ハーフエルフと魔国動乱~敵国で諜報活動してたら、敵国将軍に気に入られてしまいました~

木々野コトネ

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第3章 ハルシュタイン将軍とサリヴァンの娘

64 告白

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 先程バティストが話していた通り、アリシアが連れてこられたのは同じ階にある談話室だった。迎賓館に宿泊している客人同士で話せるようにと設けられている部屋だ。

 ソファに隣り合って座ると、バティストはアリシアの肩から手を離した。

「・・・泣きたい時は思う存分に泣けば良い。必要なら肩も貸そう」

 バティストは泣き続けるアリシアを見つめてからそう言うと、体をアリシアへ向け、アリシアの頭に手を置いて優しく自分の肩へと誘う。
 アリシアは人の温もりを感じて無意識に縋った。バティストの肩に額をつけて、小さく嗚咽を漏らしながら目の前の服を握りしめる。
 そうしてしばらく泣き続け、嗚咽が落ち着いた頃。バティストが口を開いた。

「そんなに辛いなら、あの男はやめてもいいんだ。私なら、君にそんな思いはさせない」

(・・・やめる?・・・クラウスを、好きなことを?)

 泣き疲れた頭で、アリシアはぼんやりと考える。

 諦められるのだろうか。エルフの里に帰ってから、忘れようとしても全く忘れられなかったのに。
 あの時でさえ、ただ好きなだけだった。しかし今は体を重ねてしまった。彼の熱と激しさ、愛情、温もりを知ってしまった。愛する人と過ごす、あの幸せな朝を経験してしまった。彼が嬉しそうに微笑むと、それだけで嬉しい。そんな幸せを忘れられるのだろうか。

「時間は掛かってもいい。私は君の気持ちが変わるのを待つ」

 普段からは想像も出来ない程優しい声音で言うバティストに、アリシアは顔を上げた。途端に目が合う。バティストは切なく、愛し気に、そしてどこか熱がこもった新緑の瞳を向けてくる。

(・・・違う。色が・・・濃い紫じゃない)

 そう思うと同時に、アリシアは正気に戻った。

「あ・・・!失礼しました。私、なんてことを・・・」

 慌てて離れようとすると、バティストはアリシアの腰に腕を回して引き寄せた。頭に添えていた手はアリシアの背中に回され、アリシアはバティストの胸に顔を埋めた。

「あの・・・」

 アリシアは困惑する。ショックで呆然としていた間、無意識にクラウスだと勘違いして、バティストに縋っていた。王族相手にこんな真似をして、と慌てて礼を取ろうとしたのに、逆に抱き寄せられてしまった。

 アリシアはふと思い出した。一カ月前、魔国ティナドランから帰国する馬車の中で、ユウヤが『まだお前を諦めてねぇんだろうな』と言っていたのを。

(・・・縁談は取り下げられたし、神聖ルアンキリ国内ではクラウスと普通に接してたのに・・・)

 そんな事あるのだろうか。まだ先程のショックでアリシアの頭は回らない。しかしクラウスとは違う香水の香りに、やはりこの腕の中は求めている場所ではないと気付かされる。

「バティスト殿下。あの場から連れ出してくださったことは感謝いたします。ですがこの体勢は・・・離していただけませんか」
「ダメだ。まだそんな顔をして、大丈夫だとは到底思えない」
「バティスト殿下・・・」

 アリシアは困りきってしまう。どう説得すれば離してくれるのかを考えていると、バティストはアリシアをぎゅっと抱きしめた。

「私との縁談があっただろう。今はもう取り下げられてしまったが。あれは私が希望したものだ。私は君と初めて会った時から、ずっと好きだった。オーウィンに用事があってサリヴァン邸に行った時に、君は紅茶を淹れてくれた。あの時から」

 アリシアは息を呑んだ。

(初めて会った時?・・・バティスト殿下がうちに来るようになったのは、軍学校に通い始めた年からだから・・・私が14歳の時だわ)

 今から4年も前だ。そんな前からバティストはアリシアを好きだったのか。

「君があの男を好きなのは分かっている。今すぐ忘れる必要はない」

 バティストはアリシアの肩に顔を埋める。

「アリシア、ずっと好きだった。もし少しでも可能性があるのなら、私はいくらでも待つ。必要ならもう一度縁談を打診する」

(嘘・・・・・・)

 バティストは顔を上げてアリシアへ視線を向ける。驚いて固まっているアリシアは、自然と目が合った。

(時々、バティスト殿下が何を考えているのか分からない時があったけど・・・)

 アリシアが学生だった頃、仲良くしていた異性の友人を突然遠ざける発言をしたり、同性の友人シャルロットにさえ、きつい事を言う時があった。しかしバティストがアリシアを好きだったのなら、全て納得出来る内容だと今更ながらに気付いた。魔国ティナドランでクラウスが推測した通りだった。ユウヤが言っていた事は本当だったのだ。

 驚いた顔のままバティストを見つめていると、彼は目を逸らした。

「そんなに見るな。私の理性が持たない」

 切なさげに言うバティストに、アリシアが困惑していると、談話室のドアを叩く音が聞こえた。

「・・・もう来たか。入れ」

 バティストがため息をついてから入室を促す。誰か来る事を分かっていたような発言に、アリシアは不思議に思う。一体誰だろうとドアへ顔を向けると、入ってきたのはダーマットだった。

「ダーマット・・・なんでここに・・・」
「姉さん、迎えに来た」

 ダーマットがそう言うと、バティストはアリシアをようやく離した。ホッとしてソファギリギリまで後退すると、ダーマットが手を差し出してきた。

「帰ろう」
「・・・うん」

 手を取って立ち上がると、アリシアはバティストへ顔を向ける。

「バティスト殿下・・・先程のお話、お受けすることは出来ません。バティスト殿下を利用するような事は、私にはできません。申し訳ございません」

 アリシアはダーマットの手を離して、謝罪と礼をする。しかしバティストは切なげな笑みを浮かべた。

「別に今すぐ答えを出さなくていい。気が変わったらいつでも来い」
「バティスト殿下・・・」

 初めて見るバティストの表情に、彼が本気なのだと分かる。アリシアは何か言うべきか迷ったが、ダーマットが「姉さん」と服を引っ張ってきた。アリシアはダーマットを見る。その目は『それ以上言わなくて良い』と語っている。

「・・・バティスト殿下。失礼致します」

 再度礼をすると、アリシアの横でダーマットは敬礼をした。
 二人で談話室を出ると、廊下には先程バティストが連れていた護衛が二人立っていた。彼らにも礼だけして、アリシアはダーマットと迎賓館の廊下を歩く。

「どうしてダーマットが来たの?何で私があそこにいるって・・・」
「ハルシュタイン将軍から伝達魔術が来て、迎えに来た」
「クラウスが・・・?」

 触るなと、しばらく近寄るなと拒絶したくせに、何故そんな事をするのか。思い出しただけでも胸が心の傷の深さを主張する。ズキズキと痛む胸とダーマットの言葉。訳が分からなくなりそうだ。アリシアは眉を寄せて隣を歩くダーマットを見やる。

「どういう事・・・?」

 ダーマットもアリシアへ顔を向けて、苦しそうな顔をした。

「姉さん。誰も姉さんに伝える事が出来ないんだ。だけど姉さんならきっと気付ける。ここ最近の事を思い出して、よく考えてみて。ハルシュタイン将軍を信じてあげて欲しい」
「私に伝えることが出来ない・・・?なんで?」
「それも言えない。この言葉も、よく考えてみて」
「・・・・・・」

 怪訝な顔でしばしダーマットを見つめてから、アリシアは前方へ視線を戻して考える。

(誰も私に言えない。そこにもヒントがある・・・)

 これは一つ一つ、細かくピックアップして深く考えなければならないだろう。アリシアは頷いた。

「ありがとうダーマット。部屋に戻って落ち着いたら、考えてみるわ」
「うん。・・・ハルシュタイン将軍に呼ばれて部屋まで行った時に・・・言ってたんだ。ハルシュタイン将軍はさ。姉さんに会って伝えたら、どうしても触りたくなるから言えなかったって。だから俺から言うけど、ハルシュタイン将軍は変わらず姉さんの事好きだよ」
「・・・・・・そう」

 それは真実だろうか、とアリシアは考える。
 ダーマットはアリシアが後で真実を知って傷付くような、その場凌ぎの誤魔化し方はしない。互いに遠慮をする関係でもない。むしろ必要だと思ったらなんでも言い合う仲だ。
 クラウスだって、アリシアを嫌いになったかの質問に『それだけは絶対にない』と強く言っていた。彼はアリシアを傷つける嘘を付いたことは、これまで一度もない。それは出会ってからずっと、手紙の中でさえも。

(まだ、本当に好きでいてくれた・・・)

 その事実がアリシアの心を浮上させた。

 だからドアを閉める時、あんな顔をしていたのだろうか。頭から離れない、初めて見るクラウスの泣きそうな顔。もしかしたらアリシアがドアの前に立っている間、彼もドアの反対側にいたのかもしれない。気配に鋭い彼なら、ドアを閉めた後もアリシアがいたことに気付いていただろう。

 ふと、アリシアは気付いた。

(そうか・・・だからダーマットが談話室に来たんだ。バティスト殿下の声を、ドアの前で聞いていた・・・)

 茫然自失になっていたとはいえ、クラウスの目の前で他の男性に連れて行かれたのだ。クラウスはどんな気持ちでそれを聞いていたのだろう。申し訳ない気持ちと、クラウスを傷付けてしまった事に、アリシアの胸が痛んだ。

「ああ、姉さん。今のもヒントだから」
「え?」

 思わぬ言葉に、アリシアはダーマットを見やる。

「ハルシュタイン将軍の為にも、よーく考えてね」
「・・・うん」

 真剣に言うダーマットの顔を眺めて考える。どの部分がヒントなのだろうか。すぐに気付けないのは、まだ頭が回っていないのだろう。

「ああ、あともう一つ。これが一番大きいヒントかも」

 ふと思い出したようにダーマットは上を向いて言った。

「初日にユウヤ様に付き合って教会に行って、俺ぶっ倒れて帰って来たでしょ。あの時ハルシュタイン将軍も居たんだ」
「・・・・・・え?」
「ここまで言えば、絶対姉さんは気付ける。ハルシュタイン将軍も姉さんが自力で気付いてくれれば、きっと気持ちが楽になるから」

 穏やかに微笑んで言うダーマットの顔をもう一度見て、アリシアは頷いた。

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