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第1章 アリシアの諜報活動
31 事件後の平穏
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翌日、魔王ギルベルトの名で魔国ティナドラン全体に対して公示があった。
魔王の公示とは、その強大な魔力でアリオカル大陸全てに声を届ける。後日その声明が文書となって出回る事になっている。
~~~~~
3月31日において、私、第7代魔王ギルベルト=ファーベルクの暗殺を企んだ第5軍将軍ベルント=ヴュンシュマン並びに文官長ヴィム=アードラーを拘束した。
この者達は3月10日に発生したグルオル地方ロイデ村の洪水にも関与。川の堤防を破壊し、隠蔽術で工作していた。これはベルント=ヴュンシュマンとヴィム=アードラーが王宮に登城するためだけに謀られた事であり、非常に悪質なものと判断した。
3月31日に両名は第5軍の兵士を王宮へ潜入させ、私を暗殺しようとした。しかしこの兵士は暗殺を嫌がり、実行せずに素直に捕縛された。家族を人質に取られた上での脅迫であったため、刑は軽いものとする。
ベルント=ヴュンシュマンは将軍を解任、軍部を永久追放。ヴィム=アードラーは文官長を解任し、文官資格を永久剥奪。両名の身柄は現在拘置所にある。刑罰は今後審議を重ねて決定することとする。
~~~~~
それはアリシアが聞いていた通りに、そしてほぼ予想通りの内容であった。
しかしほとんどの者がそんな事は寝耳に水であり、王宮使用人はもちろん、国全体で大騒ぎになったのだった。
* * *
数日後の夜。
窓をコツコツと叩く音がして、アリシアは驚いて窓を開けた。
「え・・・ハンナ?」
「クゥ!」
数日ぶりのハンナは、どことなく嬉しそうだった。実際名前を呼んだら、頭を何度も上下させた。ご機嫌な時に見せる動きだ。
ハルシュタイン将軍への報告はヴュンシュマン将軍とアードラー文官長を捕えた日の報告で終わりのはずだ。もう呼ぶことはないと思っていた灰色のブリフィタ、ハンナの胸元には、見慣れた封蝋が付いていた。
(暗殺計画は収束したし、もう連絡することはないはずなんだけど・・・)
アリシアは戸惑いながらもハンナから手紙を受け取り、いつも通り雑穀を与え、久しぶりなので少しだけハンナを愛でてから窓を閉める。
封筒を確認すると、宛先はアメリア=レッツェル。差出人はやはりハルシュタイン将軍だった。
(なんだろう・・・?)
封を開けて手紙を取り出す。
「・・・・・・うん?」
読んでいくと、どうもいつものカモフラージュが書かれているようだ。
そこには、ここ数日全く手紙が来なくて寂しかった、こちらも事後処理が忙しくて手紙を出せなかったのが悔やまれる、しかし雑談で良いから手紙をくれ、などと書いてある。
(・・・確かにカモフラージュの方の話題は中途半端になってたけど・・・)
アリシアもそこは少し悩んだのだ。書いてある通り、暗殺未遂の事後処理で頻繁に登城するハルシュタイン将軍も見ていたので、忙しい時に煩わせては申し訳ないとも思っていた。
しかし大前提として、暗殺計画阻止のための情報提供があったわけで。
(でもメインの方の話題が一切ないって事は、やっぱりこれ、カモフラージュなのかな・・・?)
まだ何か連絡する事があっただろうか。
アリシアは頭を捻りながら、机の引き出しから新しい便箋と小瓶を取り出し、いつも通りカモフラージュを移して術を解く。元の便箋にはやはり別の文章が現れた。
「・・・明日?また急な話ね」
明日はアリシアの休日。ハルシュタイン将軍は朝イチで登城するので、その後アリシアを王宮で拾った後に話したいことがある、と書いてあった。
「・・・話したいこと、ねぇ」
はて?と首を傾げるが、心当たりが全くないので、実際に聞いてみないことには分からない。アリシアは了承の旨を書き、カモフラージュには中途半端になっていた話題の続きを書いた。
* * *
翌日。指定された時刻より早めに王宮の馬車待機所を覗く。
まだ朝早い時間だからか、馬車は一台しか停まっていなかった。
「あの、すみません」
御者台に男性が座っていたので、アリシアは近寄って声をかけた。
「アメリア=レッツェルと申します。こちらの馬車は・・・」
「伺っております。お待ちしておりました。どうぞ」
アリシアが名乗ると、全て言わずとも話が通ってホッとする。『こちらの馬車はハルシュタイン将軍の馬車でしょうか』と聞いてしまえば、何となく追っかけファンのように感じて、少し言い難かったのだ。
中年の男性はにこやかに帽子のツバに手をかけてクイッと上げると、すぐに御者台から降りて扉を開けた。すぐに「こちらよろしければ」と足元に踏み台を出してくれた。
「ありがとうございます」
少し高めの馬車だったので、御者の心遣いに感謝しながら、有難く使わせてもらった。
アリシアは馬車に乗り込むと、すぐに内装が美しい事に気付いた。きらびやかというわけではなく、シンプルでありながら高級感を感じる。要所要所で宝飾がしっかりなされているからだろうか。
椅子に腰掛けると、程よい弾力のクッションが取り付けてあった。
(凄い・・・!外から見たら普通なのに、中は王族専用馬車と同じレベルだわ・・・!)
アリシアは一度だけ、神聖ルアンキリの王族が所有する馬車に乗ったことがある。父オーウィンに用事があって家に来たバティスト第三王子が、これから出かけると言うアリシアを、その帰りがてらに途中まで乗せてくれたのだ。
(さすが将軍・・・!)
うんうん、と一人頷くと、アリシアはバッグから本を取り出した。元々このタイミングで読もうと持ってきたものだが、今読まないとソファが心地よくて眠ってしまいそうだ。
アリシアは栞を挟んだ場所を開き、読み進めていく。始めはスラスラと読んでいたものが、ゆっくりなペースになっていき、次第に頭に入らなくなる。
(うう・・・眠い)
秋の爽やかで陽気な天気。ふかふかのクッションに静かな場所。ついウトウトしては、寝てはいけないと起き、再びウトウトを繰り返す。
ふと音が聞こえてアリシアは目が覚めた。ここはどこだろうと瞼を開けると、目の前にハルシュタイン将軍がいた。いつもの将軍服ではなく、グレーのシャツと黒いスラックス、革靴という、休日らしい装いだ。
「すまない。起こしたか」
小さい声で謝りつつ向かいに座る彼を見て、アリシアは辺りを見渡す。そして馬車の中で待っている間に眠ってしまっていたことに気付き、ハッと覚醒した。
「すみません・・・!私・・・もしかしてお待たせしてしまいましたか?」
慌てて窓の外を見るが、馬車は動いていていない。景色も変わらずで、王宮の馬車待機所だった。
「今戻って来たばかりだ。俺の方が待たせてしまったようで、悪かった」
「いえ、早めに来ましたので」
今戻ってきたという事は、馬車の扉を閉める音で目が覚めたのだろう。
アリシアは胸撫で下ろすと、開きっぱなしにしていた本を持ち上げ、栞の位置を直してバッグに仕舞った。
「寝顔がゆっくり見れると思ったのに、残念だな」
アリシアはバッグからパッと顔を上げると、彼は楽しそうに笑みを浮かべている。
「恥ずかしいのでそこは起こしてください」
視線を外して、アリシアは再びバッグを眺める。
なんだかいつもと違うような気がする。ハルシュタイン将軍の雰囲気が柔らかいような。寝起きのせいなのだろうか。それともアリシアの感じ方の違いだろうか。
ふふっと笑うハルシュタイン将軍の顔を何故か見れない。いつもと何が違うのだろうと、アリシアは動揺しながら考える。
「前に話していた、大型書店にはもう行ったか?」
ハルシュタイン将軍のその言葉に、あ、とアリシアは顔を上げた。手紙で場所を教えてもらっていたが、そのすぐ後の休日では行かなかったのだ。その話はきちんとしなければ、とアリシアは動揺を押しやった。
「まだ行ってないんです。王宮からは少し遠くて、時間がある時に行ってみようかと思ってました」
「これから俺の屋敷に行く。その道の途中にあるから、良ければ寄るか?」
「・・・!良いんですか?」
「今日は俺も休みだからな。時間ならある」
「ありがとうございます!」
ハルシュタイン将軍は頷くと、御者に行き先を告げて出発させた。
そうして本の話題で盛り上がっているうちに、アリシアは自然とハルシュタイン将軍と話していた。しかし彼がふいに微笑んだ事で、再びアリシアは目を逸らす。
そうして少しの沈黙の後、ハルシュタイン将軍が口を開いた。
「今日も可愛いな。私服も良く似合ってる」
(・・・!?やっぱり今日のハルシュタイン将軍、おかしいよね!?)
ストレートに褒められ、アリシアは顔が熱くなる。
(でも何か言わないと・・・無視したいわけじゃないし・・・)
「あの・・・ありがとう、ございます」
目を合わせられないまま礼を言うと、向かいから小さくフッと笑う声が聞こえた。
「レッツェルは確かに、公私をしっかり分けてるな」
「・・・皆そうではないですか?」
何故今その話が出てくるのか。アリシアは顔の火照りを鎮めようと、外の景色を眺めて問いかける。
「意外とそうでもないぞ。・・・ああ。この前の第3軍は酷かったな」
「この前、ですか?」
「ヴュンシュマンを捕まえた日だ。君たちがいる部屋の検分をしていた時のあの集中力の無さは酷かった。もし暗殺者から突然攻撃されたら、まあ、対応できないだろうな」
そういえば、とアリシアは思い出す。リーゼ達が『レッツェルをチラチラ見てた』と言っていた。アリシアはほとんど隊長のヘルマンとリーゼ達を見ていたので気付かなかったのだ。リーゼ達の主張は話半分にしか捉えてなかったが、将軍の彼がそう言うなら、そうなのかもしれない。
(・・・それはそれで、なんか恥ずかしい気が・・・)
早く頬の火照りを取りたいと思っているのに、そんな話題を出されては、余計に頬が熱くなった気がする。
「アレクシスには伝えておいたから、あの後相当扱かれたはずだ。君達パーラーには悪い事をしたな」
「悪い事?・・・は特にされてないと思いますが・・・」
「基本的に任務中は一般人がいる前で叱る事が出来ないんだ。守られる側の君達に不安を与えるだろう?だがあの時、奴らは君達の安全を確保するための作業に集中していなかった。その分君達を危険に晒した、というわけだ。何も無かったから良いものの・・・。あの場でマトモなのは隊長のヘルマンだけだったな。奴らが集中できていない事に気付いて、万が一の時の為に、君達の近くに立っていた。奴らの視線からと、襲撃を受けた場合に君らを守れるようにな。これは軍側の落ち度だ」
「そんなことは」
ない、と咄嗟に言いかけて口を噤んだ。
ハルシュタイン将軍の言う通り、これが戦場なら命を落としていたかもしれない。彼らは軍人なのだ。厳しい環境でも生き残るために、混乱を生まずスムーズに物事を運ぶために厳しい規律がある。それは兄エンジュからよくよく聞かされていた事だった。
「・・・いえ、そうですね。おっしゃる通りです」
(とは言ったものの、これって皆が私を見てたって完全に肯定してるよね。余計に恥ずかしいな・・・)
この話題はここで切り上げて、別の話をしよう。そう考えてアリシアはハルシュタイン将軍へ顔を向ける。
「まあ、これだけ可愛いんだから、気持ちは分かる。軍は基本男しかいないからな」
「・・・・・・・・・」
口を開きかけていたアリシアは、何も言えずにそのまま口を閉じた。
無言でしばし見つめ合う。向かいに座るハルシュタイン将軍はニコニコとしている。
「今日は、どうされたんですか。なんだかいつもと違いますね」
話題を逸らすのを諦め、アリシアは正直に伝えた。ハルシュタイン将軍の性格を考えると、話を逸らしても無駄な気がしてきたのだ。
普段とは雰囲気の違うハルシュタイン将軍に戸惑うことしか出来ず、やはり目を合わせていられない。アリシアは少し視線を落とした。
「君の言う通り、公私を分けただけだ。元々俺はオフの時でも思った事を口することが少なかったから、君には全然伝わっていなかっただろ?それに気付いて、態度を改めようと思ったんだ。ま、仕事で会う事の方が多かったからな。そのせいで君の反応が冷たいと思っていた。こうしてオフの時の君と対面すると、反応が素直で可愛いのが良く分かる」
「・・・!!」
(誰コレ!何これ!まさにカモフラージュの方のハルシュタイン将軍じゃない!どういう事!?)
先程急に『公私を分けている』と言われたので何の話かと思ったが、あの時からハルシュタイン将軍は『オフの時のアリシアは反応が可愛い』と暗に言っていたのだ。その事に気付き、アリシアの羞恥に拍車がかかった。
アリシアは耐えられず顔を両手で覆った。両手が冷たく感じる程に顔が熱い。今は褐色の肌とはいえ、ここまで熱いと顔が赤くなっている事に気付かれているだろう。
「もうやめてください・・・」
正直に降参したアリシアだが、向かいからクックックッと抑えた笑いが聞こえる。
「思った事を言っただけなんだが。ま、そのうち慣れる。それよりそろそろ例の大型書店に着くぞ」
「・・・ハルシュタイン将軍のせいで、馬車から降りられないかもしれません」
顔を両手で覆ったまま恨み言を言うと、彼は「あはは!」と大きく笑った。
魔王の公示とは、その強大な魔力でアリオカル大陸全てに声を届ける。後日その声明が文書となって出回る事になっている。
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3月31日において、私、第7代魔王ギルベルト=ファーベルクの暗殺を企んだ第5軍将軍ベルント=ヴュンシュマン並びに文官長ヴィム=アードラーを拘束した。
この者達は3月10日に発生したグルオル地方ロイデ村の洪水にも関与。川の堤防を破壊し、隠蔽術で工作していた。これはベルント=ヴュンシュマンとヴィム=アードラーが王宮に登城するためだけに謀られた事であり、非常に悪質なものと判断した。
3月31日に両名は第5軍の兵士を王宮へ潜入させ、私を暗殺しようとした。しかしこの兵士は暗殺を嫌がり、実行せずに素直に捕縛された。家族を人質に取られた上での脅迫であったため、刑は軽いものとする。
ベルント=ヴュンシュマンは将軍を解任、軍部を永久追放。ヴィム=アードラーは文官長を解任し、文官資格を永久剥奪。両名の身柄は現在拘置所にある。刑罰は今後審議を重ねて決定することとする。
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それはアリシアが聞いていた通りに、そしてほぼ予想通りの内容であった。
しかしほとんどの者がそんな事は寝耳に水であり、王宮使用人はもちろん、国全体で大騒ぎになったのだった。
* * *
数日後の夜。
窓をコツコツと叩く音がして、アリシアは驚いて窓を開けた。
「え・・・ハンナ?」
「クゥ!」
数日ぶりのハンナは、どことなく嬉しそうだった。実際名前を呼んだら、頭を何度も上下させた。ご機嫌な時に見せる動きだ。
ハルシュタイン将軍への報告はヴュンシュマン将軍とアードラー文官長を捕えた日の報告で終わりのはずだ。もう呼ぶことはないと思っていた灰色のブリフィタ、ハンナの胸元には、見慣れた封蝋が付いていた。
(暗殺計画は収束したし、もう連絡することはないはずなんだけど・・・)
アリシアは戸惑いながらもハンナから手紙を受け取り、いつも通り雑穀を与え、久しぶりなので少しだけハンナを愛でてから窓を閉める。
封筒を確認すると、宛先はアメリア=レッツェル。差出人はやはりハルシュタイン将軍だった。
(なんだろう・・・?)
封を開けて手紙を取り出す。
「・・・・・・うん?」
読んでいくと、どうもいつものカモフラージュが書かれているようだ。
そこには、ここ数日全く手紙が来なくて寂しかった、こちらも事後処理が忙しくて手紙を出せなかったのが悔やまれる、しかし雑談で良いから手紙をくれ、などと書いてある。
(・・・確かにカモフラージュの方の話題は中途半端になってたけど・・・)
アリシアもそこは少し悩んだのだ。書いてある通り、暗殺未遂の事後処理で頻繁に登城するハルシュタイン将軍も見ていたので、忙しい時に煩わせては申し訳ないとも思っていた。
しかし大前提として、暗殺計画阻止のための情報提供があったわけで。
(でもメインの方の話題が一切ないって事は、やっぱりこれ、カモフラージュなのかな・・・?)
まだ何か連絡する事があっただろうか。
アリシアは頭を捻りながら、机の引き出しから新しい便箋と小瓶を取り出し、いつも通りカモフラージュを移して術を解く。元の便箋にはやはり別の文章が現れた。
「・・・明日?また急な話ね」
明日はアリシアの休日。ハルシュタイン将軍は朝イチで登城するので、その後アリシアを王宮で拾った後に話したいことがある、と書いてあった。
「・・・話したいこと、ねぇ」
はて?と首を傾げるが、心当たりが全くないので、実際に聞いてみないことには分からない。アリシアは了承の旨を書き、カモフラージュには中途半端になっていた話題の続きを書いた。
* * *
翌日。指定された時刻より早めに王宮の馬車待機所を覗く。
まだ朝早い時間だからか、馬車は一台しか停まっていなかった。
「あの、すみません」
御者台に男性が座っていたので、アリシアは近寄って声をかけた。
「アメリア=レッツェルと申します。こちらの馬車は・・・」
「伺っております。お待ちしておりました。どうぞ」
アリシアが名乗ると、全て言わずとも話が通ってホッとする。『こちらの馬車はハルシュタイン将軍の馬車でしょうか』と聞いてしまえば、何となく追っかけファンのように感じて、少し言い難かったのだ。
中年の男性はにこやかに帽子のツバに手をかけてクイッと上げると、すぐに御者台から降りて扉を開けた。すぐに「こちらよろしければ」と足元に踏み台を出してくれた。
「ありがとうございます」
少し高めの馬車だったので、御者の心遣いに感謝しながら、有難く使わせてもらった。
アリシアは馬車に乗り込むと、すぐに内装が美しい事に気付いた。きらびやかというわけではなく、シンプルでありながら高級感を感じる。要所要所で宝飾がしっかりなされているからだろうか。
椅子に腰掛けると、程よい弾力のクッションが取り付けてあった。
(凄い・・・!外から見たら普通なのに、中は王族専用馬車と同じレベルだわ・・・!)
アリシアは一度だけ、神聖ルアンキリの王族が所有する馬車に乗ったことがある。父オーウィンに用事があって家に来たバティスト第三王子が、これから出かけると言うアリシアを、その帰りがてらに途中まで乗せてくれたのだ。
(さすが将軍・・・!)
うんうん、と一人頷くと、アリシアはバッグから本を取り出した。元々このタイミングで読もうと持ってきたものだが、今読まないとソファが心地よくて眠ってしまいそうだ。
アリシアは栞を挟んだ場所を開き、読み進めていく。始めはスラスラと読んでいたものが、ゆっくりなペースになっていき、次第に頭に入らなくなる。
(うう・・・眠い)
秋の爽やかで陽気な天気。ふかふかのクッションに静かな場所。ついウトウトしては、寝てはいけないと起き、再びウトウトを繰り返す。
ふと音が聞こえてアリシアは目が覚めた。ここはどこだろうと瞼を開けると、目の前にハルシュタイン将軍がいた。いつもの将軍服ではなく、グレーのシャツと黒いスラックス、革靴という、休日らしい装いだ。
「すまない。起こしたか」
小さい声で謝りつつ向かいに座る彼を見て、アリシアは辺りを見渡す。そして馬車の中で待っている間に眠ってしまっていたことに気付き、ハッと覚醒した。
「すみません・・・!私・・・もしかしてお待たせしてしまいましたか?」
慌てて窓の外を見るが、馬車は動いていていない。景色も変わらずで、王宮の馬車待機所だった。
「今戻って来たばかりだ。俺の方が待たせてしまったようで、悪かった」
「いえ、早めに来ましたので」
今戻ってきたという事は、馬車の扉を閉める音で目が覚めたのだろう。
アリシアは胸撫で下ろすと、開きっぱなしにしていた本を持ち上げ、栞の位置を直してバッグに仕舞った。
「寝顔がゆっくり見れると思ったのに、残念だな」
アリシアはバッグからパッと顔を上げると、彼は楽しそうに笑みを浮かべている。
「恥ずかしいのでそこは起こしてください」
視線を外して、アリシアは再びバッグを眺める。
なんだかいつもと違うような気がする。ハルシュタイン将軍の雰囲気が柔らかいような。寝起きのせいなのだろうか。それともアリシアの感じ方の違いだろうか。
ふふっと笑うハルシュタイン将軍の顔を何故か見れない。いつもと何が違うのだろうと、アリシアは動揺しながら考える。
「前に話していた、大型書店にはもう行ったか?」
ハルシュタイン将軍のその言葉に、あ、とアリシアは顔を上げた。手紙で場所を教えてもらっていたが、そのすぐ後の休日では行かなかったのだ。その話はきちんとしなければ、とアリシアは動揺を押しやった。
「まだ行ってないんです。王宮からは少し遠くて、時間がある時に行ってみようかと思ってました」
「これから俺の屋敷に行く。その道の途中にあるから、良ければ寄るか?」
「・・・!良いんですか?」
「今日は俺も休みだからな。時間ならある」
「ありがとうございます!」
ハルシュタイン将軍は頷くと、御者に行き先を告げて出発させた。
そうして本の話題で盛り上がっているうちに、アリシアは自然とハルシュタイン将軍と話していた。しかし彼がふいに微笑んだ事で、再びアリシアは目を逸らす。
そうして少しの沈黙の後、ハルシュタイン将軍が口を開いた。
「今日も可愛いな。私服も良く似合ってる」
(・・・!?やっぱり今日のハルシュタイン将軍、おかしいよね!?)
ストレートに褒められ、アリシアは顔が熱くなる。
(でも何か言わないと・・・無視したいわけじゃないし・・・)
「あの・・・ありがとう、ございます」
目を合わせられないまま礼を言うと、向かいから小さくフッと笑う声が聞こえた。
「レッツェルは確かに、公私をしっかり分けてるな」
「・・・皆そうではないですか?」
何故今その話が出てくるのか。アリシアは顔の火照りを鎮めようと、外の景色を眺めて問いかける。
「意外とそうでもないぞ。・・・ああ。この前の第3軍は酷かったな」
「この前、ですか?」
「ヴュンシュマンを捕まえた日だ。君たちがいる部屋の検分をしていた時のあの集中力の無さは酷かった。もし暗殺者から突然攻撃されたら、まあ、対応できないだろうな」
そういえば、とアリシアは思い出す。リーゼ達が『レッツェルをチラチラ見てた』と言っていた。アリシアはほとんど隊長のヘルマンとリーゼ達を見ていたので気付かなかったのだ。リーゼ達の主張は話半分にしか捉えてなかったが、将軍の彼がそう言うなら、そうなのかもしれない。
(・・・それはそれで、なんか恥ずかしい気が・・・)
早く頬の火照りを取りたいと思っているのに、そんな話題を出されては、余計に頬が熱くなった気がする。
「アレクシスには伝えておいたから、あの後相当扱かれたはずだ。君達パーラーには悪い事をしたな」
「悪い事?・・・は特にされてないと思いますが・・・」
「基本的に任務中は一般人がいる前で叱る事が出来ないんだ。守られる側の君達に不安を与えるだろう?だがあの時、奴らは君達の安全を確保するための作業に集中していなかった。その分君達を危険に晒した、というわけだ。何も無かったから良いものの・・・。あの場でマトモなのは隊長のヘルマンだけだったな。奴らが集中できていない事に気付いて、万が一の時の為に、君達の近くに立っていた。奴らの視線からと、襲撃を受けた場合に君らを守れるようにな。これは軍側の落ち度だ」
「そんなことは」
ない、と咄嗟に言いかけて口を噤んだ。
ハルシュタイン将軍の言う通り、これが戦場なら命を落としていたかもしれない。彼らは軍人なのだ。厳しい環境でも生き残るために、混乱を生まずスムーズに物事を運ぶために厳しい規律がある。それは兄エンジュからよくよく聞かされていた事だった。
「・・・いえ、そうですね。おっしゃる通りです」
(とは言ったものの、これって皆が私を見てたって完全に肯定してるよね。余計に恥ずかしいな・・・)
この話題はここで切り上げて、別の話をしよう。そう考えてアリシアはハルシュタイン将軍へ顔を向ける。
「まあ、これだけ可愛いんだから、気持ちは分かる。軍は基本男しかいないからな」
「・・・・・・・・・」
口を開きかけていたアリシアは、何も言えずにそのまま口を閉じた。
無言でしばし見つめ合う。向かいに座るハルシュタイン将軍はニコニコとしている。
「今日は、どうされたんですか。なんだかいつもと違いますね」
話題を逸らすのを諦め、アリシアは正直に伝えた。ハルシュタイン将軍の性格を考えると、話を逸らしても無駄な気がしてきたのだ。
普段とは雰囲気の違うハルシュタイン将軍に戸惑うことしか出来ず、やはり目を合わせていられない。アリシアは少し視線を落とした。
「君の言う通り、公私を分けただけだ。元々俺はオフの時でも思った事を口することが少なかったから、君には全然伝わっていなかっただろ?それに気付いて、態度を改めようと思ったんだ。ま、仕事で会う事の方が多かったからな。そのせいで君の反応が冷たいと思っていた。こうしてオフの時の君と対面すると、反応が素直で可愛いのが良く分かる」
「・・・!!」
(誰コレ!何これ!まさにカモフラージュの方のハルシュタイン将軍じゃない!どういう事!?)
先程急に『公私を分けている』と言われたので何の話かと思ったが、あの時からハルシュタイン将軍は『オフの時のアリシアは反応が可愛い』と暗に言っていたのだ。その事に気付き、アリシアの羞恥に拍車がかかった。
アリシアは耐えられず顔を両手で覆った。両手が冷たく感じる程に顔が熱い。今は褐色の肌とはいえ、ここまで熱いと顔が赤くなっている事に気付かれているだろう。
「もうやめてください・・・」
正直に降参したアリシアだが、向かいからクックックッと抑えた笑いが聞こえる。
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ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※
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