ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ

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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘

55 異動

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 アリシアはクラウスとデーベライナーと共に第1軍陣営本舎に戻ると、執務室へ案内された。

 執務室は窓際に大きな執務机が一つあり、右側にもう一つ、横向きで執務机がある。どちらも同じサイスだが、それでも全く狭く感じないほどに室内は広い。
 部屋の左側手前にはソファとローテーブルもある。こちらも同じく大きい。ソファは3人掛けが2つ、一人掛けが2つ置いてあった。

 アリシアは3人掛けのソファに座るように言われたので、その隅っこに座った。

「着替えてくる。デーベライナー、頼む」
「はい」

 クラウスはそう言うと、すぐに執務室を出て行った。一方デーベライナーは横向きの執務机に着くと、書類を用意し始めた。

「すぐに戻ってくると思いますので、そちらでお待ちください」
「ありがとうございます」

 アリシアはデーベライナーに頷くと、ホッと胸撫で下ろした。

(また着替えを見る事にならなくてよかった)

 試合前に支度室に連れてこられ、椅子に座った途端。クラウスが目の前で服を脱ぎ始めたのでアリシアは慌てた。

(あれは目に毒だった)

 うんうん、と一人頷く。アリシアは兄エンジュと弟ダーマットの着替えも散々見て慣れている。しかしクラウスの着替えを目の当たりにしたら、全てが色っぽく感じられて見ていられなかった。

(やっぱり好きな人って全然違うのね)

 顔が赤くなっていないだろうかと、アリシアは頬に両手を当てる。最近このポーズが常態化している気がする。

 頬に熱がないことを確認していると、廊下に繫がるドアが開いた。

「戻った。書類を急いで用意しないとな」
「今こちらで準備しています。将軍はソファで待っていてください。接待中でしょう」

 正面にある執務机に行こうとして、クラウスはデーべライナーの言葉に立ち止まった。

「・・・じゃあ頼む」

 デーべライナーの言葉に頷くと、クラウスは当然と言わんばかりに、アリシアの隣に座った。

「クラ・・・あ。ハルシュタイン将軍」

 今になってデーべライナーの前であった事に気付き、言い直す。しかし隣のクラウスは眉を寄せた。

「もう恋人だと公表した。ずっとクラウスでいい」
「・・・・・・」

 アリシアは顔が熱くなった。さすがに副将の前でその話はどうなのだろう。

「えーと・・・クラウス」

 名前で呼ぶとクラウスは微笑んだ。彼のその反応がなんとも照れくさいが、アリシアは頭を切り替えてから口を開いた。

「ソファは沢山ありますし、隣に座らなくても」
「駄目だ」
「・・・」

 アリシアの言葉に被せて拒否するクラウスに、言葉が続かない。

「もし今誰か来たら、アリシアの隣に座るかもしれないだろ」
「・・・」

(そんな学生みたいな事を・・・。というかそれはさすがに無いんじゃないかな・・・)

 そう思ったことが顔に出ていたのか、クラウスは続けた。

「うちにも馬鹿は沢山いる。今君がここに居る事を第5部隊は全員知っている。用事だと言って突撃してくるかもしれん」
「・・・そんなこと、あるんですか?」

 本来の軍の在り方を考えたらあり得ないと思うのだが、先程のクラウスへの罵りを見た今、アリシアには判別出来なかった。

「今はないでしょう。あの場にいた者は皆、これから人事異動だと分かってますから」

(あ、普段はあり得るんだ・・・)

 執務机から立ち上がったデーべライナーが、代わりに苦笑しながら答えてくれた。書類を数枚手に持ち、クラウスへと差し出す。

「足りないものがないか、確認お願いします」
「ああ」

 書類を受け取ったクラウスは、内容を確認してめくっていく。デーべライナーは右横の一人掛けソファに腰掛けた。

「あの、人事異動とは?」
「間もなく来ると思いますよ」

 クラウスの邪魔をしないようにと、アリシアはデーべライナーに問う。しかし微笑んでそれ以上教えてくれない。
 流れを見れば先程のバルツァーの事だと分かる。しかしどういう人事異動になるのだろうか。アリシアのために表に立ってくれたのだ。軍の事に口を挟むつもりはないが、降格ではないと思いたい。
 しかし間もなく来るというなら、アリシアも立ち会わせてくれるという事だ。大人しく待つことにした。

 しばし待つとドアがノックされる。クラウスが伝達魔術で「入れ」と伝えるとドアが開いた。

「失礼します」

 きちんと声をかけて部屋に入ってきたバルツァーに、クラウスは笑い出した。

「お前、相変わらずそこはちゃんとするんだな」

 クックックッとおかしそうに笑うクラウスに、デーべライナーも口を押さえている。

「そこに座れ」
「んな笑うんじゃねぇ。第4軍じゃここみたいな事は許されなかったから、もうクセになってんだよ」

 笑いながら席を勧めるクラウスに、バルツァーは決まりが悪そうに言いながら向かいの三人掛けソファに座った。
 するとすぐに再びノック音が響く。「お茶のセットお持ちしましたー」と声が聞こえてきた。クラウスも再度伝達魔術で入るように伝える。

「指示通りお持ちしましたが、本当にいいんですか?」
「ああ、そこに置いていけ。アリシア、紅茶を入れてくれないか」

 小さいワゴンを押してきた事務官らしき男性は驚いた顔でアリシアを見た後に慌てた。

「将軍、こちらは例の大使ですよね!客人にそれはいけませんって!」

 ワタワタとクラウスとデーべライナー、アリシアを何度も見てそう言う男性に、アリシアは苦笑した。

「いえ、構いませんよ。趣味のようなもので、得意ですから」
「お前らが淹れるよりよっぽど美味いんだ」

 自慢げに言うクラウスにフフッとアリシアは笑った。

「ありがとうございます。先程の件は私が原因ですし、お詫びがてらで淹れさせてください。お気遣いありがとうございます」

 アリシアは褒めてくれたクラウスに礼を言うと、続けてソファに座る3人に、最後は紅茶セットを持ってきた男性に言った。

「はぁ・・・では私はこれで失礼します。何かあればまたお呼びください」

 困惑した様子で男性は部屋を出て行った。ドアが閉まったと同時にアリシアは立ち上がり、ワゴンへ近寄る。

「ご用意しますので、お話しを進めてください」

 アリシアはワゴンに載っている内容を確認していく。茶葉は王宮より質が下がるようだ。しかし一般に出回っているものよりは格段に良い。お湯の温度はちょうどいい。ティーポットは一つ。

(魔人達に紅茶を出すなんて、王宮使用人だった頃を思い出すわね)

 アリシアは懐かしく思いつつ、ちょっとだけ笑みを浮かべて作業を進めた。

「バルツァー、お前に異動命令だ」

 クラウスは言いながら書類をバルツァーの前に置く。バルツァーはやれやれと言いたげに書類を手に持つと、皮肉気な笑みを浮かべた。

「謹慎処分かと思いきや異動かよ。今度は百人隊長へ降格か?」

 言いながら書類を読み、ぎょっとした顔に変わった。

「おいおい!何で俺が千人隊長になんだよ!」
「なんだ。言わないと分からないか?」
「・・・俺はずっと第4軍だったって言ったろ」
「・・・・・・ラングハイムは一体どういう人事をしてたんだか」

 クラウスは大きくため息をついて再び口を開いた。

「お前はアリシアへ向けられた不満に気付いた。放置しておくとまずいと判断し、行動に移した。自分が処分を食らうかもしれないというのにな」
「いや、俺が本当に嬢ちゃんに不満を持ってるだけかもしれねぇだろ」
「お前はそういう男じゃない」

 信じられないと言いたげなバルツァーに、クラウスは苦笑して続ける。

「まずはその洞察力だ。あいつらが私に不満をぶつけている最中に、真横にいるアリシアへの不満に気付くのは難しい。そして不満の理由を探って先を予想し、全体を見てどう動けばいいのか考える。もし自分が咎められる事になっても、他を優先して行動できる。これが最も難しい。普通はその勇気が持てない。しかし上に立つなら必要なものだ。更に3千人の兵士の前でも冷静に戦ってみせた。そしてその腕前。度胸。信念。お前の部下からの信頼。指揮力。全て評価した結果だ。使える奴は使う。それが第1軍のやり方だ」
「・・・・・・マジかよ」

 バルツァーは呆然と呟いてクラウスを見た後、書類へ視線を戻す。時間をかけて目を通し、紙をめくっていく。

 アリシアはそっと紅茶をテーブルに置いていく。茶菓子は無かったので、最後に自分の分の紅茶を置いて席に着いた。

(良かった。良い方向に進んだわね)

 アリシアはニコニコとバルツァーを眺めて紅茶を口に運ぶ。品質は王宮よりは低いが、一般人が手に入れるものよりは高い。そう判断して淹れ方を若干変えた。予想通り、ちゃんと美味しい紅茶に仕上がっている。アリシアはホッとした。

「第2軍と第4軍の吸収で部隊を増やす必要がある。そのうちの一つをお前に任せる」
「・・・俺でいいのか」
「むしろ吸収で移動してきた中に、お前みたいな奴が少なくて困ってたんだ。少なくとも試合を見ていた第5部隊の奴らはこの異動に納得する。お前の剣の実力を見たからな。お前の行動力も、あいつらはちゃんと見てる。表面しか見れない奴はこの第1軍では上がれない。もし元第4軍の奴が不満を言ったとしても、元からうちにいる奴らには通用しない。だからお前を千人隊長にしたところで、何の問題も起こらん」

 書類に全て目を通したバルツァーは、パサッとテーブルに書類を放ると、ソファの背もたれに寄り掛かった。

「・・・第1軍が評価されるわけだ」

 バルツァーが頭を掻くと、ダークパープルの短い髪がワサワサと揺れた。

「分からない事があれば私かデーべライナーに言え。後日で構わないが、千人隊長に納得出来たら、そこにサインして書類を提出しろ」
「わーったよ。・・・こんな事で昇格なんざ、実感沸かねぇな」

 バルツァーは頭から手を離して腕を組み、テーブルの上の書類を眺める。

「で、アリシア。話があるんだろう」

 静かに聞いていたアリシアに、クラウスは声をかけた。アリシアは満面の笑みでクラウスに頷く。

「バルツァーさん。神聖ルアンキリ国から参りました、アリシア=クロス=サリヴァンです。先程はありがとうございました。お陰様で誰も嫌な思いをしないですみました。私も警戒する必要がなくなりましたし」
「おう、マリウス=バルツァーだ。さっきは悪かったな。怖がらせたか」
「いえ。分かりやすく殺気を出してくださったので気付けましたし、全然本気ではありませんでしたよね。あの速度なら私にも対応出来る範囲でした」

 アリシアの発言に紅茶を飲んでいたクラウスが軽くむせた。

「ちょっと待て。確かに本気ではなかったが、あれを対応出来るのか」
「はい。兄も私も恥ずかしながら負けず嫌いなもので、小さい頃から互いにムキになって練習してました」
「は?・・・嬢ちゃん、サリヴァン将軍の娘だよな?つーことは、兄貴はあの・・・」
「エンジュ=クロス=サリヴァンです。今は神聖ルアンキリ国軍の大隊長を務めております」
「アリシアは護身術をサリヴァン将軍から習ってたそうだ」

 クラウスがそう言うと、バルツァーとデーベライナーはクラウスが何を言いたいのか理解したようだ。バルツァーはポカンと口を開けた。デーべライナーも「は?」と言いたげな顔をしている。

「あ、最近は兄も大人になりましたので、手加減してくれるようになりました。さすがに先程のクラウスとバルツァーさんの本気には対応出来ませんよ」
「・・・それはいつだ。いつから手加減するようになったんだ」

 何故か呆れたような声でクラウスに問われ、アリシアは思い返す。あれは兄エンジュが18歳、アリシアが14歳の時だ。「俺は中隊長になった。余裕ある大人にならないとな」と言って手を抜き始めたのだ。

「兄が18で中隊長になった時ですね。今から4年前です」
「・・・」
「・・・」
「アリシア。中隊長に昇格できる者の本気の剣をいなしていたのなら、それはもう普通じゃないぞ」
「え」

 クラウスは呆れ顔でそう言うと、顎に手を当てて考え込んでいる。アリシアは冗談を言われたのかと、クラウスへ視線を向けた。しかしやはり真面目な顔をしていて、揶揄うような気配はない。

「あちらの中隊長は、うちでいう所の五百人隊長でしょう。確かに普通とは言えませんね」
「・・・え」

 デーべライナーの言葉にアリシアは慌てた。

「先程のバルツァーさんレベルになると、さすがに無理ですよ?」
「バルツァーは本来千人隊長レベルだからな。こんな性格をしてるから、第4軍で割りを食ってたんだ」

 クラウスの言葉に、アリシアはなるほど、と頷いた。

「俺のことはともかくよ。エンジュ=クロス=サリヴァンっていやあ、あっちの奴らに剣聖の卵とか呼ばれてたな。剣術はサリヴァン将軍の再来、精霊術は父親を凌ぐとかなんとか。いくら4年前っつっても、当時からかなりの腕だったんじゃねーの?18で中隊長は相当ヤベーぞ」
「・・・・・・」

 バルツァーにまで言われ、アリシアは押し黙った。

 エンジュからは『これくらいも出来ないなんて、お前何かあった時に生き残れないぞ』と言われ続けてきた。今改めて考えてみたら、エンジュは何処で生き残れないと言っていたのだろうか。

(・・・まさか戦場?)

 いつもアリシアを打ち負かして『ま、この程度なら普通の奴ならなんとかなるんじゃねーの?』とも言っていた。

(普通って・・・何処の普通?軍?)

「・・・兄さん」
「嬢ちゃん、目が座ってんぞ・・・」
「散々私を普通だと馬鹿にしてきた兄を頭の中で殴ってるだけなのでお気になさらず・・・」
「いや、それは気にするだろ」

 クラウスはアリシアにツッコミを入れた後、ククッと笑って感心したようにアリシアを見る。

「しかし護身術で剣を持った中隊長レベルを抑え込めるというのは凄いな」
「身を護るという域を完全に超えてますね」

 デーべライナーもアリシアを眺めてクラウスの言葉に続いた。

「14歳なら普通だと言われて信じても不思議じゃない。ただ、サリヴァン大隊長がどうしてアリシアをそんなに訓練したのか。父の方のサリヴァン将軍も止めなかったんだろう?」
「父は私が軍人になりたいという希望を、護身術という形で解消させていたんだと思います。兄は・・・私に勝つことしか考えてませんきっと」

 アリシアはムッスリとして言うが、クラウスはアリシアの言葉にまた考えているようだ。

「次に会ったら聞いてみると良い。22で大隊長になるような男だ。何か考えがあったんだろう」

 そうだろうか、と思うが、デーべライナーとバルツァーもクラウスと同じ顔をしている。アリシアは納得出来ないまま「そうしてみます」と答えた。
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