囚われの公爵と自由を求める花~マザコン公爵は改心して妻を溺愛する~

無月公主

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51.信じているからこそ

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夜、クレノースがそっとベッドを抜け出そうとするのを感じ、サクレティアは思わずその腕を掴んだ。「どこに?」と、静かな声で尋ねる。彼は驚いたように目を丸くし、しばらく黙り込んだ後、少し戸惑いながら、「すみません…今日だけは、どうか見逃してください。全部が終われば、必ずお話ししますから」と彼女を説得し始める。



その切実な表情に、サクレティアは一瞬言葉を詰まらせるが、ふと思いついて小さな魔道具を取り出した。「わかったわ。なら、これを持って行って。これを使えば数分間だけ透明になれるわよ」と説明しながら手渡すと、クレノースはさらに驚いた様子でそれを手に取る。「こ、こんなものどこで手に入れたんですか?」



「いざという時のために、魔塔の人と取引して作ってもらったの。」そう答えると、クレノースはしばらく感心したようにその魔道具を見つめた後、決心したように微笑んだ。「…帰ったら、君が魔塔と何を取引したのか、しっかりと教えてもらいますからね!」



そう言い残し、クレノースは急いで支度を整え部屋を出て行った。サクレティアは呆れ半分で「いや、教えてほしいことがあるのはこっちだからね!」とツッコミを入れながらも、背中が見えなくなるまでじっと見送った。



クレノースは外へ出ると、家の敷地から少し離れたところで暗殺部隊の衣装を身にまとい、静かに闇に消えていく。その背中にはバレンティル家の暗殺部隊を象徴する、黒いクロス模様が浮かび上がっていた。サクレティアは窓越しにその姿を目にし、思わず凍りつく。



《ひ、人殺ししに行ってる…?》



ぽつぽつと雨が降り出し、静かだった夜に雨音が響き始めた。「やだ…また雨だわ。」サクレティアはため息をつきながら、ぼんやりと窓の外を見つめた。滴がガラスを滑るたびに、胸の奥でふつふつと不安が広がっていく。まるで、心の奥に隠れていた不安が雨と共に滲み出ているかのようだった。



「奥様、お体が冷えますから……」傍に立っていたバルドが声をかけ、そっと肩に上着を掛けてくれる。その気遣いにサクレティアは軽く微笑んで感謝の意を伝えたものの、気持ちは晴れない。



「ねぇ、バルド。遠くからでいいからクレノースを見守ってあげてくれない?」自分の想像以上に深いところで不安を感じているのが自覚できる。クレノースがただの外出をしているわけではないことも、ずっと勘づいていた。バルドなら、きっと彼を支え、助けてくれるだろうという希望が胸をよぎった。



だが、バルドは静かに、そして申し訳なさそうに深々と頭を下げ、「奥様、申し訳ありませんが、私もこれから行かなければならないことがございます」と告げた。その言葉に、サクレティアは少し驚き、しかしそれ以上は尋ねることができなかった。ただ、彼の丁寧な言葉と穏やかな視線に何か大切なことがあることを悟る。少し戸惑いながらも、彼の深い礼に一礼を返し、静かにその場を去ることにした。



自室に戻り、サクレティアは一人で考え込んだ。雨音が窓を打つリズムに耳を傾けながら、これまでのクレノースの言動や数々の出来事を一つ一つ思い返し、頭の中で整理し始めた。



彼が過去にしてきたこと、崇愛と言いながらもどこか常に影を帯びていたその表情、そして幾度となく囁かれてきた不穏な噂――クレノースが彼の過去と現在に対して、まるで深い贖罪の念を抱いているかのように見えたこと。そして最近の暗殺未遂事件。しかも、その時に現れた暗殺者がただの雇われ人ではない可能性があることも、頭の中で薄っすらとつながっていく。どうもそこには王家が関わっているような予感がしてならなかった。



《でも…クレノースはなぜすべてを打ち明けないの?》ふと、言葉にならない問いが頭をよぎる。彼の言動から推測するに、彼にはどうしても独りで解決しなければならない何かがあるのだろう。王家と関係があるとしたら、それはもしかして、王位継承や王族の内紛に絡んでいるのではないか?その考えがよぎった瞬間、サクレティアの胸には得体の知れない不安と、クレノースへの無性の心配が膨れ上がってきた。



雨がますます強まっている。窓の外はただ暗く、雨の幕が冷たく降り続けるだけだが、サクレティアはその静寂の中に、何かしらの答えが隠れているように感じてならなかった。「クレノース……」



窓の外で激しく降る雨は、彼女の胸にくすぶる不安を一層かき立てるかのようだ。いてもたってもいられない——その思いが、いつもは冷静な彼女を駆り立てていた。



「こんなこともあろうかと作っておいてよかったわ……」小さく呟きながら、クローゼットの奥から取り出したのは、この世界ではまだ見たこともない防水生地で仕立てた自作のレインコートだった。彼女の前世の知識からヒントを得て、この日のために密かに仕立てておいたものだ。フードをかぶり、しっかりと体を覆うと、雨に濡れずにいられるという安心感が少しだけ胸の鼓動を落ち着かせてくれた。



サクレティアは館の奥から外に出て、足音を殺しながらこっそりと庭園へと抜け出す。雨は強く、フードを目深にかぶっても視界が揺れるが、それでも一歩一歩をしっかりと踏みしめて歩いた。庭園の草木が濡れてツヤツヤと光る中を進むたびに、雨が小さな水滴となって葉っぱを滑り落ち、静かな音を立てて地面へ消えていく。暗がりの中、密かに息を殺しつつも、彼女の目はしっかりと厩舎の方向を見据えていた。



雨に濡れた葉の間をかき分け、ようやく厩舎が見えてきた時、サクレティアの心は少しだけ軽くなった。「お願い、無事に行かせて……」彼女の呟きは雨音にかき消されるが、その意志は揺るがない。



厩舎の中はいつも通り静まり返っていた。馬たちも雨に沈む夜を感じ取ってか、大人しくしている。サクレティアは一頭の栗毛の馬に近づき、手早く装備を整えながら、やさしく頭を撫でた。「ごめんね、急いで出かけることになって……でも、あなたなら私を無事に連れて行ってくれるわよね?」彼女の言葉に、馬がかすかに鼻を鳴らし、信頼を寄せるように身を寄せてくる。



やがて馬にまたがると、厩舎の扉を慎重に開け、冷たい雨が降り注ぐ外へと馬を駆り出した。しっかりと手綱を握り、背筋を伸ばして雨の中をまっすぐに進む。クレノースのためなら、どんな危険だろうと恐れることはない。彼が危険な計画を進めているかもしれないのなら、自分もその場にいて確かめなくてはならないという思いが、サクレティアの背中を押していた。



雨は冷たく、時折強い風が頬を打つが、彼女はその痛みを感じることさえも気にせず、ひたすら馬を王宮へと向かわせた。
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