースはその言葉に少し驚いたようだったが、サクレティアの優しさに少しずつ心がほぐれていくのを感じた。彼の表情は、少しだけ柔らかくなり、重たい空気が少しだけ軽くなったように見えた。

「サクレティア様……」クレノースは彼女に深く感謝の目を向けた。「あなたは、やはり……優しい。僕が何をしても……あなたは……」

サクレティアは苦笑し、彼を少し突き放すように、優しく微笑んだ。「いいから、とりあえずそのハーブティーを飲んで、少し休んで。」

彼女の言葉に、クレノースは深く頷き、ティーカップを手に取った。
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