13 / 15
第13話 王子様と囚われの姫
しおりを挟む
翌朝。どんよりした曇り空の下、冷たい風が吹き抜ける通学路を、僕は重い足取りで歩いていた。
昨夜はなかなか眠れなかった。ベッドに横になっても、ふとした瞬間に真珠の笑顔や、真珠が何気なく口にした名前が浮かんできて、胸のあたりがざわつく。
北斗。
真珠があんなに楽しそうに話していた、彼女の"相棒"。何も気にする必要はない、僕には関係ない相手だ。そう思えば思うほど、余計にその名前が頭にこびりついて離れない。
僕はスマホを取り出し、無意識に検索アプリを開いていた。指が勝手に「北斗」と入力している。検索ボタンを押す瞬間、予測変換がずらりと並んだ。
『北斗 王子様』
『スピカ 北斗 恋人』
『スピカ 北斗 お似合い』
『真珠 北斗 熱愛』
『真珠 北斗 理想のカップル』
一瞬、息が詰まる。胸の奥がキュッと音を立てるように痛んだ。何を見つけても、僕には関係ないはずなのに。自分でもこの動揺の正体が分からない。
怖くなって、慌てて検索を閉じる。真珠が誰と仲が良かろうと、僕には関係ない。そう言い聞かせるのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
ため息をつきながらスマホをポケットに戻し、うつむき気味に歩き出した。
「おはよう、優斗君」
聞き慣れた声に、足が止まる。
顔を上げると、そこには千秋が立っていた。いつもより少し毛先が揺れる髪。ほんのりピンク色に染まった唇。いつものブレザー姿なのに、どこか垢抜けた印象を受ける。小さなピアスが、微かに光を反射していた。
「……千秋?」
驚きが隠せず、名前を口にする。目の前にいるのは、確かに昔の千秋だ。でも、どこか違う。近くで見ると、その変化がはっきり分かる。僕が知っている千秋よりも、少しだけ大人びていて、どこか遠い存在に見えた。
「びっくりさせちゃったかな。久しぶりにちゃんと話したくて……」
千秋は柔らかく微笑んでみせる。風に乗って、ほんのり甘い香りが僕の鼻先をかすめた。昔、僕をいじめから守ってくれた優しい千秋が、目の前にいる。そんな錯覚を覚えてしまうほど、その笑顔には懐かしさが滲んでいた。
けれど、その笑顔の裏に何があるのか。僕にはもう分からない。
「……僕に、何か用?」
少し声が硬くなる。それでも千秋は微笑んだまま、ゆっくりと口を開く。
「今日はね、優斗君にちゃんと誤解を解きたくて」
「誤解……?」
「うん。優斗君、きっと私と浅間先輩のこと、すごく誤解してると思うの」
浅間。その名前を耳にしただけで、胸の奥が冷たくなる。あの日の光景がフラッシュバックする。僕を突き飛ばし、「千秋は俺の彼女だ」と言い放った男。そして、目を逸らした千秋。
「誤解も何も、千秋はあの時何も否定しなかったじゃないか、関わらないでって……」
思わず口からこぼれた言葉。千秋は小さく肩を震わせ、少し涙目になりながら首を横に振る。
「あれは……そうしないと、優斗君がもっと酷い目に遭っちゃうと思ったの」
「酷い目?」
「浅間先輩……私のこと、すごく気に入ってるみたいで。でも、私何度もお断りしたの。それでも諦めてくれなくて……」
千秋の唇がわずかに震える。視線を落とし、制服の袖をぎゅっと握りしめる。
「断るたびに、優斗君への態度がどんどん酷くなって……私が断ったせいで、優斗君が標的にされるのが怖くて……だから……」
「そんなの……先生に相談すればよかったんじゃ……」
そう言いかけた僕の声を、千秋が強く首を振って遮る。
「無理だよ……浅間先輩のお父さん、地元の教育委員会の偉い人で……学校の先生たちも、先輩にはあまり強く言えないんだよ。それに相談したことがバレちゃったりしたら、私じゃなく優斗君にいきそうで……私はそれが一番怖い」
「でも……」
「本当に怖いの……優斗君や、私の家族にまで何かされたらって思うと……先生に言ったことで余計に刺激しちゃったら、どうしようもないから……」
涙を堪えきれなくなったのか、千秋は袖口でそっと目元を拭う。か弱くて、どこか脆くて、でも必死で耐えようとしている姿が、胸を締め付ける。
「でもね……浅間先輩は今三年生だから。あと一年ちょっと、私が我慢すれば、それで終わると思うの。卒業したら、私なんかに興味も持たなくなるはずだから……だから、それまでの辛抱なんだ」
千秋は震える声で、僕を見上げた。その瞳は、昔僕を守ってくれた千秋と重なる。優しくて、僕にとって特別な存在だった千秋。あの日の思い出が、胸の奥からじんわりと溢れ出す。
「だから……優斗君がいてくれたら、それだけで私は頑張れるから……私……優斗君のこと、ずっと……あの頃から私の王子様だと思ってる」
かすれそうな声に、胸が強く揺さぶられる。千秋の涙、千秋の想い、千秋の言葉。そのどれもが、僕の弱い心に入り込んでくる。
僕は何も言えなくなって、ただ俯いた。
気づけば、千秋の手が僕の袖をそっと掴んでいた。昔みたいに、小さな手で僕を守るように。
――千秋を、助けなくちゃ。
その言葉が、心の奥から静かに響いてきた。
それと同時に、本当にその選択を選んでいいのかと、微かな疑問が、胸の中を叩いているようにも感じた。
昨夜はなかなか眠れなかった。ベッドに横になっても、ふとした瞬間に真珠の笑顔や、真珠が何気なく口にした名前が浮かんできて、胸のあたりがざわつく。
北斗。
真珠があんなに楽しそうに話していた、彼女の"相棒"。何も気にする必要はない、僕には関係ない相手だ。そう思えば思うほど、余計にその名前が頭にこびりついて離れない。
僕はスマホを取り出し、無意識に検索アプリを開いていた。指が勝手に「北斗」と入力している。検索ボタンを押す瞬間、予測変換がずらりと並んだ。
『北斗 王子様』
『スピカ 北斗 恋人』
『スピカ 北斗 お似合い』
『真珠 北斗 熱愛』
『真珠 北斗 理想のカップル』
一瞬、息が詰まる。胸の奥がキュッと音を立てるように痛んだ。何を見つけても、僕には関係ないはずなのに。自分でもこの動揺の正体が分からない。
怖くなって、慌てて検索を閉じる。真珠が誰と仲が良かろうと、僕には関係ない。そう言い聞かせるのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
ため息をつきながらスマホをポケットに戻し、うつむき気味に歩き出した。
「おはよう、優斗君」
聞き慣れた声に、足が止まる。
顔を上げると、そこには千秋が立っていた。いつもより少し毛先が揺れる髪。ほんのりピンク色に染まった唇。いつものブレザー姿なのに、どこか垢抜けた印象を受ける。小さなピアスが、微かに光を反射していた。
「……千秋?」
驚きが隠せず、名前を口にする。目の前にいるのは、確かに昔の千秋だ。でも、どこか違う。近くで見ると、その変化がはっきり分かる。僕が知っている千秋よりも、少しだけ大人びていて、どこか遠い存在に見えた。
「びっくりさせちゃったかな。久しぶりにちゃんと話したくて……」
千秋は柔らかく微笑んでみせる。風に乗って、ほんのり甘い香りが僕の鼻先をかすめた。昔、僕をいじめから守ってくれた優しい千秋が、目の前にいる。そんな錯覚を覚えてしまうほど、その笑顔には懐かしさが滲んでいた。
けれど、その笑顔の裏に何があるのか。僕にはもう分からない。
「……僕に、何か用?」
少し声が硬くなる。それでも千秋は微笑んだまま、ゆっくりと口を開く。
「今日はね、優斗君にちゃんと誤解を解きたくて」
「誤解……?」
「うん。優斗君、きっと私と浅間先輩のこと、すごく誤解してると思うの」
浅間。その名前を耳にしただけで、胸の奥が冷たくなる。あの日の光景がフラッシュバックする。僕を突き飛ばし、「千秋は俺の彼女だ」と言い放った男。そして、目を逸らした千秋。
「誤解も何も、千秋はあの時何も否定しなかったじゃないか、関わらないでって……」
思わず口からこぼれた言葉。千秋は小さく肩を震わせ、少し涙目になりながら首を横に振る。
「あれは……そうしないと、優斗君がもっと酷い目に遭っちゃうと思ったの」
「酷い目?」
「浅間先輩……私のこと、すごく気に入ってるみたいで。でも、私何度もお断りしたの。それでも諦めてくれなくて……」
千秋の唇がわずかに震える。視線を落とし、制服の袖をぎゅっと握りしめる。
「断るたびに、優斗君への態度がどんどん酷くなって……私が断ったせいで、優斗君が標的にされるのが怖くて……だから……」
「そんなの……先生に相談すればよかったんじゃ……」
そう言いかけた僕の声を、千秋が強く首を振って遮る。
「無理だよ……浅間先輩のお父さん、地元の教育委員会の偉い人で……学校の先生たちも、先輩にはあまり強く言えないんだよ。それに相談したことがバレちゃったりしたら、私じゃなく優斗君にいきそうで……私はそれが一番怖い」
「でも……」
「本当に怖いの……優斗君や、私の家族にまで何かされたらって思うと……先生に言ったことで余計に刺激しちゃったら、どうしようもないから……」
涙を堪えきれなくなったのか、千秋は袖口でそっと目元を拭う。か弱くて、どこか脆くて、でも必死で耐えようとしている姿が、胸を締め付ける。
「でもね……浅間先輩は今三年生だから。あと一年ちょっと、私が我慢すれば、それで終わると思うの。卒業したら、私なんかに興味も持たなくなるはずだから……だから、それまでの辛抱なんだ」
千秋は震える声で、僕を見上げた。その瞳は、昔僕を守ってくれた千秋と重なる。優しくて、僕にとって特別な存在だった千秋。あの日の思い出が、胸の奥からじんわりと溢れ出す。
「だから……優斗君がいてくれたら、それだけで私は頑張れるから……私……優斗君のこと、ずっと……あの頃から私の王子様だと思ってる」
かすれそうな声に、胸が強く揺さぶられる。千秋の涙、千秋の想い、千秋の言葉。そのどれもが、僕の弱い心に入り込んでくる。
僕は何も言えなくなって、ただ俯いた。
気づけば、千秋の手が僕の袖をそっと掴んでいた。昔みたいに、小さな手で僕を守るように。
――千秋を、助けなくちゃ。
その言葉が、心の奥から静かに響いてきた。
それと同時に、本当にその選択を選んでいいのかと、微かな疑問が、胸の中を叩いているようにも感じた。
0
あなたにおすすめの小説
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる