暗殺令嬢は標的の王太子に溺愛される~欲しいのは愛ではなく、あなたのお命です~

葵 すみれ

文字の大きさ
9 / 41

09.利用できるもの

しおりを挟む
 事態を飲み込みきれないまま、アイリスは用意された服に着替えると、広々とした部屋に通された。
 ヘイズ子爵家での自室よりもはるかに豪華で、これがアイリスの部屋になるらしい。
 欲しい物があれば、メイドに言えばすぐに用意するそうだ。
 王太子レオナルド直々に案内され、アイリスは現実感がないまま、ただ頷いていた。

「私はこれから仕事があるので、その間は好きに過ごしていてくれ。図書室や庭園は自由に行くとよい。商人を呼んで宝石などを買っても構わぬ。好きに使え」

 そう言うと、レオナルドはアイリスの頬に片手を添え、額に軽く口付けた。

「良い一日を過ごしてくれ」

 アイリスが呆然と立ち尽くしている間に、レオナルドは去って行った。
 しばしそのまま突っ立っていたアイリスだが、やがて柔らかいソファに座ると、沈み込んで宙を仰ぐ。
 王太子に近付くという当面の目的は、想像を超える形で叶ったと言えるだろう。
 だが、超え過ぎていて、もはや自分の手に負える自信がない。

「……今できることを考えないと」

 それでも、アイリスはどうにか気持ちを切り替えようとする。
 レオナルドが純粋にアイリスに惚れたなど、考えられない。何か企みがあってのことだろう。
 ならば、アイリスもこの状況を利用するだけだ。

「ええと……やっぱり、薬物かしら……」

 ゆるやかに病を得る毒を盛って、少しずつ弱らせていく。そこに付け込んで、自分に依存させて最後に罪を突き付けるという方法が、まず浮かぶ。
 悪くはないが、この状況で毒を手に入れる方法が難しい。まさか、メイドに命じて持ってきてもらうわけにもいかないだろう。

「簡単に手に入りそうなもの……」

 庭園にあるような植物が原料となるもので、アイリスでも作れる薬を考える。
 思いついたのは、惚れ薬の一種だ。一時的に判断力を弱らせ、感情を高ぶらせるもので、この薬を盛って愛を囁くと効果的だという。
 相手を操るための薬だと、暗殺者のたしなみとして教えられたが、これまで使ったことはなかった。
 だが、現状ではなかなか効果的に思える。本当にアイリスに溺れさせ、そこから突き落とせば、より深い絶望を与えられるだろう。

「庭園は自由に行っていいと言っていたわね……行ってみましょう」

 早速、アイリスは庭園に向かう。
 途中ですれ違うメイドたちはアイリスの姿を見ると、恭しく礼をした。どうやら、レオナルドからの通知が行き渡っているらしい。
 庭園にたどり着くと、色とりどりの花々が咲いていた。アイリスがざっと眺めただけでも、薬草にもなる植物がいくつか見える。
 しかし、目的の花はすぐに見つからず、アイリスは探しながら庭園を歩く。
 少し歩いたところで、作業をしている庭師を見つけた。二十代半ばくらいの男性だ。

「ごめんなさい、ちょっとよろしいかしら」

 アイリスが声をかけると、庭師は作業の手を止めて振り返った。そして、アイリスを見てぽかんとした顔をする。
 徐々に赤く染まっていく庭師の顔を眺め、アイリスはよく見る反応だと思いながら微笑む。

「……ど……どのようなご用でしょうか……」

 視線をさまよわせながら、庭師はぼそぼそと答える。

「月雫花が欲しいのですけれど、あります?」

「月雫花……ですか? ええと、あ……なるほど……はい、あります……」

 アイリスの問いかけに対し、庭師は一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐに何かを納得したらしい。もじもじとしながら頷いた。
 何を納得したのかは少し気になったが、まずは目的のものがあったことに安堵する。

「ただ……今はまだ少し早くて、夕方には良い状態になると思います」

「あら、そうなのね。では、夕方また来てもよろしい?」

「は……はい、用意してお待ちしております……」

 頬を赤らめながら答える庭師に微笑むと、アイリスはひとまず立ち去ろうとする。
 だが、言い忘れたことがあったと、足を止めた。

「あ、そうだわ。このことはレオナルドさまには内緒にしておいてほしいの」

「え……? あ……はい、かしこまりました……」

 庭師が頷いたのを確認すると、アイリスは今度こそ立ち去る。
 最後に庭師が神妙な顔になっていたことが少し引っかかったが、すぐに打ち消す。
 主人に対して内緒にしておけなど、戸惑って当然だ。
 だが、おそらく自分から告げ口するようなことはないだろう。庭師の反応は、これまでアイリスのお願いを聞いてくれた男性たちと同じものだった。
 また、仮に告げ口されたところで、庭園に咲いている花を欲しがっただけでしかない。いくらでも言い訳はできるだろう。

 とりあえず一つ準備はできた。
 他にも何か利用できそうなものはないかと、アイリスは庭園を散策しながら考える。
 王太子宮の構造を知っておくのもよいだろう。庭園の配置も覚えたほうがよいかもしれない。そう思い付き、アイリスは色々と歩いてみることにする。

「あら? ここの壁……」

 ツタに覆われた壁の前で、アイリスはふと足を止める。
 緑色のツタが壁一面を覆っているのだが、下の一部だけ厚みが違うように見えたのだ。
 まさか隠し通路でもあるのだろうか。アイリスは近寄り、屈んでツタをかき分けてみる。

「……何もないわね」

 かき分けた先にも壁があるのを見て、アイリスはため息をつく。
 考えてみれば、ツタは生きているのだから、全部の厚みが均一になるとは限らないだろう。おかしなことをしてしまったと、立ち上がろうとする。

「何をしている?」

 そこに後ろから声をかけられ、アイリスは驚きのあまり息が止まりそうになる。
 硬直した体はバランスを保てなくなり、足をもつれさせてアイリスは転んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

処理中です...