落月後宮溺愛譚~救国の兎、皇帝陛下の寵妃となる~

あかね真凛

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13 夜空の癒し

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 突然の戯れ。
 数多の美姫と侍らせる陛下には、こんな仕草は日常なのだろうけど、私にはそうではない。
 目を瞬くことしかできずにいると、陛下は耳の辺りを撫でてくる。

「っ!」
「ほら、名を呼ぶことを許したぞ。遠慮するな」

 促すように耳たぶをつままれる。
 観念して口を開いた。

「ゆ、宇辰……様」

 にい、と陛下の口角が上がる。
 神秘的だった佇まいが一気に和らいで――それこそ、子どもっぽく笑った。
 
「ああ。これでそなたは特別だ。枕を交わさずともこれが証。他の妃に臆することはない」

 その言葉に、朝の一幕を思い出して赤面する。
 私の体面を保つための気遣いとはいえ、これでは耳まで赤くなりそうだ。
 それを知ってか知らずか、陛下……宇辰様の指先は戯れを止めない。

「さて耳は……長いのかわからんな。触れて良いか」

 髪の中に手を差し入れられたまま耳の輪郭をなぞられ、ぞくぞくと肌が粟立つ。
 両耳を指の腹で優しく撫でさすられれば、膝がかくかくと震えてきた。
 
「へ、陛下っ! そ、それ以上は」
「……ん? 怯えているのか。なあに、酷いことなどせぬ。勇敢な英雄に縁あるもの同士、労りたいだけだ」
「同士……? もしや、陛下も兎なのですか」

 耳への感覚から逸らすために懸命に頭を回転させて問うてみれば、宇辰様は手を止め目を丸くした。

「はは、残念だが外れだ。我ら皇帝は月を祀る神官に過ぎぬ。そうだな、先程の疑問に応えよう。月の源は膨大な力を持つ。地上に住まう権力者が、それをお伽話としてでも市井に広めると思うか?」
「それは……しないですね」

 権力争いの元だ。おいそれと宝の地図をばら撒くようなことはしないだろう。
 だから兎はひょうきんな粗忽者として、伝説に残ることになったというわけか。

「この話を知る者は限られている。帝位を継ぐ者、それに近しい者。それゆえ女官は兎と聞いてもあのような態度を取っていたのだ。許して欲しい」
「そんな、彼女にしてみれば当然ではないですか。そもそも私とて、自分が護り兎と言われても何やら夢物語のようで……」
「証が必要か? 先程見せたろうに」

 赤くなった瞳のことを言われても、それだけでは納得できない。
 それが表情に出ていたのか、宇辰様は耳から手を離すと再び歩きだす。

「妙薬は試験紙のようなもの。兎は類稀な聴力で月に害成す者を感じ取り、そして月を護る。そなたが昨夜落ちた泉は、伝説の真実を知る者以外にはたどり着けぬ場所だ。例外としてそなたの侍女が彼処に居られたのは、そなたの導きあってこそ」
「それは……そうなのかもしれませんが」

 あの時、翠花をどんどん引き離してしまったことが思い出される。
 声も遠くなっていた。
 それが泉の妙薬の力なのかもしれない。
 
「それに──その耳にはモノの声が聞こえるのだろう?」

 言い当てられて目を見開く。
 妃のご機嫌取りとして始めた作戦が知られていたなんて……!

「ご、ご存知でしたか」
「ああ。後宮は我が庭。何やら上へ下へと駆けずり回って使い走りをしている忙しない嬪がいると、報告に上がっていたよ」
「それは……大変お聞き苦しいものを……」

 皇帝陛下は月にしか興味がないので、多少のことは感知されないと高をくくっていたが、甘かった。自分の管轄下を手中に収めておくのは当然のことではないか。
 項垂れていると、宇辰様が「失礼」と言いつつ袖を捲ってきた。

「ひゃっ!?」
「昨夜部屋に運んだ時にも見えたが、やはり傷だらけではないか。治療はしておらんのか。家からの援助は? 後宮付きの薬師も居るだろうに」
「あああのその、よくあることですのでおかまいなく。薬師様の手を煩わせることではございませぬ。舐めておけば治りますゆえ」
「ほう」

 そこで宇辰様はにやりと口角を上げた。
 意地悪を企んだ悪童のようにも見える。
 ぐい、と腕を掴まれ袖がずり落ちる。擦り傷だらけの肌がむき出しにされて血の気が引いた。

「いやっ」

 ぶん、と腕を振っても体をよじってもびくともしない。
 数多の艶やかな妃と比べることも烏滸がましい、醜い肌をさらしていることが耐えきれない。
 こんな辱めを受けるなんて。
 護り兎と呼ばれ分不相応な扱いを受けていても、所詮、どん詰まり暮らしの嬪。
 卑しい身分だと思い知らされているのだろうか。
 
「月鈴、暴れるな。酷いことはせぬと言ったはずだが」

 低い声で咎められて喉がひくりと痙攣する。
 縮こまってしまった肩を抱かれると「本物の兎よな」と小さく笑われた。
 その形の良い唇が近づいて──腕の擦り傷に、触れた。

「……!?」

 薄い肌に唇が這う。
 鳥が餌をついばむように軽く食まれる。
 傷口の赤みを移すように吸われて。
 そうして顔が離れた時には──

「傷が、ない?」

 何度瞬きしても変わらない。
 宇辰様が触れたそこだけが、健康的でなめらかな肌に戻っている。

「皇帝は月を祀る神官。兎を労い癒すことも役割のひとつよ」
「そ、そんな、陛下になんと恐れ多いっ、ひゃあ!」
「陛下ではない。宇辰、だ」

 腕を掴まれたまま、別の傷に舌が這う。
 枝が掠めた腕の内側も、橋のたもとに打ちつけた肘も、唇が触れたあとにはただの生白い肌があるだけだった。
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