囚われの公爵と自由を求める花~マザコン公爵は改心して妻を溺愛する~

無月公主

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52.愛のために選んだ戦い

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雨がしとしとと降りしきる夜、静まり返った王宮の廊下を、クレノースは音もなく進んでいた。漆黒のマントをまとい、気配を殺しながら足を運ぶ彼の目は鋭く、まるで獲物を見据える猛禽のようだ。手にはひと振りの短剣を握り、視線は王の執務室へと向けられている。



「クレノース、こんな時間に現れるとは、なにやら計画でもあるのか?」王の声が廊下に響き、クレノースは足を止めた。



執務室の扉が開き、そこに現れた王は、年老いてはいるがなお、冷徹な眼光を放っていた。彼の目はクレノースを嘲るように見据えている。



「夜中に忍び込むなど、卑劣な真似をするとは、さすが我が忠実なる部下のクレノース公爵よ」と嘲笑を浮かべた王は、扉の向こうへと誘い込むように手を振った。



クレノースはその動作に何の反応も示さず、静かに執務室へと足を運ぶと、王の正面でゆっくりと口を開いた。



「卑劣とは、貴方が最も得意とする手法かと存じますが、いかがですか?私やサクレティアの命を脅かすその手法などは特に。」クレノースの言葉には冷え切った怒りがにじんでいた。



王は顔色一つ変えずに、淡々と語り始める。「お前が今さら私に文句を言える立場か?サクレティアを確保できさえすれば、いくらでも役立つのだぞ、我が国のために。お前などいなくとも、彼女の知識を操れる者が隣にいればそれで事足りる」



クレノースは瞳に一瞬だけ激しい憤怒を浮かべたが、それを抑え込み、あくまで冷静な声で返す。「つまり、私はもう不要だと?そのために、新聞に出るような不自然な事件を仕組んだのも貴方ですか?」



王は肩をすくめて答えた。「物事には順序が必要なのだよ、クレノース。自らの欲で動く者が支配者となる時、民は安定を求める。お前も利用価値のうちに生かされていることに感謝し、黙ってその命を差し出せばよいものを」



クレノースはゆっくりと王に向き直り、冷たい眼差しを向けた。「愚かだな。お前はあの偉大な先代の王ではない。この国を滅ぼすために、己の野心を満たすために利用しているにすぎない」



すると王はゆっくりと立ち上がり、クレノースを威圧するようににじり寄ってきた。「何を勘違いしている?お前が生きているのは、私がそうしてやっているからだ。サクレティアが選べる立場にいないことくらい、誰よりもよく分かっているはずだ」



「それはどうかな」クレノースは微笑を浮かべ、王の冷徹な瞳を正面から受け止めるようにじっと見据えた。「これ以上の策謀に民も耐えられまい。第一、サクレティアが貴方の操り人形になるはずもない。彼女は貴方の野望の犠牲になるつもりもないでしょう」



王はクレノースを嘲り笑いながら答えた。「そこまでいうなら、どちらが支配者にふさわしいか、この場で試してみるか?」



クレノースの表情は変わらず、むしろ静かな威圧が漂っている。「いいでしょう、我が忠義を試したいというのであれば、証明してみせますとも。ただ、私が取るのは忠義ではなく——あなたを止めるという選択肢です」



二人の間に重い沈黙が流れ、クレノースの指が静かに短剣の柄を強く握りしめた。



クレノースは冷静を装いながらも、内心でこの決戦の一瞬を逃さないよう集中していた。しかし、王は意地でも手を汚さずに済ませるつもりで、指を鳴らすと、扉の奥から数人の衛兵たちが押し入ってきた。



「衛兵たちよ、この裏切り者を始末しろ!」と王が命じると、クレノースは咄嗟に身構え、目の前に迫る衛兵たちに対峙した。彼らは王の命令に忠実で、鋭い剣を抜いてクレノースへと迫ってくる。



「仕方がない…!」クレノースは心の中でそう呟き、目の前の衛兵たちをできる限り殺さぬようにかわしながら倒していった。彼は素早い身のこなしで一人目の衛兵の剣をかわし、後ろから腕を絡めて軽く一撃で気絶させると、そのまま次の衛兵の背後に滑り込む。素早く短剣で手元の武器を叩き落とし、その隙に膝を入れてもう一人も倒す。



「もうやめておけ…この戦いに加わる必要はないんだ!」とクレノースは必死に訴えかけるが、衛兵たちはそれに耳を貸さず、次々と襲いかかってくる。彼らを意図的に殺さないようにするためには一瞬の迷いも許されず、クレノースは全身全霊で彼らの動きを読み、間合いを外しながら、的確に倒していく。



やがて、扉の前で立ちはだかる衛兵たちをすべて昏倒させたクレノースは、肩で息をつきながらも王を見据えた。その瞬間、王の顔にはさすがに恐怖の色が浮かんでいた。



「クレノース……私を殺して何になるというのだ。私なくして国がどうやって回ると思っているのだ!」王は震えた声で言いながら、後退しようとする。



「今のあなたには国を導く力などない。もはや誰もあなたを信じてなどいないのだ!」クレノースは冷ややかに言い放つと、王に向かってじりじりと近づいていく。自分の命を狙っていた者に慈悲をかけるべきか、少しのためらいが浮かびつつも、彼は覚悟を決めた。サクレティアと自分の家族、王太子とその家族を守るために、この場で全てを終わらせる必要がある。



そのとき、王は何かを叫びながら窓の方へと駆け寄ろうとした。しかしクレノースはすぐさま反応し、王の足を軽く払い、転倒させた。



「貴方の狂った野望に、もう誰も賛同しない!」とクレノースは静かに告げると、王をしっかりと捕らえ、最後の覚悟を決めた。



だが、王は最期の瞬間にまで卑怯な策を巡らせ、容赦なく深手を負わせてきた。致命傷とも言える傷に、クレノースは意識が遠のくのを感じながらも王宮を後にする。



クレノースは息も絶え絶え、血まみれの体を引きずりながら、雨に打たれて歩いていた。クレノースの傷は致命的で、歩を進めるごとに命の灯が消えかけているのを彼自身が感じていた。雨は冷たく、全身に染み渡る寒さが痛みをさらに鋭く感じさせ、彼は薄れゆく意識の中で過去の様々な記憶が浮かび上がるのをぼんやりと見ていた。



「サクレティア様……」彼は微かに呟き、にじむ視界にサクレティアの笑顔を思い浮かべた。彼女との日々、笑い合った時間、そして共に過ごした数え切れない温かな瞬間が、今はただ彼の唯一の慰めだった。



「これで……サクレティア様も自由になれる……」彼は皮肉めいた微笑を浮かべ、そんな独り言をつぶやいた。「僕は……ようやく役目を果たせたのかもしれない……」



やがて、体の冷えが一層強くなり、意識が遠のく。これが自分の最期なのだろうと彼は静かに受け入れた。彼の視界はぼやけ、霧がかかったようになっていく。だが、その時、遠くから聞き覚えのある声が彼の耳に届いた。



「クレノース!!」



その声に彼はかすかに反応し、ふと顔を上げたが、視界に映るのはやはり揺らめく闇と雨にかすむ景色だけだった。彼はその声を幻覚だと思い、かすかに微笑んだ。



「はは……幻覚か……」彼は微かに頭を横に振るような仕草をし、そう呟くと、最後の力を振り絞って目を閉じた。「悪く……ない……」



声は次第に近づいてきていたが、クレノースの意識はすでに遠く、彼の体がその場に崩れるように倒れ込んだ。
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