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11 思いがけない宣言
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「朝のお支度でございます」
張りのある女の人の声と共に、扉が開く。
恭しく手水鉢を掲げた年嵩の女官を筆頭に、数人が控えている気配がした。
「──まあ。伽をお命じでしたのね。珍しいこと」
「えっ」
とんでもない勘違いだ。
思わず声が上がる。
私の声があまりに調子外れだったものだから、女官は眉をしかめてこちらを見た。
「あまり見ぬ顔ですね。こともあろうに寝台を独占してひとり寝こけているとはなんという体たらく。もしや陛下に手数をかけたのではございましょうな。良いですか、後宮に住まうものは猫の子一匹たりとて陛下のもの。駄々を捏ねて気を引こうなど、妓楼の駆け引きめいたものは──」
違うんです、いえ、貴方のおっしゃる妃の心得は間違っていないのですが、前提が違いまして。
私は伽のためにここにいたわけではないんです、やましいことはございません、どうかご勘弁を――
そう言いたいのに、言葉が喉にへばりついて一音たりとも出てこない。
勘違いを訂正する暇も与えられず、女官の声はますます張り切っていくだけだ。
気炎荒くまくし立てられて顔が引きつっていると、皇帝陛下が女官の視線から私を遮るように腕を回した。
胸に抱かれるように抱え込まれて、陛下の装束の模様すら満足に見えない。
「そう叱るでないよ。月鈴が怯えてしまう」
そのひと言に、女官が憮然とした。
再度口を開きかけたところに、皇帝陛下は遮るように言葉を続ける。
「ようやく見つけた兎を、柄にもなく貪ってしまったところでね。この子は嵐の後で怯えているようなものさ」
「えっ!?」
な、何を、言っているんですか!?
「駄々を捏ねるというなら見てみたいものだが、そこまでの駆け引きはまだ早い。なに、手ずから仕込むというのも一興だがね。その頃にはお前もこの兎がいかに愛らしいか理解できるだろうさ」
「!?」
はい!?
恥の上塗り、ならぬ、勘違いの上塗りだ。
そんなことを滔々と述べられた皇帝陛下はそこで少し体を離すと、私の頬を包んで顔を挙げさせた。
「合わせなさい」
私にしか聞こえない小声だ。
これは、話を合わせろということだろう。
そうか、これはこの場を乗り切る芝居なのだ。
顎の痙攣のような頷きで了承を伝えれば、陛下はその夜空のような瞳をすうと細めた。
星の瞬きが近づいてくる。
つまり、陛下が顔を近づけている、ということで。
それに気づいた私の唇が――熱くなった。
きゃあと翠花が短く悲鳴をあげる。
唇を擦り付けるように、ゆっくりと熱が移動して端をちろりと舐められる。
喉の奥で生まれた悲鳴は、上唇を吸われて窘められた。
唇と共に言葉も吸い取られてしまった私を満足そうに見下ろし眺めてから、ようやく陛下は顔を離した。
「尊き月華が失われている今、泉より出でたこの娘──桂月鈴こそ、建国伝説に謳われる護り兎に違いない。この愛らしい紅色のまなこがその証よ」
そのひと言で、女官の背後に控えていた侍従達に緊張が走った。
「伝説通り、護り兎の資質を備えている。丁重に扱うように」
穏やかながらも重々しく張りのある声で告げられた言葉に、誰が異を唱えられるだろうか。
腕の中で固まりながら、平伏す人々の頭頂部を他人事のように眺めていた。
張りのある女の人の声と共に、扉が開く。
恭しく手水鉢を掲げた年嵩の女官を筆頭に、数人が控えている気配がした。
「──まあ。伽をお命じでしたのね。珍しいこと」
「えっ」
とんでもない勘違いだ。
思わず声が上がる。
私の声があまりに調子外れだったものだから、女官は眉をしかめてこちらを見た。
「あまり見ぬ顔ですね。こともあろうに寝台を独占してひとり寝こけているとはなんという体たらく。もしや陛下に手数をかけたのではございましょうな。良いですか、後宮に住まうものは猫の子一匹たりとて陛下のもの。駄々を捏ねて気を引こうなど、妓楼の駆け引きめいたものは──」
違うんです、いえ、貴方のおっしゃる妃の心得は間違っていないのですが、前提が違いまして。
私は伽のためにここにいたわけではないんです、やましいことはございません、どうかご勘弁を――
そう言いたいのに、言葉が喉にへばりついて一音たりとも出てこない。
勘違いを訂正する暇も与えられず、女官の声はますます張り切っていくだけだ。
気炎荒くまくし立てられて顔が引きつっていると、皇帝陛下が女官の視線から私を遮るように腕を回した。
胸に抱かれるように抱え込まれて、陛下の装束の模様すら満足に見えない。
「そう叱るでないよ。月鈴が怯えてしまう」
そのひと言に、女官が憮然とした。
再度口を開きかけたところに、皇帝陛下は遮るように言葉を続ける。
「ようやく見つけた兎を、柄にもなく貪ってしまったところでね。この子は嵐の後で怯えているようなものさ」
「えっ!?」
な、何を、言っているんですか!?
「駄々を捏ねるというなら見てみたいものだが、そこまでの駆け引きはまだ早い。なに、手ずから仕込むというのも一興だがね。その頃にはお前もこの兎がいかに愛らしいか理解できるだろうさ」
「!?」
はい!?
恥の上塗り、ならぬ、勘違いの上塗りだ。
そんなことを滔々と述べられた皇帝陛下はそこで少し体を離すと、私の頬を包んで顔を挙げさせた。
「合わせなさい」
私にしか聞こえない小声だ。
これは、話を合わせろということだろう。
そうか、これはこの場を乗り切る芝居なのだ。
顎の痙攣のような頷きで了承を伝えれば、陛下はその夜空のような瞳をすうと細めた。
星の瞬きが近づいてくる。
つまり、陛下が顔を近づけている、ということで。
それに気づいた私の唇が――熱くなった。
きゃあと翠花が短く悲鳴をあげる。
唇を擦り付けるように、ゆっくりと熱が移動して端をちろりと舐められる。
喉の奥で生まれた悲鳴は、上唇を吸われて窘められた。
唇と共に言葉も吸い取られてしまった私を満足そうに見下ろし眺めてから、ようやく陛下は顔を離した。
「尊き月華が失われている今、泉より出でたこの娘──桂月鈴こそ、建国伝説に謳われる護り兎に違いない。この愛らしい紅色のまなこがその証よ」
そのひと言で、女官の背後に控えていた侍従達に緊張が走った。
「伝説通り、護り兎の資質を備えている。丁重に扱うように」
穏やかながらも重々しく張りのある声で告げられた言葉に、誰が異を唱えられるだろうか。
腕の中で固まりながら、平伏す人々の頭頂部を他人事のように眺めていた。
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