捨てられた無能天才ピアニスト、ボカロ界隈でちょっと神になってみた

アイスノ人

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第12話 暴走天使と黒歴史

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 僕の部屋。夕焼けが窓から差し込み、机の上にはノートPCと作曲用の機材が並んでいる。真珠は部屋に入るなり、好奇心いっぱいに目を輝かせながら部屋中をキョロキョロと見回していた。

「優の部屋って、思ったよりちゃんとしてるんだね!」

 そう言って椅子にドカッと座ると、真珠は自分のノートを机に広げた。表紙にはデカデカと「優Pハッピー学園ライフ計画!」の文字。僕はその場に固まり、汗をにじませる。

「さて!作戦第一歩!」

「作戦って……何するの?」

 警戒する僕をよそに、真珠はノートを開き、得意げに指を突き出した。

「優Pとして、もっともっと曲を投稿してファンを増やす!これがまず最初の大事なミッション!」

「投稿……ね」

 僕は言葉を濁しながら、ちらりとPC画面に目をやる。

「今どれくらい投稿してるの?」

「えっと……ちゃんと投稿してるのは、10曲くらいかな」

「10曲!?十分すごいけど……」

 真珠は腕を組み、少し考える素振りを見せる。

「でもさ、もっと色んなジャンルとかバリエーションがあった方が、優Pの可能性も広がるんじゃない?」

「色んなジャンル……」

 僕は何か言いたげに口を開きかけるが、そのまま押し黙る。

 その様子を見逃す真珠ではなかった。

「ん?何か隠してるでしょ?」

「べ、別に……」

「あるんだね!?あるんでしょ!?」

 真珠が椅子から乗り出して、僕の顔を覗き込む。僕は目を逸らしながら、しぶしぶ口を開いた。

「実は……今まで投稿したのは、全部ピアニストだった頃の心残りで作った曲ばっかりなんだ。けど、それ以外にも……」

「それ以外にも?」

「うん。ちょっと格好つけてダンスポップとか、エレクトロとか……HIP-HOPっぽいのも……」

「えええ!?マジで!?最高じゃん!」

 真珠は思わず椅子から飛び上がりそうな勢いで身を乗り出した。

「でも、恥ずかしくて……結局一度も投稿してないんだ」

「えー!なんで!?」

「だって、僕のイメージと違うし……今さらバラード以外出すのも……」

「そんなの気にしすぎ!むしろギャップ萌えだよ!ほら、早く聴かせて!」

「え、今ここで!?」

「もちろん!」

 真珠は待ちきれない様子で僕のPCを覗き込み、マウスを奪う勢いで画面を操作しようとする。

「ちょっと!勝手に触らないで……!」

「いいじゃん、見せてよ!ん?これって……」

 真珠の目に、投稿前の未発表ファイル一覧が映る。タイトルやコメントまで入力済み。あとは投稿ボタンを押すだけの状態。

「え!?これ、もう投稿できるじゃん!何で隠してたの!?」

「そ、それは……!」

「これはもう、出すしかないでしょ!」

 そう言うと、真珠は僕のヘッドホンを勝手に手に取り、迷わず装着する。そのままPCから再生ボタンを押し、未発表のダンスポップがヘッドホンから流れ始めた。

 真珠は目を輝かせ、リズムに合わせて小さく体を揺らしながら、次々と未発表曲を聴き進めていく。

「うわっ、めっちゃカッコいい!これ絶対バズるやつだよ!」

 感想を口にしながら、ヘッドホンを片手で押さえつつ、真珠はさらに次の曲もチェックし始める。

「んーと、どれどれ……あ!これ絶対いい!あともう一曲ぐらい、今までの優Pと違うテイストのやつ欲しいよね……これとこれ!」

「待って!本当にやめて!」

 僕が必死で止めようとするが、真珠は夢中で画面をクリック。

「よーし!投稿決定!」

 画面には「投稿処理中」の文字。

「ああああ!僕の黒歴史がぁぁ!」

 僕は頭を抱えて絶叫。しかし、真珠は両腕を広げ、僕の前に立ち塞がる。

「ふふ~んもう遅い!優Pの新時代、スタートだね!」

「真珠ぅぅぅ!」

 僕の悲鳴と、真珠の笑い声が部屋に響き渡る。

「でもこの曲、本当にいい!」

 真珠はヘッドホンを外し、余韻に浸るように目を細めると、そのまま僕に満面の笑顔を向けた。

「これ、北斗ほくとにも聴かせてあげたいな~」

 唐突に出てきた名前に、僕は思わず反応してしまう。

「北斗……?」

 初めて聞く名前。真珠の口から、僕以外の男の名前が出てくるだけで、胸がざわつく。微かに嫌な汗が背中を伝う。

「ほ、北斗って誰……?」

 なんでもないふりを装って尋ねたつもりだったけど、声が少し震えた。真珠は僕の動揺に全く気づかず、軽く肩をすくめながら笑った。

「北斗はね、私の大大、大好きな相棒!」

 大好きな相棒。その言葉に、胸がもやっとする。

「そう言えばさ、この前アンジェの新作パフェを一緒に食べに行ったんだ。その時の写真、確か……」

 真珠はスマホを取り出して、画面をスクロールしながら無邪気に笑っている。

「あ、あった!」

 画面に映ったのは、大きなデザートプレートを挟んで、真珠と見知らぬ美形男子が並んで座る写真。二人の距離は近く、肩が軽く触れていて、その雰囲気が妙に親密に見える。

 北斗はモデルみたいに整った顔立ちで、そんなイケメンと真珠が楽しそうに微笑み合っている。

 これ……完全にデートじゃないか。

 あんなイケメンとパフェシェアして、肩まで触れてるなんて、彼氏……だよな、やっぱり。

 なんでこんなに胸がザワザワするんだろう。

 僕には関係ないはずなのに。真珠の恋愛事情なんて、気にする必要ないはずなのに。

 なのに、勝手にモヤモヤして、なんか落ち着かない。

 スマホの画面を見つめる僕に、真珠は気づきもせず、「おいしそうでしょ?」なんて笑ってる。

 そんな真珠の笑顔が、今はなんだか少し遠くに感じ、僕は乾いた笑みを返すしかなかった。
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