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27.猶予の終わり
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とうとう王妃からレオナルドを暗殺しろとの指示が出てしまった。
姉ジゼルが殺された背景について、レオナルドに尋ねてみようとしながら、それができない中で乱暴に背を押されたようだ。
カトリーナの嫁ぎ先が決まるまでは猶予があると思っていたが、そうではなかったらしい。
「ジョナス殿下のこと、そして王妃の態度……もう、めちゃくちゃだわ」
自室で一人、アイリスは大きなため息を漏らす。
背後にいる『あの方』とやらがシナリオを描いているのだろうが、その中でアイリスはどう配置されているのかもわからない。
また、その正体も見当が付かない。王妃の出世を後押しするくらいの権力を持っているとなれば、かなり限られてくるはずだ。
「あの方って、誰なのかしら……」
最初に怪しんだのは、ブラックバーン公爵だった。
何か含みがあり、どのようなことを企んでいても不思議ではない。
ただ、ブラックバーン公爵はレオナルドとカトリーナにとっては伯父にあたる。レオナルドの最大の後ろ盾でもあり、まさか彼の暗殺を考える立場にはないだろう。
「一度、戻ってみるべきかしらね」
いっそ、義父であるヘイズ子爵に尋ねてみるべきかもしれない。
今までアイリスにとってヘイズ子爵は、教育に関わることもなく、ただ養女にしてくれただけという感覚だった。だが、それも『あの方』からの指示だったのだろう。
しばらく帰っていないが、ヘイズ子爵家に戻ってみようかと、アイリスは考える。
レオナルドも忙しくしているので、ちょうどよいだろう。
ところが、早速戻ろうかと準備を始めようとしたところ、レオナルドからの伝言があった。
久しぶりに、夕食を共にしようとの誘いだ。
アイリスは承諾の返事をして、家に戻ることは取りやめにする。
「やっと落ち着いたのかしら……」
少しほっとしながらも、アイリスは同時に緊張が襲ってくる。
やっとレオナルドに尋ねることができる好機だが、さらなる絶望が待っているかもしれない。レオナルドが何も答えてくれず、遠ざけられてしまう可能性だってある。
それでも、何もせずにはいられなかった。
やがて夕食の時間になり、アイリスは久々にレオナルドとゆっくり向かい合うこととなる。
だが、給仕をする者がいるので、二人きりというわけにはいかない。込み入った話をするのはためらわれた。
「こうして二人で食事をするのは久しぶりだな。何か変わったことはなかったか?」
「いえ……それなりに過ごしておりましたわ」
本当は王妃とのお茶など、変わったことはあった。しかし、それを口にするのはためらわれ、アイリスは当たり障りのないことを答える。
「そうか。実は、カトリーナの縁談が決まった」
「え……?」
思いがけない発表に、アイリスは呆然とレオナルドを見つめる。
まだ先のことだろうと思っていたので、完全に予想外だった。
「もちろん実際の結婚はまだ先のことで、現段階では婚約となる。相手はハーテッド辺境伯の嫡男だ。私より一つ年下で、カトリーナとは五歳差となり、年頃も悪くないだろう」
「ハーテッド辺境伯……南方で港を擁する領地でしたかしら。海産物が有名な」
「そうだ。領民は実直で、無骨な者が多いと聞く。表面上は少々荒っぽくとも、内面は裏表なく誠実だという。王都とは逆だな。カトリーナには合っているだろう」
カトリーナは人の悪意に敏感だ。微笑みの仮面に邪心を隠す社交界には向かない。
だが、か弱そうな外見に反して、暴力沙汰に関してあっさりと受け流すなど、意外と肝が据わっているところもある。
確かに、気風として合っているのかもしれない。
「王都から離れている上に、領地を長く空けることができぬ地だ。社交から遠ざかれる。重要な位置を担う辺境伯家に王女を降嫁させ、王家との繋がりを強化するのも政略的に有用だ」
「カトリーナさまの嫁ぎ先として、非の打ち所がないというわけですわね。でも……ハーテッド辺境伯のご嫡男は、どういう方なのですか?」
条件としては申し分がないようだが、重要なのは婚約者本人だ。はらはらとしながら、アイリスは問いかける。
「人柄は申し分ない。カトリーナのことも大切にしてくれるだろう。前々から候補の一人ではあったのだが、横槍を入れる者もいてな。王家との繋がりが欲しいため、王女を迎えたいという家門の連中だが、今回はようやく抑えることができた」
レオナルドの声には、疲労の色がうかがえた。
どうやら婚約者本人にも問題はないようだ。実際にカトリーナがどう感じるかはわからないが、アイリスにはどうすることもできない。
妹のことを思うレオナルドが苦心してまとめた縁談なのだから、おそらくカトリーナのためになるのだろうと信じるしかない。
「もしかして、ここのところお忙しかったのは、その関連でしたの?」
「そうだ。これでようやく肩の荷が下りた。まだ終わったわけではないが、後は私がいなくとも何とかなる。私の役割は終わったと言えるだろう」
まっすぐに見つめてくるレオナルドの視線を受け止め、アイリスは息をのむ。
今の言葉は、単純にカトリーナの縁談に関する役割が終わったと言っているのではないだろう。
まだ猶予はあると思っていたが、それは終わったのだと突き付けられたのだ。
「私はこれから、すぐにハーテッド辺境伯領まで視察に行くこととなる。そこで……アイリスも共に行かないか?」
そして、全ての準備が整ってしまった。
王妃からレオナルドの視察について行けと言われたが、請うまでもなく、本人から誘われたのだ。
まるでレオナルドも、全てを知っているかのようだ。それでいて、受け入れているように感じられる。
「……はい」
胸にこみ上げてくるものを抑えながら、アイリスはただ頷くのが精一杯だった。
料理の味もよくわからないまま食事を終えると、すぐにレオナルドは準備があると言って去っていった。
何も尋ねることができず、ただ運命に流されていくだけなのか。アイリスは歯がゆい思いを抱えながら、自分も部屋に戻っていった。
姉ジゼルが殺された背景について、レオナルドに尋ねてみようとしながら、それができない中で乱暴に背を押されたようだ。
カトリーナの嫁ぎ先が決まるまでは猶予があると思っていたが、そうではなかったらしい。
「ジョナス殿下のこと、そして王妃の態度……もう、めちゃくちゃだわ」
自室で一人、アイリスは大きなため息を漏らす。
背後にいる『あの方』とやらがシナリオを描いているのだろうが、その中でアイリスはどう配置されているのかもわからない。
また、その正体も見当が付かない。王妃の出世を後押しするくらいの権力を持っているとなれば、かなり限られてくるはずだ。
「あの方って、誰なのかしら……」
最初に怪しんだのは、ブラックバーン公爵だった。
何か含みがあり、どのようなことを企んでいても不思議ではない。
ただ、ブラックバーン公爵はレオナルドとカトリーナにとっては伯父にあたる。レオナルドの最大の後ろ盾でもあり、まさか彼の暗殺を考える立場にはないだろう。
「一度、戻ってみるべきかしらね」
いっそ、義父であるヘイズ子爵に尋ねてみるべきかもしれない。
今までアイリスにとってヘイズ子爵は、教育に関わることもなく、ただ養女にしてくれただけという感覚だった。だが、それも『あの方』からの指示だったのだろう。
しばらく帰っていないが、ヘイズ子爵家に戻ってみようかと、アイリスは考える。
レオナルドも忙しくしているので、ちょうどよいだろう。
ところが、早速戻ろうかと準備を始めようとしたところ、レオナルドからの伝言があった。
久しぶりに、夕食を共にしようとの誘いだ。
アイリスは承諾の返事をして、家に戻ることは取りやめにする。
「やっと落ち着いたのかしら……」
少しほっとしながらも、アイリスは同時に緊張が襲ってくる。
やっとレオナルドに尋ねることができる好機だが、さらなる絶望が待っているかもしれない。レオナルドが何も答えてくれず、遠ざけられてしまう可能性だってある。
それでも、何もせずにはいられなかった。
やがて夕食の時間になり、アイリスは久々にレオナルドとゆっくり向かい合うこととなる。
だが、給仕をする者がいるので、二人きりというわけにはいかない。込み入った話をするのはためらわれた。
「こうして二人で食事をするのは久しぶりだな。何か変わったことはなかったか?」
「いえ……それなりに過ごしておりましたわ」
本当は王妃とのお茶など、変わったことはあった。しかし、それを口にするのはためらわれ、アイリスは当たり障りのないことを答える。
「そうか。実は、カトリーナの縁談が決まった」
「え……?」
思いがけない発表に、アイリスは呆然とレオナルドを見つめる。
まだ先のことだろうと思っていたので、完全に予想外だった。
「もちろん実際の結婚はまだ先のことで、現段階では婚約となる。相手はハーテッド辺境伯の嫡男だ。私より一つ年下で、カトリーナとは五歳差となり、年頃も悪くないだろう」
「ハーテッド辺境伯……南方で港を擁する領地でしたかしら。海産物が有名な」
「そうだ。領民は実直で、無骨な者が多いと聞く。表面上は少々荒っぽくとも、内面は裏表なく誠実だという。王都とは逆だな。カトリーナには合っているだろう」
カトリーナは人の悪意に敏感だ。微笑みの仮面に邪心を隠す社交界には向かない。
だが、か弱そうな外見に反して、暴力沙汰に関してあっさりと受け流すなど、意外と肝が据わっているところもある。
確かに、気風として合っているのかもしれない。
「王都から離れている上に、領地を長く空けることができぬ地だ。社交から遠ざかれる。重要な位置を担う辺境伯家に王女を降嫁させ、王家との繋がりを強化するのも政略的に有用だ」
「カトリーナさまの嫁ぎ先として、非の打ち所がないというわけですわね。でも……ハーテッド辺境伯のご嫡男は、どういう方なのですか?」
条件としては申し分がないようだが、重要なのは婚約者本人だ。はらはらとしながら、アイリスは問いかける。
「人柄は申し分ない。カトリーナのことも大切にしてくれるだろう。前々から候補の一人ではあったのだが、横槍を入れる者もいてな。王家との繋がりが欲しいため、王女を迎えたいという家門の連中だが、今回はようやく抑えることができた」
レオナルドの声には、疲労の色がうかがえた。
どうやら婚約者本人にも問題はないようだ。実際にカトリーナがどう感じるかはわからないが、アイリスにはどうすることもできない。
妹のことを思うレオナルドが苦心してまとめた縁談なのだから、おそらくカトリーナのためになるのだろうと信じるしかない。
「もしかして、ここのところお忙しかったのは、その関連でしたの?」
「そうだ。これでようやく肩の荷が下りた。まだ終わったわけではないが、後は私がいなくとも何とかなる。私の役割は終わったと言えるだろう」
まっすぐに見つめてくるレオナルドの視線を受け止め、アイリスは息をのむ。
今の言葉は、単純にカトリーナの縁談に関する役割が終わったと言っているのではないだろう。
まだ猶予はあると思っていたが、それは終わったのだと突き付けられたのだ。
「私はこれから、すぐにハーテッド辺境伯領まで視察に行くこととなる。そこで……アイリスも共に行かないか?」
そして、全ての準備が整ってしまった。
王妃からレオナルドの視察について行けと言われたが、請うまでもなく、本人から誘われたのだ。
まるでレオナルドも、全てを知っているかのようだ。それでいて、受け入れているように感じられる。
「……はい」
胸にこみ上げてくるものを抑えながら、アイリスはただ頷くのが精一杯だった。
料理の味もよくわからないまま食事を終えると、すぐにレオナルドは準備があると言って去っていった。
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