暗殺令嬢は標的の王太子に溺愛される~欲しいのは愛ではなく、あなたのお命です~

葵 すみれ

文字の大きさ
20 / 41

20.動かされる駒

しおりを挟む
「随分と、にぎやかだったようね」

 にこやかな笑顔を浮かべながら、王妃がやってくる。
 アイリスは椅子から立ち上がり、レオナルドに寄り添う。

「王妃の侍女たちは、躾のなっていない者ばかりのようだ。もっとまともに教育したほうがよい」

 つまらなさそうな表情を浮かべながら、レオナルドが言い放つ。
 先ほど、自分の弟の顔面を鷲づかみにした者の言う台詞かと、アイリスは内心で少し呆れる。

「もっとも、アイリスは別だが。先ほどの雌鶏どもと同じ、王妃の侍女とは思えぬな」

 レオナルドはアイリスの腰を抱き寄せながら、薄く笑みを浮かべる。

「まあ、本当に仲睦まじいこと」

 嫌味を言われた王妃だが、顔色一つ変えることなく優雅に微笑む。
 苛立ったような様子などかけらもうかがえず、むしろ嬉しそうなくらいだ。

「アイリス嬢は、自慢の侍女だわ。いっそ、他の若い侍女たちの教育もお願いしようかしら」

「そうだな、それは良い考えだ。だが、私との時間が減るのは困るな」

 にこやかに笑い合う王妃とレオナルドを、アイリスは蚊帳の外に置かれたような気持ちで眺める。
 自分のことを言われているのだが、二人が本当に見ているのは違うものだろう。

「あら、アイリス嬢。耳飾りが取れそうになっているわ。こちらにおいでなさい」

 ふと気付いたというように王妃がそう言い、アイリスに目配せをする。
 やや緊張しながら、アイリスはそっと王妃に近付く。
 すると、王妃はアイリスの耳に手を伸ばし、自ら直そうとする。

「順調のようね。さすが、あの方が推していただけのことはあるわ。その調子でお願いね。働きにはいずれ必ず報いるわ」

 耳飾りを直しながら、王妃はアイリスの耳元で囁く。
 どういうことだとアイリスは動揺するが、かろうじて表情に出すのは食い止めた。一瞬だけ身をすくませてしまったのを、恐縮したためであるかのように振る舞う。

「あ……ありがとうございます」

「今度は、お茶でも飲みながらゆっくりお話ししたいわね。また声をかけるわ」

 穏やかに微笑むと、王妃は去っていった。
 レオナルドはそれを冷めた表情で見送る。王妃がアイリスに何かを囁いたのはわかっただろうが、何も尋ねてくることはなかった。

「とんだ邪魔が入ったな。疲れただろう」

 ただ優しく微笑み、レオナルドは持ってきた飲み物をアイリスに手渡してくる。
 琥珀色の液体が満たされたグラスからは、ふわりとした花と甘い果実のような香りが漂う。
 アイリスはグラスを受け取ると、そっと口に運んだ。優しい酸味と豊かな甘みが広がり、さわやかな余韻を残す。
 ほっとして体の力が抜けていくようだ。味わいながら、自分が緊張で強張っていたのだとアイリスは気付かされた。

「……ありがとうございます、美味しいですわ」

「それはよかった。きっとアイリス好みだろうと思って持ってきたが、間違っていなかったようだ」

 レオナルドの答えを聞き、アイリスの好みを考えてくれたのかと驚かされる。
 そもそも、王太子に飲み物を取りに行かせるなど、とても贅沢な行為だ。
 こうして気遣われ、他人には見せないような優しい笑顔を向けられると、勘違いしてしまいそうになる。アイリスは胸にわき上がる焦燥感を、必死に押し殺す。

 それよりも先ほどの王妃の言葉だと、アイリスは己をごまかすように別のことを考える。
 どうやら王妃にとっては、アイリスは狙いどおりに動いているらしい。しかも、それをアイリスが了承した上で動いているような口ぶりだった。
 何よりも不可解なのが、あの方が推していただけのことはある、という言葉だ。
 アイリスは自分が誰のどういった意図の元で動かされているか、知らない。だが、おそらくヘイズ子爵家に引き取られたときから、駒として動かされているはずだ。
 あの方とは、アイリスを駒として仕組んだ者のことなのだろう。

 最初は、王妃がヘイズ子爵やアイリスを操り、保護してきた上位の存在だと思った。しかし、それでは矛盾が生じるとは以前も考えたことだ。
 やはり王妃の後ろには、さらに誰かがいるらしい。
 王妃が『あの方』と呼ぶような相手は、いったい誰なのか。

「おや、伯父上」

 物思いに沈み込んでいたアイリスを、レオナルドの声が引き戻す。
 はっとして顔を上げると、ブラックバーン公爵の姿があった。以前、王太子宮に向かう途中で会ったとき以来だ。
 そういえば、ブラックバーン公爵についてレオナルドに尋ねてみるべきかと思いながら、結局他のことで流されてしまい、そのまま忘れていたことをアイリスは思い出す。

「元気そうですね、レオナルド殿下。アイリス嬢とは以前、お会いしましたね。アイリス嬢の登場で、近頃は周囲もにぎやかになってきたようで」

「どういうことですか?」

 にこやかに口を開いたブラックバーン公爵に対し、レオナルドは訝し気な顔で問いかける。
 王妃に対してぞんざいな口調だったレオナルドが、ブラックバーン公爵には丁寧な態度で接していることに、アイリスは少し驚く。

「近頃は殿下も穏やかになってきたという噂ですからね。その証拠がアイリス嬢というわけで。これまで我が身可愛さに控えていた令嬢たちも、安全だと判断して慎みを忘れてしまったのでしょう」

「……なるほど」

 レオナルドは苦笑する。
 どうやら、狂気を得たレオナルドの側にいては命が危ういと、令嬢たちは彼を避けていたらしい。それがアイリスを側に置き、危害を与えていないらしきことから、レオナルドの狂気も落ち着いたと判断したのだろう。
 ならばアイリスを排除して妃の座を狙おうというわけだ。先ほどの令嬢たちの姿を思い出し、アイリスは納得する。

「カトリーナ姫もアイリス嬢になついておいでだとか。姫がお気に召す令嬢など珍しいですからね。これで少しでも行動範囲が広がればよろしいのですが」

 姪を気遣う伯父といった顔で、ブラックバーン公爵が呟く。
 カトリーナは他人の悪意に敏感で、王太子妃の座を狙う令嬢たちとは合わないらしい。
 もしかしたら、ブラックバーン公爵は最初こそ王妃の手駒としてアイリスを警戒していたが、その後の様子を見て考えを改めたのだろうか。

 アイリスがレオナルドの妃になるといったことを、ブラックバーン公爵が言っていたとは、カトリーナから聞いたことだ。
 ブラックバーン公爵は、カトリーナが問題なく接することのできる相手を、レオナルドの妃にと考えていたのかもしれない。
 条件に合致したのがたまたまアイリスだったという、それだけの話なのだろうか。

「私も、お二人はお似合いだと思いますよ。調整可能な不釣り合いなど、どうとでもなるものです。最終的に調和が取れていればよいだけですからね」

 ブラックバーン公爵の穏やかな声に、思わずアイリスとレオナルドは顔を見合わせる。そして、どちらともなく視線をそらした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、 婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が 部屋に閉じこもってしまう話からです。 自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。 ※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

処理中です...