28 / 41
28.最後の晩餐
しおりを挟む
ハーテッド辺境伯領への視察は、わずか二日後に出発だった。知ったのは夜だったので、実質的に準備期間は一日となる。
一度ヘイズ子爵家に戻ろうかと思っていたアイリスだったが、そのような余裕はなくなってしまった。
「長旅になるからな。しっかり準備しておけ」
どうせ自分の準備など大したものではないと思っていたアイリスだが、朝に準備を始めたところで、部屋を訪れたレオナルドからそう声をかけられる。
予定では一月もかからない程度のはずなのに、長旅なのだろうかと、アイリスは疑問を抱く。
「今日の夕食はカトリーナも含めて三人ですることにしよう。それでは、また後ほどな」
だが、問いかける間もなく、レオナルドはそう言い残して去っていった。
含みを感じて不安になりながらも、アイリスは準備をする。
もともと着の身着のまま王太子宮を訪れ、そのまま滞在しているアイリスは、元からの私物などない。
王太子宮に来てから与えられた物ばかりで、それらから必要そうなものをまとめれば終わりだった。
どことなくそわそわとしながら、やがて少し早めの夕食の時間となった。
場所は以前にも三人で食事をした小離宮だ。
レオナルドがアイリスを迎えに来て、共に向かう。
二人きりで歩きながら、いっそ今尋ねてみるべきだろうかと思いながらも、結局アイリスは口にすることがなかった。
明日になれば、同じ馬車で二人きりになるのだ。今はカトリーナとの食事を台無しにしてしまいかねないことは、避けるべきだろう。
小離宮には、すでに侍女に連れられてカトリーナがやって来ていた。
アイリスとレオナルドの姿を見ると、カトリーナは顔を輝かせる。三人での食事を楽しみにしていたようだ。
「アイリスさまも視察にいらっしゃるのね。私も行きたかったですわ……」
残念そうにカトリーナが切り出す。
「カトリーナが行くと意味が変わってしまう。今回は諦めろ。だが……早めに、ハーテッド辺境伯領で暮らし始めるというのは良いかもしれぬ。カトリーナにとっては向こうのほうが、王都より暮らしやすいだろう」
「んん……でも、ハーテッド辺境伯領に行ってしまうと、アイリスさまとは会えなくなってしまいますわね。だから、それはまだ先のことでよいですわ」
レオナルドの提案を、カトリーナは無邪気に切り捨てる。
その言葉を聞き、アイリスは胸に鈍い痛みを覚える。
おそらく今回の視察は、帰ってくることがない終の旅だろう。その先に道が続いていることを疑いもしないカトリーナを、置いていくことになるのだ。
今は、いわば最後の晩餐となる。
「……カトリーナさまは、ハーテッド辺境伯のご嫡男とはお会いしたことがございますの?」
どうにか思いを振り払おうと、アイリスは違う話題を持ち出す。
「ええ、一度だけお会いしたことがありますわ。口数は少ないけれど、とても温かい方だったことを覚えております」
カトリーナの答えを聞き、アイリスはなるほどと頷く。
他人の本性を見透かすというカトリーナがそういう印象を抱いたからこそ、レオナルドも縁談を進めたのだろう。
「それに……実は、お顔も私の好みで……」
「まあ……」
頬をうっすらと染めて恥じらうカトリーナを見て、アイリスは微笑ましく、幸福な気分がわき上がってくる。
政略結婚以外の何ものでもないと思っていたが、愛が芽生えるかもしれない。どうかうまくいってほしいと、アイリスは心から願う。
「そうか……それはよかった……」
しかし、レオナルドは神妙な面持ちで呟くだけだった。
喜んでいるとは思いがたい様子で、もしかしたら妹を奪われるようで寂しいのだろうかと、アイリスは内心で首を傾げる。
レオナルドはそれ以上何も言うことなく、和やかに食事は終わった。
「お兄さま、アイリスさま、どうかお気を付けて行ってらっしゃいませ。無事のお帰りをお待ちしておりますわ」
「ああ……息災でな」
「はい……カトリーナさまも、お元気で」
レオナルドとアイリスの答えに、カトリーナはやや首を傾げたようだった。だが、何も言うことなく、侍女に連れられて王女宮に戻っていく。
それを見送ると、二人も王太子宮に戻る。
二人は歩きながら、無言だった。アイリスは問いかけるような気になれず、レオナルドからも言葉はない。
ただ、二人だけの時間をじっくり噛みしめるように、寄り添って歩いた。
「では、明日な」
「はい……」
アイリスを部屋に送り届けると、レオナルドは去っていく。
苦い思いを抱えながら、アイリスは自室に入る。
「あら?」
すると、テーブルの上に小箱が置かれていた。カードが一緒に添えられていて、ヘイズ子爵からとなっている。
アイリスが小箱を開けると、護身用らしき短剣が入っていた。
「これを使えっていうこと?」
苦い笑みがアイリスの口元に浮かぶ。
短剣を小箱から出すと、違和感を覚えた。アイリスがよく小箱を調べてみると、二重底になっているのを発見する。
底を一つ取り外すと、そこには小瓶があった。透明な小瓶の中に、紫色の毒々しい液体が入っている。
「……そういうこと」
王妃は、誰かがそっと近付いて毒でも使われたら危険だと言っていた。
この短剣に毒を塗って使えということだろう。
送り主はヘイズ子爵となっているが、義父もこの件に関わっているのだろうか。それとも、単に名を騙っているだけか。
実際のところはわからないが、今はどちらでもよい。
アイリスは震える手で小瓶を取り出し、両手で包み込む。じっと小瓶を見つめる瞳から、涙がこぼれ落ちた。
一度ヘイズ子爵家に戻ろうかと思っていたアイリスだったが、そのような余裕はなくなってしまった。
「長旅になるからな。しっかり準備しておけ」
どうせ自分の準備など大したものではないと思っていたアイリスだが、朝に準備を始めたところで、部屋を訪れたレオナルドからそう声をかけられる。
予定では一月もかからない程度のはずなのに、長旅なのだろうかと、アイリスは疑問を抱く。
「今日の夕食はカトリーナも含めて三人ですることにしよう。それでは、また後ほどな」
だが、問いかける間もなく、レオナルドはそう言い残して去っていった。
含みを感じて不安になりながらも、アイリスは準備をする。
もともと着の身着のまま王太子宮を訪れ、そのまま滞在しているアイリスは、元からの私物などない。
王太子宮に来てから与えられた物ばかりで、それらから必要そうなものをまとめれば終わりだった。
どことなくそわそわとしながら、やがて少し早めの夕食の時間となった。
場所は以前にも三人で食事をした小離宮だ。
レオナルドがアイリスを迎えに来て、共に向かう。
二人きりで歩きながら、いっそ今尋ねてみるべきだろうかと思いながらも、結局アイリスは口にすることがなかった。
明日になれば、同じ馬車で二人きりになるのだ。今はカトリーナとの食事を台無しにしてしまいかねないことは、避けるべきだろう。
小離宮には、すでに侍女に連れられてカトリーナがやって来ていた。
アイリスとレオナルドの姿を見ると、カトリーナは顔を輝かせる。三人での食事を楽しみにしていたようだ。
「アイリスさまも視察にいらっしゃるのね。私も行きたかったですわ……」
残念そうにカトリーナが切り出す。
「カトリーナが行くと意味が変わってしまう。今回は諦めろ。だが……早めに、ハーテッド辺境伯領で暮らし始めるというのは良いかもしれぬ。カトリーナにとっては向こうのほうが、王都より暮らしやすいだろう」
「んん……でも、ハーテッド辺境伯領に行ってしまうと、アイリスさまとは会えなくなってしまいますわね。だから、それはまだ先のことでよいですわ」
レオナルドの提案を、カトリーナは無邪気に切り捨てる。
その言葉を聞き、アイリスは胸に鈍い痛みを覚える。
おそらく今回の視察は、帰ってくることがない終の旅だろう。その先に道が続いていることを疑いもしないカトリーナを、置いていくことになるのだ。
今は、いわば最後の晩餐となる。
「……カトリーナさまは、ハーテッド辺境伯のご嫡男とはお会いしたことがございますの?」
どうにか思いを振り払おうと、アイリスは違う話題を持ち出す。
「ええ、一度だけお会いしたことがありますわ。口数は少ないけれど、とても温かい方だったことを覚えております」
カトリーナの答えを聞き、アイリスはなるほどと頷く。
他人の本性を見透かすというカトリーナがそういう印象を抱いたからこそ、レオナルドも縁談を進めたのだろう。
「それに……実は、お顔も私の好みで……」
「まあ……」
頬をうっすらと染めて恥じらうカトリーナを見て、アイリスは微笑ましく、幸福な気分がわき上がってくる。
政略結婚以外の何ものでもないと思っていたが、愛が芽生えるかもしれない。どうかうまくいってほしいと、アイリスは心から願う。
「そうか……それはよかった……」
しかし、レオナルドは神妙な面持ちで呟くだけだった。
喜んでいるとは思いがたい様子で、もしかしたら妹を奪われるようで寂しいのだろうかと、アイリスは内心で首を傾げる。
レオナルドはそれ以上何も言うことなく、和やかに食事は終わった。
「お兄さま、アイリスさま、どうかお気を付けて行ってらっしゃいませ。無事のお帰りをお待ちしておりますわ」
「ああ……息災でな」
「はい……カトリーナさまも、お元気で」
レオナルドとアイリスの答えに、カトリーナはやや首を傾げたようだった。だが、何も言うことなく、侍女に連れられて王女宮に戻っていく。
それを見送ると、二人も王太子宮に戻る。
二人は歩きながら、無言だった。アイリスは問いかけるような気になれず、レオナルドからも言葉はない。
ただ、二人だけの時間をじっくり噛みしめるように、寄り添って歩いた。
「では、明日な」
「はい……」
アイリスを部屋に送り届けると、レオナルドは去っていく。
苦い思いを抱えながら、アイリスは自室に入る。
「あら?」
すると、テーブルの上に小箱が置かれていた。カードが一緒に添えられていて、ヘイズ子爵からとなっている。
アイリスが小箱を開けると、護身用らしき短剣が入っていた。
「これを使えっていうこと?」
苦い笑みがアイリスの口元に浮かぶ。
短剣を小箱から出すと、違和感を覚えた。アイリスがよく小箱を調べてみると、二重底になっているのを発見する。
底を一つ取り外すと、そこには小瓶があった。透明な小瓶の中に、紫色の毒々しい液体が入っている。
「……そういうこと」
王妃は、誰かがそっと近付いて毒でも使われたら危険だと言っていた。
この短剣に毒を塗って使えということだろう。
送り主はヘイズ子爵となっているが、義父もこの件に関わっているのだろうか。それとも、単に名を騙っているだけか。
実際のところはわからないが、今はどちらでもよい。
アイリスは震える手で小瓶を取り出し、両手で包み込む。じっと小瓶を見つめる瞳から、涙がこぼれ落ちた。
4
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる