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21.第二王子ジョナス
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王妃主催のパーティーは、何事もなく終了した。
何かが仕掛けられているかもしれないと思っていたが、第二王子や令嬢たちとの些細なトラブルがあったくらいだ。
アイリスはほっとしながらも、王妃の言葉や、意味深なブラックバーン公爵の態度といった謎が残ることとなった。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休め」
王太子宮に戻ると、レオナルドはアイリスを部屋に送り届ける。そして、アイリスの額に軽く口付けると、去っていった。
レオナルドの妃に関する話題は、二人とも口にしなかった。アイリスは、その件については何も考えないようにする。
部屋で一人になると、アイリスはソファに腰掛けて長い息を吐き出す。
「所詮、私なんてただの駒に過ぎないわ……」
今のところ、アイリスは王妃の目論見どおりに動いているようだ。しかし、それがどういったものかは、わからない。
アイリスは何も知らずに動かされているだけの駒なのだ。
それでも、その道の途中にアイリスの目的がある。それを果たせるのならば、他のことはどうでもよい。
どうせ、最後にはアイリスの道も閉ざされるだけだ。
「ただ、働きには報いるって言っていたわね……」
王妃は見返りのことを口にしていた。駒を使い捨てるのではなく、いちおう報いる気はあるらしい。
もともと一介の男爵令嬢に過ぎなかったのに、今や王妃にまで上り詰めているくらいだ。立ち回り方も上手いのだろう。
王妃が言っていた『あの方』とやらが、もしかしたら彼女の出世を後押ししたのだろうかと、アイリスはふと考える。
しかし、その正体は不明で、考えても答えは出そうにない。
「レオナルドさまは、どういうつもりなのかしら……」
王妃がアイリスに何かを囁いていたのは気付いたはずだが、レオナルドはそのことについて一切触れなかった。
彼は彼で、何かを企んでいるのだろう。
「そもそも、あれ以来何もしてこようとしないし……」
先ほども、レオナルドはアイリスを部屋に送り届けると、紳士的に去っていった。
額や手、髪といった場所に口付けてくることはあるが、それ以上のことはしようとしない。
溺愛している素振りを見せながら、関係を深めようとはしないのだ。やはり、何らかの企みのための演技なのだろう。
「もう少しくらい先に進んでも……私に興味がないのかしら……」
ため息と共に、意図せず言葉がこぼれる。
そして、すぐに何を言ってしまったのだと、アイリスは焦ってしまう。
あたふたとして首を左右に振りながら、周囲に誰もいないことを確かめる。
「そ……そんな……いったい何を……」
口元に手を当てながら、アイリスは一人俯く。
まるでレオナルドからの愛を望んでいるかのようではないか。アイリスが願うのは姉の仇討ちであり、いずれ時が来れば彼の命を奪う。
彼は憎むべき敵であって、愛を願う相手ではないはずだ。
それなのに何を考えているのだと、アイリスは頬が熱くなっていく。
「そうよ、きっと酔ってしまったんだわ……あのお酒が思いのほか、きつかったから……」
酔っているために正常な判断ができないのだと結論づけ、アイリスは深呼吸する。
こういうときは早く寝てしまおうと、アイリスは慌ただしく就寝の準備を始めた。
再び、王太子宮での日常が始まった。
相変わらずゆったりと過ごしているアイリスだが、しばらくヘイズ子爵家には帰っていない。
義父は王妃主催のパーティーにも出席していなかったので、最後に顔を見たのはいつだっただろうか。子爵では王太子宮に気軽にやってこられるような身分でもないので、アイリスから会おうとしない限り、顔を合わせることはないのかもしれない。
「アイリスさま、どうかなさいました?」
声をかけられ、アイリスははっとする。
カトリーナと一緒に庭園でお茶を飲んでいるところだったのだ。今日は抜け道からではなく、正面から訪れている。
「あ……ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてしまいましたわ」
「今日は良いお天気ですものね。風が心地よくて、眠気も誘われますわ」
カトリーナは気にした様子もなく、微笑む。
特にこれといった用事もなく、二人でのんびりと過ごしているだけの時間だ。
しかし、よく考えてみれば今の状況も不思議なものだと、アイリスは感じ入る。
少し身分について考えたところだったが、カトリーナは王女なのだ。本来、子爵令嬢に過ぎないアイリスと二人きりで茶を楽しむには、身分が違う。
そもそも、レオナルドがアイリスを側に置いている状況からして、おかしいのだ。
アイリスは胸の痛みを覚え、そっと手で押さえる。
「……アイリスさま、本当に大丈夫でしょうか?」
心配そうに、カトリーナが気遣ってくる。
悪意に敏感だというが、人の感情の機微にも聡いのかもしれない。
「大丈夫ですわ。ええと……そうですわ。カトリーナさまにとって、ブラックバーン公爵はどのようなお方なのか、お伺いしてもよろしいですか?」
ごまかすように、アイリスは話を変える。
ブラックバーン公爵は姪であるカトリーナのことを気遣っていたようだ。
アイリスにとっては何かひっかかるものがあるブラックバーン公爵だが、カトリーナからの人物評はどうなのだろうか。
「伯父さまですか? 私にとっては、とても可愛がってくださる優しい伯父さまですわ。でも、お仕事の面では合理的というか、必要があればどこまでも冷酷になれる方ですわね。ちょっと……怖い方でもありますわ。……伯父さまがどうかなさいました?」
カトリーナは素直に答えてくれた。
大体はアイリスの印象と似通っているようだ。身内には優しいか、それともカトリーナが政治に関わっていないから思いやれるのかもしれない。
「先日、パーティーでブラックバーン公爵とお会いしたときに、カトリーナさまのことを気にかけていらしたのですわ。ふと、それを思い出しただけで、大したことではありませんわ」
「まあ、そうでしたのね。そういえば、現王妃主催のパーティーにお兄さまとお二人で出席なさったと聞きましたわ。あの……ジョナスお兄さまは大丈夫でしたか?」
何かに思い当たったようで、カトリーナはおそるおそる尋ねてくる。
パーティーでのレオナルドの暴力を思い出し、アイリスは苦い笑みが浮かぶ。
「ええと……レオナルドさまに顔面を鷲づかみにされていましたけれど、お怪我はないようでしたわ」
「いえ、そちらはどうでもよいのです。アイリスさまに対して、何か不埒な真似をしませんでしたか? アイリスさまが大丈夫だったかと思いまして」
カトリーナが心配しているのは、アイリスの考えとは違っていたようだ。
暴力に関してはあまりにもあっさり受け流すことに、アイリスの笑みがさらに苦くなってしまう。
「少々じろじろと見られましたけれど、それだけですわ。何事もなかったので、ご安心ください」
「それなら良かったですわ。ジョナスお兄さまはおおらかで前向きな方なのですけれど……女性に対して無節操なところがあるのです」
カトリーナはため息を漏らす。
その言葉に、アイリスは深く納得する。軽薄な女好きというのがジョナスから受けた印象だったが、間違っていなかったようだ。
よく考えてみれば、そういった噂を聞いたことはあった。しかし、アイリスの出席していた夜会で顔を合わせたこともなく、姉の仇であるレオナルドにばかり注意が向いていたので、これまで意識することもなかったのだ。
「ジョナスお兄さまには気を付けて……」
「おや、僕の話かい?」
カトリーナが何かを言いかけたところで、やたらと明るい声が響いた。
ぎょっとしながら、アイリスとカトリーナは声の方向に振り返る。
すると、そこには能天気な笑みを浮かべた第二王子ジョナスが立っていたのだ。
何かが仕掛けられているかもしれないと思っていたが、第二王子や令嬢たちとの些細なトラブルがあったくらいだ。
アイリスはほっとしながらも、王妃の言葉や、意味深なブラックバーン公爵の態度といった謎が残ることとなった。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休め」
王太子宮に戻ると、レオナルドはアイリスを部屋に送り届ける。そして、アイリスの額に軽く口付けると、去っていった。
レオナルドの妃に関する話題は、二人とも口にしなかった。アイリスは、その件については何も考えないようにする。
部屋で一人になると、アイリスはソファに腰掛けて長い息を吐き出す。
「所詮、私なんてただの駒に過ぎないわ……」
今のところ、アイリスは王妃の目論見どおりに動いているようだ。しかし、それがどういったものかは、わからない。
アイリスは何も知らずに動かされているだけの駒なのだ。
それでも、その道の途中にアイリスの目的がある。それを果たせるのならば、他のことはどうでもよい。
どうせ、最後にはアイリスの道も閉ざされるだけだ。
「ただ、働きには報いるって言っていたわね……」
王妃は見返りのことを口にしていた。駒を使い捨てるのではなく、いちおう報いる気はあるらしい。
もともと一介の男爵令嬢に過ぎなかったのに、今や王妃にまで上り詰めているくらいだ。立ち回り方も上手いのだろう。
王妃が言っていた『あの方』とやらが、もしかしたら彼女の出世を後押ししたのだろうかと、アイリスはふと考える。
しかし、その正体は不明で、考えても答えは出そうにない。
「レオナルドさまは、どういうつもりなのかしら……」
王妃がアイリスに何かを囁いていたのは気付いたはずだが、レオナルドはそのことについて一切触れなかった。
彼は彼で、何かを企んでいるのだろう。
「そもそも、あれ以来何もしてこようとしないし……」
先ほども、レオナルドはアイリスを部屋に送り届けると、紳士的に去っていった。
額や手、髪といった場所に口付けてくることはあるが、それ以上のことはしようとしない。
溺愛している素振りを見せながら、関係を深めようとはしないのだ。やはり、何らかの企みのための演技なのだろう。
「もう少しくらい先に進んでも……私に興味がないのかしら……」
ため息と共に、意図せず言葉がこぼれる。
そして、すぐに何を言ってしまったのだと、アイリスは焦ってしまう。
あたふたとして首を左右に振りながら、周囲に誰もいないことを確かめる。
「そ……そんな……いったい何を……」
口元に手を当てながら、アイリスは一人俯く。
まるでレオナルドからの愛を望んでいるかのようではないか。アイリスが願うのは姉の仇討ちであり、いずれ時が来れば彼の命を奪う。
彼は憎むべき敵であって、愛を願う相手ではないはずだ。
それなのに何を考えているのだと、アイリスは頬が熱くなっていく。
「そうよ、きっと酔ってしまったんだわ……あのお酒が思いのほか、きつかったから……」
酔っているために正常な判断ができないのだと結論づけ、アイリスは深呼吸する。
こういうときは早く寝てしまおうと、アイリスは慌ただしく就寝の準備を始めた。
再び、王太子宮での日常が始まった。
相変わらずゆったりと過ごしているアイリスだが、しばらくヘイズ子爵家には帰っていない。
義父は王妃主催のパーティーにも出席していなかったので、最後に顔を見たのはいつだっただろうか。子爵では王太子宮に気軽にやってこられるような身分でもないので、アイリスから会おうとしない限り、顔を合わせることはないのかもしれない。
「アイリスさま、どうかなさいました?」
声をかけられ、アイリスははっとする。
カトリーナと一緒に庭園でお茶を飲んでいるところだったのだ。今日は抜け道からではなく、正面から訪れている。
「あ……ごめんなさい、ちょっとぼんやりしてしまいましたわ」
「今日は良いお天気ですものね。風が心地よくて、眠気も誘われますわ」
カトリーナは気にした様子もなく、微笑む。
特にこれといった用事もなく、二人でのんびりと過ごしているだけの時間だ。
しかし、よく考えてみれば今の状況も不思議なものだと、アイリスは感じ入る。
少し身分について考えたところだったが、カトリーナは王女なのだ。本来、子爵令嬢に過ぎないアイリスと二人きりで茶を楽しむには、身分が違う。
そもそも、レオナルドがアイリスを側に置いている状況からして、おかしいのだ。
アイリスは胸の痛みを覚え、そっと手で押さえる。
「……アイリスさま、本当に大丈夫でしょうか?」
心配そうに、カトリーナが気遣ってくる。
悪意に敏感だというが、人の感情の機微にも聡いのかもしれない。
「大丈夫ですわ。ええと……そうですわ。カトリーナさまにとって、ブラックバーン公爵はどのようなお方なのか、お伺いしてもよろしいですか?」
ごまかすように、アイリスは話を変える。
ブラックバーン公爵は姪であるカトリーナのことを気遣っていたようだ。
アイリスにとっては何かひっかかるものがあるブラックバーン公爵だが、カトリーナからの人物評はどうなのだろうか。
「伯父さまですか? 私にとっては、とても可愛がってくださる優しい伯父さまですわ。でも、お仕事の面では合理的というか、必要があればどこまでも冷酷になれる方ですわね。ちょっと……怖い方でもありますわ。……伯父さまがどうかなさいました?」
カトリーナは素直に答えてくれた。
大体はアイリスの印象と似通っているようだ。身内には優しいか、それともカトリーナが政治に関わっていないから思いやれるのかもしれない。
「先日、パーティーでブラックバーン公爵とお会いしたときに、カトリーナさまのことを気にかけていらしたのですわ。ふと、それを思い出しただけで、大したことではありませんわ」
「まあ、そうでしたのね。そういえば、現王妃主催のパーティーにお兄さまとお二人で出席なさったと聞きましたわ。あの……ジョナスお兄さまは大丈夫でしたか?」
何かに思い当たったようで、カトリーナはおそるおそる尋ねてくる。
パーティーでのレオナルドの暴力を思い出し、アイリスは苦い笑みが浮かぶ。
「ええと……レオナルドさまに顔面を鷲づかみにされていましたけれど、お怪我はないようでしたわ」
「いえ、そちらはどうでもよいのです。アイリスさまに対して、何か不埒な真似をしませんでしたか? アイリスさまが大丈夫だったかと思いまして」
カトリーナが心配しているのは、アイリスの考えとは違っていたようだ。
暴力に関してはあまりにもあっさり受け流すことに、アイリスの笑みがさらに苦くなってしまう。
「少々じろじろと見られましたけれど、それだけですわ。何事もなかったので、ご安心ください」
「それなら良かったですわ。ジョナスお兄さまはおおらかで前向きな方なのですけれど……女性に対して無節操なところがあるのです」
カトリーナはため息を漏らす。
その言葉に、アイリスは深く納得する。軽薄な女好きというのがジョナスから受けた印象だったが、間違っていなかったようだ。
よく考えてみれば、そういった噂を聞いたことはあった。しかし、アイリスの出席していた夜会で顔を合わせたこともなく、姉の仇であるレオナルドにばかり注意が向いていたので、これまで意識することもなかったのだ。
「ジョナスお兄さまには気を付けて……」
「おや、僕の話かい?」
カトリーナが何かを言いかけたところで、やたらと明るい声が響いた。
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