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08.愛の告白
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やらかしてしまった。
アイリスは頭を抱えながら、がっくりとうなだれる。
せっかくの好機だったというのに、王太子は呆れて出ていってしまったのだ。
意外だったのは、斬り捨てようとすることもなく、部屋から放り出すこともなく、配慮らしきものを見せたところだろうか。
何にせよ、完全な失敗だ。
王妃の思惑など知ったことではないが、アイリス自身の目的からも遠ざかってしまったのは、悔しい。
ため息をつきながら、アイリスは広い寝台に潜り込む。
今はこれ以上考えても仕方がない。朝になったらここを出て、娼館にでも修行に行ってこよう。そう決めて、アイリスは目を閉じた。
ふて寝のように眠り、目を覚ますと朝になっていた。
ぼんやりと昨夜の記憶が蘇ってきて、アイリスは自己嫌悪に陥る。
「……行ってこないと」
夢うつつのまま、ぼそりと呟く。
「どこに行くつもりだ?」
「娼館に修行に行って……え?」
問いかけられた声に答えながら、途中で何かがおかしいとアイリスは気付く。
勢いよく身を起こすと、寝台のすぐ横に椅子があり、そこに王太子が座っていた。
何がどうなっているのだと、アイリスは混乱して言葉を失う。
呆れて出ていったはずの王太子が、何故ここにいるのか。そして、いつからいたのか。何もかもがわからない。
「娼館? ……それほど純潔を散らしたいというのなら、今からでも続きをしようか?」
気遣うような眼差しを向けられ、アイリスはこのまま消え去ってしまいたいような、いたたまれなさに包まれる。
「あ……あの、王太子殿下……」
「レオナルド、だ」
「……はい?」
何を言っているのか理解できず、アイリスは思わず上擦った声を漏らしてしまう。
レオナルドとはどういう意味の言葉なのかと考えたところで、王太子の名がそうだったことに気付く。
「レオナルドと呼べ」
やはり、王太子の名を表していたらしい。
アイリスは唖然として、ふてぶてしい笑顔を浮かべる王太子を見つめる。
この状況も、相手の言っていることも、全てが理解の範疇を超えている。
「……レオナルドさま」
アイリスは思考を放棄した。
素直に従うと、王太子レオナルドは満足そうに唇の端をつり上げた。
「それでいい。先ほど、王妃とヘイズ子爵には私から使いを出しておいた。お前のことが気に入ったので、しばらくここに滞在させる、とな」
「……何をおっしゃっているのか、理解しかねます」
「部屋も用意させた。足りないものがあれば、遠慮なく言え」
「現状への理解が、まったくもって足りておりません」
話がかみ合わない。
王太子に気に入られるというのは、望んでいた状況だ。だが、昨夜の出来事からして、あり得ないだろう。
このわけのわからなさは、夢だろうか。アイリスは自らの手の甲をそっとつねってみると、痛かった。どうやら夢ではないらしい。
王太子レオナルドには、狂王子という異名がある。
現状も彼の気まぐれ、常人とは違う思考から導き出されたものなのだろうか。
だとしても、先日もメイドを斬り捨てたと聞く。アイリスに対しても、いつ同じような行為に出ようとするか、わかったものではない。
「まさか……調子に乗らせておいて、後から嘲笑いながら始末しようと……」
「何を言っている」
つい心の声が口から漏れてしまった。
レオナルドが呆れたようにアイリスを眺めている。
しまったとアイリスは焦るが、一度口にしてしまったものは引っ込みがつかない。それならば、いっそ尋ねてみようと決意する。
「王太子……いえ、レオナルドさまは、メイドを気に入らないからと斬り捨てたと伺いました。それで……」
「毒を仕込んで交わろうとしてきた者を、気に入ると思うか?」
「え……?」
淡々とした答えが返ってきて、アイリスは目を見開いてレオナルドを見つめる。
それは、メイドに扮した暗殺者に狙われたということだろうか。
「殺されても構わないと思えるほどの女ではなかった。だから、斬り捨てた。それだけだ」
「は……はあ……」
どうやら暗殺者を返り討ちにしただけのようだ。しかし、言い方に含みを感じて、アイリスは曖昧に頷くことしかできない。
「最初はお前のことも、少し疑った。だが、あのように恥じらい、今もこうして愛らしい姿を見せられて、疑いを打ち消した」
暗殺者にしては間抜けすぎるということで、疑いが晴れたらしい。
閨では何もできずに戸惑うだけ、さらに隣に誰かがいるにも関わらず眠っているような暗殺者はいないだろう。ここにいる間抜け以外には。
油断させることができ、歓迎すべきことではあるのだが、アイリスは自己嫌悪と敗北感に包まれる。
「それよりも、昨夜からお前のことが頭から離れない。眠れないまま考え、気付いたのだ。これが恋というものなのだと」
続くレオナルドの言葉が、アイリスをさらなる混乱に叩き落す。
何を言っているのだと、呆然とすることしかできない。
アイリスが固まっていると、レオナルドは椅子から立ち上がり、寝台のすぐ側で片膝をついて跪く。
「アイリス、私の恋人になってくれ。望まぬのなら、指一本触れるようなことはしない。ただ側にいてくれるだけでいい」
「ええ……そんな……跪くなんて……」
もう驚きすぎて、心が麻痺してしまっている。異常な展開に、ついていけない。
アイリスの口から出てきたのは、少しずれた内容だった。
「愛しい女に愛を乞うため跪くのは、当然のことだろう」
微笑みながら、レオナルドは平然と答える。
アイリスは王太子をいつか跪かせるのだと決めていた。だが、それはこういうことではない。
過去の過ちを悔いて嘆き、謝罪する姿が見たいのだ。あるいは、屈辱に満ちた顔で跪くところだろうか。
少なくとも、今のような嬉しそうに跪く姿ではない。
「……いつか、アイリスになら殺されても構わない」
穏やかではない愛の告白に、アイリスは背筋が冷たくなる。
単に物騒な言葉というだけではない。まるでアイリスの目的すら知っているようで、まさか気付かれているのかと恐怖がわき上がってくる。
「返事を聞かせてくれ」
問われ、アイリスはびくりと身を震わせる。
アイリスは、自分が獲物として捕らえられそうになっているような感覚を覚えながら、跪くレオナルドを見下ろす。
「……はい」
一言だけ、アイリスは頷いた。
目的のためには、受け入れる以外の選択肢はない。むしろ、順調すぎると言えるくらいだ。それでも、アイリスは何かを間違えているような気がしてならない。
返事を聞いたレオナルドは、満足そうな笑みを浮かべる。それが獰猛な捕食者のものに思えて、アイリスは目まいがするようだった。
アイリスは頭を抱えながら、がっくりとうなだれる。
せっかくの好機だったというのに、王太子は呆れて出ていってしまったのだ。
意外だったのは、斬り捨てようとすることもなく、部屋から放り出すこともなく、配慮らしきものを見せたところだろうか。
何にせよ、完全な失敗だ。
王妃の思惑など知ったことではないが、アイリス自身の目的からも遠ざかってしまったのは、悔しい。
ため息をつきながら、アイリスは広い寝台に潜り込む。
今はこれ以上考えても仕方がない。朝になったらここを出て、娼館にでも修行に行ってこよう。そう決めて、アイリスは目を閉じた。
ふて寝のように眠り、目を覚ますと朝になっていた。
ぼんやりと昨夜の記憶が蘇ってきて、アイリスは自己嫌悪に陥る。
「……行ってこないと」
夢うつつのまま、ぼそりと呟く。
「どこに行くつもりだ?」
「娼館に修行に行って……え?」
問いかけられた声に答えながら、途中で何かがおかしいとアイリスは気付く。
勢いよく身を起こすと、寝台のすぐ横に椅子があり、そこに王太子が座っていた。
何がどうなっているのだと、アイリスは混乱して言葉を失う。
呆れて出ていったはずの王太子が、何故ここにいるのか。そして、いつからいたのか。何もかもがわからない。
「娼館? ……それほど純潔を散らしたいというのなら、今からでも続きをしようか?」
気遣うような眼差しを向けられ、アイリスはこのまま消え去ってしまいたいような、いたたまれなさに包まれる。
「あ……あの、王太子殿下……」
「レオナルド、だ」
「……はい?」
何を言っているのか理解できず、アイリスは思わず上擦った声を漏らしてしまう。
レオナルドとはどういう意味の言葉なのかと考えたところで、王太子の名がそうだったことに気付く。
「レオナルドと呼べ」
やはり、王太子の名を表していたらしい。
アイリスは唖然として、ふてぶてしい笑顔を浮かべる王太子を見つめる。
この状況も、相手の言っていることも、全てが理解の範疇を超えている。
「……レオナルドさま」
アイリスは思考を放棄した。
素直に従うと、王太子レオナルドは満足そうに唇の端をつり上げた。
「それでいい。先ほど、王妃とヘイズ子爵には私から使いを出しておいた。お前のことが気に入ったので、しばらくここに滞在させる、とな」
「……何をおっしゃっているのか、理解しかねます」
「部屋も用意させた。足りないものがあれば、遠慮なく言え」
「現状への理解が、まったくもって足りておりません」
話がかみ合わない。
王太子に気に入られるというのは、望んでいた状況だ。だが、昨夜の出来事からして、あり得ないだろう。
このわけのわからなさは、夢だろうか。アイリスは自らの手の甲をそっとつねってみると、痛かった。どうやら夢ではないらしい。
王太子レオナルドには、狂王子という異名がある。
現状も彼の気まぐれ、常人とは違う思考から導き出されたものなのだろうか。
だとしても、先日もメイドを斬り捨てたと聞く。アイリスに対しても、いつ同じような行為に出ようとするか、わかったものではない。
「まさか……調子に乗らせておいて、後から嘲笑いながら始末しようと……」
「何を言っている」
つい心の声が口から漏れてしまった。
レオナルドが呆れたようにアイリスを眺めている。
しまったとアイリスは焦るが、一度口にしてしまったものは引っ込みがつかない。それならば、いっそ尋ねてみようと決意する。
「王太子……いえ、レオナルドさまは、メイドを気に入らないからと斬り捨てたと伺いました。それで……」
「毒を仕込んで交わろうとしてきた者を、気に入ると思うか?」
「え……?」
淡々とした答えが返ってきて、アイリスは目を見開いてレオナルドを見つめる。
それは、メイドに扮した暗殺者に狙われたということだろうか。
「殺されても構わないと思えるほどの女ではなかった。だから、斬り捨てた。それだけだ」
「は……はあ……」
どうやら暗殺者を返り討ちにしただけのようだ。しかし、言い方に含みを感じて、アイリスは曖昧に頷くことしかできない。
「最初はお前のことも、少し疑った。だが、あのように恥じらい、今もこうして愛らしい姿を見せられて、疑いを打ち消した」
暗殺者にしては間抜けすぎるということで、疑いが晴れたらしい。
閨では何もできずに戸惑うだけ、さらに隣に誰かがいるにも関わらず眠っているような暗殺者はいないだろう。ここにいる間抜け以外には。
油断させることができ、歓迎すべきことではあるのだが、アイリスは自己嫌悪と敗北感に包まれる。
「それよりも、昨夜からお前のことが頭から離れない。眠れないまま考え、気付いたのだ。これが恋というものなのだと」
続くレオナルドの言葉が、アイリスをさらなる混乱に叩き落す。
何を言っているのだと、呆然とすることしかできない。
アイリスが固まっていると、レオナルドは椅子から立ち上がり、寝台のすぐ側で片膝をついて跪く。
「アイリス、私の恋人になってくれ。望まぬのなら、指一本触れるようなことはしない。ただ側にいてくれるだけでいい」
「ええ……そんな……跪くなんて……」
もう驚きすぎて、心が麻痺してしまっている。異常な展開に、ついていけない。
アイリスの口から出てきたのは、少しずれた内容だった。
「愛しい女に愛を乞うため跪くのは、当然のことだろう」
微笑みながら、レオナルドは平然と答える。
アイリスは王太子をいつか跪かせるのだと決めていた。だが、それはこういうことではない。
過去の過ちを悔いて嘆き、謝罪する姿が見たいのだ。あるいは、屈辱に満ちた顔で跪くところだろうか。
少なくとも、今のような嬉しそうに跪く姿ではない。
「……いつか、アイリスになら殺されても構わない」
穏やかではない愛の告白に、アイリスは背筋が冷たくなる。
単に物騒な言葉というだけではない。まるでアイリスの目的すら知っているようで、まさか気付かれているのかと恐怖がわき上がってくる。
「返事を聞かせてくれ」
問われ、アイリスはびくりと身を震わせる。
アイリスは、自分が獲物として捕らえられそうになっているような感覚を覚えながら、跪くレオナルドを見下ろす。
「……はい」
一言だけ、アイリスは頷いた。
目的のためには、受け入れる以外の選択肢はない。むしろ、順調すぎると言えるくらいだ。それでも、アイリスは何かを間違えているような気がしてならない。
返事を聞いたレオナルドは、満足そうな笑みを浮かべる。それが獰猛な捕食者のものに思えて、アイリスは目まいがするようだった。
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