暗殺令嬢は標的の王太子に溺愛される~欲しいのは愛ではなく、あなたのお命です~

葵 すみれ

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11.いくつもの疑問

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 アイリスは王太子レオナルドと共に、馬車に揺られていた。
 観劇の帰りで、王太子宮に向かっているところだ。

「先ほどの内容、どうだった?」

「お誘いくださったレオナルドさまのお顔を立てるものと、正直なもの。どちらがよろしいですか?」

「正直に言え」

 くすりと笑いをこぼしながら、レオナルドは促す。

「荒唐無稽すぎて、楽しめませんでしたわ。愛の力で熊に素手で立ち向かうところまではまあよいのですが、最後は死人が生き返るなど……所詮は劇と言ってしまえば、それまでですが……」

 アイリスはゆっくりと吐息を漏らす。
 劇の内容は、愛し合う二人が愛の力で困難を乗り越えていくというものだ。
 最後は自己犠牲によって命を失ったヒロインが愛の力で蘇るという、感動のシーンがあった。物語としては、ありがちとも言えるだろう。
 だが、ヒロイン役が淡い金色の髪だったせいか、アイリスは姉ジゼルが重なってしまったのだ。
 このヒロインは生き返ったのに、何故ジゼルは生き返らないのだという、理不尽な思いが浮かんでしまった。

「レオナルドさまは何故、あの劇を私と一緒にご覧になろうとしたのか、さっぱり理解できませんわ」

 姉の死の原因であるレオナルドに対する態度も、つい自制がきかなくなってしまう。夕方の出来事に対する苛立ちもあり、刺々しい声がアイリスの口から出る。

「そう拗ねるな。今、人気の劇だと聞いたからだ。私もあのような内容だとは知らなかった。後で何でも好きなものを買ってやるから、機嫌を直せ」

 レオナルドは苦笑しながら、アイリスの機嫌を取ろうとする。
 王太子ともあろう者が、たかが子爵令嬢の顔色をうかがうのは、いささか滑稽だった。
 結局、アイリスは宝石を買ってもらえることになったようだ。いちおうの決着を見て、レオナルドは大きく息を吐いて座席に深く腰掛けた。

「……愛の力で死人が蘇るのなら……苦悩することもないのだがな」

 ぼそりと呟くレオナルドの言葉は、アイリスにはほとんど聞こえなかった。
 何と言ったのか問いかけようとして、アイリスは口をつぐむ。憂い顔で窓を眺めるレオナルドには、声をかけるのはためらわれた。



 レオナルドの恋人となってから数日、アイリスは王太子宮に滞在していた。
 ヘイズ子爵家での自室よりもはるかに豪華な部屋を与えられ、欲しいものを言えばすぐに用意される。
 昼間は本を読んだり庭園を散策したりと好きに過ごし、夕方にレオナルドと食事をした後、共に観劇や演奏会に出かけるのが、ここ数日の日課だ。
 薬物は初日に失敗してから諦め、他の方法を探そうとしながら、まだ見つからずにいる。

「……ふう」

 昼下がりに庭園の小さな東屋でお茶を飲みながら、アイリスはため息を漏らす。
 メイドは遠ざけているので、今は一人だ。アイリスは先ほど届けられた豪華な小箱を取り出し、開けてみる。
 中に入っていたのは、大粒の蒼玉の首飾りだ。先日の詫びだというそれを眺めながら、アイリスは眉根を寄せる。鮮やかな濃い青色は、レオナルドの瞳の色だ。

 今の状況に、アイリスは戸惑うことしかできない。
 傍から見れば、レオナルドがアイリスに熱を上げて、溺愛しているようにしか見えないだろう。
 だが、それは演技だろうとアイリスは予想している。

 おそらく、王妃との駆け引きにアイリスを利用しているのだろう。
 王妃の目的は、アイリスとレオナルドの仲を深めさせて、操ろうというものだとアイリスは考えている。それがうまくいっているように見せかけているのだろうか。
 アイリスを連れて観劇や演奏会に行っているので、噂も広まっているはずだ。

「でも、考えてみると少しおかしいのよね……」

 閨で、王妃はアイリスが処女だと知っているのかと問われ、知らないと思うと答えた。そのときは、本当にそう信じていた。
 だが、王妃がこれまでアイリスを陰から操り、育ててきた存在だというのなら、そのことを知らないはずがない。
 その存在が王妃ではなかったのか、それとも知った上で思惑があって送り込んだのか。何かがおかしい。

「そして……あの、殺されても構わないという言葉……」

 アイリスはレオナルドからの愛の告白を思い出し、ぞくりと身を震わせる。
 まさか、アイリスの本当の目的を知っているとでもいうのだろうか。
 レオナルドに近付き、その心を得て無防備にさせたところで、罪を突き付けて悔やませ、断罪するのがアイリスの目指すところだ。

 狂王子の異名を持つレオナルドだが、それでも王太子の座を追われないのは、彼が優秀だからだ。狂気を帯びたとされる後も、執務能力には陰りがない。
 第二王子も無能ではないが、レオナルドには見劣りする。
 それほど優秀だというのなら、アイリスの素性や目的まで突き止めているのかもしれない。

「いえ、そもそも狂気というのも本当なのかしら……」

 ここ数日、レオナルドの様子を見た限り、狂気を帯びたようには思えなかった。
 誰かを斬り殺そうとするような、血に飢えた姿は見ていない。それどころか、アイリスに対して気遣いを見せていた。
 狂気そのものが演技という可能性もあるだろう。

 認めたくなかったが、アイリスはレオナルドと過ごす時間が嫌ではなかった。
 アイリスが好きなように振舞っても、レオナルドは咎めることがない。苦笑したり、からかってきたりすることはあったが、押さえつけようとはしなかった。
 側にいてくれるだけでいいと言った言葉どおり、閨に呼ばれるようなこともなく、レオナルドは紳士的に振舞っている。
 まるで、本当に愛されているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

「違う……私が欲しいのは愛ではなく、あの方のお命なのよ……」

 姉を手にかけ、フォーサイス侯爵家を潰させたのは、レオナルドなのだ。
 余計な感情で復讐を忘れてはならないと、アイリスは己に言い聞かせる。

「でも……本当に……?」

 そこで、ふと嫌な考えが頭をよぎり、アイリスの背筋が冷たくなる。
 これまでアイリスは仇であるレオナルドを憎むことで、生きてきた。だが、その根拠となるのは、全てを失った後に会った、怪しい男の言葉だけなのだ。
 フォーサイス家が没落したとき、アイリスはレオナルドの姿を見た。関わっているのは間違いないだろうが、怪しい男の言葉がどこまで本当なのだろうか。
 レオナルドは、本当にジゼルを手にかけたのだろうか。
 何故、盲目的に信じて突き進んできたのかという疑問が、今更芽生える。

「頭が……痛い……」

 さらに考えようとすると、アイリスは頭痛を覚える。
 ふらついてしまい、慌ててテーブルの上に置いたティーカップが、大きな音を立てた。
 頭を押さえながら、アイリスは椅子にもたれかかる。

「……大丈夫ですか?」

 そこに、遠慮がちな声がかけられた。少女のものらしき、鈴を震わすような声だ。
 メイドが様子を見に来たのだろうかと、アイリスは声の方向に視線を向ける。
 すると十歳程度の少女が、東屋の外から心配そうにのぞきこんでいた。その姿を見て、アイリスは頭痛も忘れて唖然とする。
 太陽の光を浴びて眩しく輝く黄金色の髪に、鮮やかな濃い青色の瞳という、王家の色彩を持つ少女だったのだ。
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