落月後宮溺愛譚~救国の兎、皇帝陛下の寵妃となる~

あかね真凛

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12 伝説の裏側

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「──建国伝説は知っているな?」
「は、はい」
「その中での兎の役割は?」
「薬壺を倒して地上に落ちた慌てんぼう……でしょうか」
「はは、まあそういうことになっているな」

 
 あの後、陛下の朝の支度のために部屋を辞することになった。
 しかし、こちらの朝餉が終わったころに、陛下の名代が訪れたのだ。
 後宮にこんなどん詰まりの部屋があったのか、とでも言いたげな顔を隠さなかった名代だけれど、それには触れずにおいた。

「皇帝陛下が庭院でお待ちです」

 恐れ多くも皇帝陛下を待たせるなど前代未聞だ。
 慌てて翠花と支度を済ませ、馳せ参じることになった。
 
 庭院をふたりでゆっくりと散歩する。木陰に入ったところで陛下が立ち止まった。
 持ち出されたのは、建国のお伽話だった。

「あれをただの伝説──作り話だと思うか」
「違うのですか?」
「無論だ。本来、兎は粗忽者ではなく英雄とされる。あれは薬を零したのではない。護ったのだ」

 護った?
 薬を零すことで?

 お伽話に聞く内容との違いに首を傾げつつ、続きを待つ。
 すると陛下は、その表情が予想通りと言わんばかりに話し始めた。

「うんと昔の話だ。金華の地に、月に憧れ恋慕い、月こそ我が命と思い込んだ猫がいた。それは毎夜毎夜、月が出るたびに屋根に登っては月の光を浴び、やがて変化の術を身につけた。手始めに美しい人間に化け、その美貌で数多の人間を騙し苦しめた。それでも飽き足らぬ猫は知恵をつけ、月の源たる妙薬を独り占めせんと、遂には月にまで登ってしまった」
「猫が……月に登ったのですか」

 突拍子もなさすぎて、話に着いていけない。
 羽でも生えて、月まで飛んで行ったのだろうか?
 
「この猫はとても強欲でな。妙薬を独り占めせんと、月の都を荒らし回ってとうとう薬壺を盗み出す。しかしまだ欲が出た」
「まだ!?」

 欲張りにも度が過ぎる。
 義母でももう少しは謙虚に……いや、あのひとならこの猫とも張れそうだ。

 私の大げさな反応が面白かったのか、陛下はぷっと笑う。

「す、すみません」
「いや、無邪気な反応で好ましいよ」

 ……それは、子どもっぽいと同義では?

 んん、と咳払いして押し黙る。
 これ以上、陛下を失望させるわけにはいかない。
 すると、陛下も続きを語りだした。
 
「猫は、月そのものが欲しくなった。猫は蟇蛙に姿を変えて月を飲み込み始めた」
「な、なんと大胆な」

 そこまで執着できるものがあるなんて、ある意味天晴れだ。
 陛下の淡々とした語り口との落差が激し過ぎる。

「だろう。だが月に棲む兎は、その事態に手をこまねいているだけではなかった。あるひとつの壺に月の光――妙薬を封じ、箒星に乗って壺ごと地上に降りたのだ。その時滴った雫からあの泉が生まれ、国土の礎となった」

 脳裏に浮かぶのは兎たちの決死の脱出劇だ。
 突然の侵略者、奪われる秘薬。
 逃げた先に安寧があるかもわからない中、それでも決心したのは国を護る志だろうか。

「兎は、月の都を離れてもなお月を護る。その魂は輪廻を巡り、力を託せると見込んだ者を護り兎として選ぶのだ。我々月を祀る為政者にとって、護り兎と出会うことは僥倖と言えるな」

 ふ、と柔らかく細められた瞳につい顔を逸らす。
 そんな見つめられ方をされては勘違いしてしまいそうだ。
 こほん、と咳払いをして話を戻す。

「……なんて勇敢な兎でしょう。それで、月はどうなったのでしょうか」
「見ての通りさ」

 そこで陛下は頭上を指す。
 月蝕などなくとも、昼間の空に月は見えない。

「麗しき光の源を失った月は、餡の無い月餅のようなもの。味気ない皮では食う気も起きなくなったのか、蟇蛙は悪戯に食んでは出しを繰り返すだけとなった。これが満ち欠けの由来とされる」
「そんな謂れがあったなんて……どうして、伝説では兎を粗忽者扱いにするのでしょう。こんなに勇敢なのですもの。もっと兎を称えてあげても良いと思います」

 懸命に励んだ結果、粗忽者扱いでは報われない。
 他人事とは思えずに拳を握って訴えれば、陛下は童を見るようなまなざしを私に向けた。
 ああ、これではまた子どもっぽいと思われてしまうだろうか。

「はは、やはり身内には優しいか」
「み、身内? あのですね、そもそも私が兎と呼ばれる意味が判りかねます。目は赤くなってしまいましたが、髪は白くありませんし、何より耳は長くありませんよ」
「ほう。確かに髪は黒いな」

 そこで陛下は私の髪を梳く。耳の辺りを撫でられて肩が強ばった。
 耳飾りをつけた耳たぶが、一気に熱を帯びる。

「へ、陛下」
「宇辰、と……名を呼ぶことを許そう。我が護り兎よ」
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