37 / 41
37.茶番の断罪劇
しおりを挟む
王太子レオナルドによるハーテッド辺境伯領への視察は、中止となった。
道中、盗賊に襲われてレオナルドが負傷したためだ。
それも毒に侵され、意識が戻らないという知らせは、王城を揺るがした。
レオナルドはすぐに王太子宮に運ばれて治療を受けたが、宮殿の奥深くは重苦しい雰囲気が漂い、立ち入り禁止となっている。
襲ってきた盗賊の遺体も回収されたが、身元はわからなかった。遺体の所持品に解毒薬もなく、宮廷医師でもレオナルドが何の毒に侵されたのかわからず、手の施しようがないという。
そこで、同行していたヘイズ子爵令嬢アイリスが王城に呼ばれ、詰問されることとなったのだ。
「さて、何か申し開きはあるか?」
貴族たちが居並ぶ謁見室において、国王が口を開く。
アイリスが初めて見る国王は、黄金色の髪に濃い青色の瞳で、顔立ちもレオナルドによく似ていた。まるでレオナルドがそのまま年を重ねたかのようだ。
すでに国王の口調は、アイリスが犯人と決めつけているようだった。
高い場所に設けられた玉座にどっしりと腰掛ける国王の隣には王妃の席があり、一段下がった場所にはジョナスとカトリーナの姿もある。
人の悪意に敏感なカトリーナが、このような場所に来てもよいのだろうか。アイリスは心配で、己の立場も一瞬忘れて、はらはらとしてしまう。
国王の側には、ひっそりと影のように控えるブラックバーン公爵の姿もあった。
アイリスは王都に戻ってきてから、軟禁状態となっている。
乱暴な扱いは受けていないが、押し込められた部屋から出るのはこれが初めてだ。
この場も事情を尋ねるという名目ではあるが、実際は断罪の場と言えるだろう。
「盗賊に襲われ、レオナルドさまは私をかばって毒矢に倒れました。私などのためにと、大変申し訳なく思っております」
アイリスが答えると、国王が片手を挙げて合図する。
すると、アイリスの前に短剣と小瓶が運ばれてきた。ヘイズ子爵から送られてきて、視察に持っていった物だ。
短剣は御者の血を吸った際の汚れが付着し、小瓶の底には紫色の液体がわずかに残っている。
「それらは、そなたの物で相違ないな」
「……はい」
素直に答えると、周囲からざわめきの声が上がった。
血の付いた短剣と毒々しい液体の残る小瓶とくれば、真っ先に思いつくのは毒殺だろう。
「まあ、何という恐ろしいこと! まさか王太子殿下を毒殺しようだなんて……!」
甲高い叫び声が響いた。
聞き覚えのある声だとアイリスが視線を向けると、ストロベリーブロンドが目に入ってきた。ストレイス伯爵令嬢デラニーだ。
デラニーは口元を扇で隠しながら、目を見開いている。その扇の下には、歪んだ愉悦が浮かんでいることが明らかだ。
「ですが、盗賊に立ち向かうために使用したのです。レオナルドさまに短剣を向けることなど、しておりません」
デラニーを無視して、アイリスは続ける。
「そんなこと、口では何とでも言えるわ! 実際に、王太子殿下は毒に侵されて生死の境をさまよっていらっしゃるわ! お前がやった以外にありえないでしょう!」
激昂したデラニーが叫ぶ。
一介の貴族令嬢にしか過ぎないデラニーが割り込んでいるのだが、それを咎める者は周囲にはいない。国王と王妃すら、何も言わなかった。
まるで、アイリスを追い込むための茶番の断罪劇だ。
「……アイリスさまが、お兄さまの命を狙うなど、ありえません。あれほど仲睦まじく、愛し合っているお二人が……!」
そこに、カトリーナが青ざめた顔をしながらも、精一杯声を張り上げた。
この場で唯一、擁護しようとしてくれるカトリーナに、アイリスは胸が温かく、そして苦しくなる。
カトリーナは相当な無理をしているのだろう。顔色は悪く、声は震えている。それでも、アイリスのために力を振り絞ってくれているのだ。
凜と背筋を伸ばすカトリーナは、気高い王女そのものだった。
「確かに、王太子殿下はアイリス嬢を溺愛していたな……」
「たとえ愛妾でも、元平民ならば相当の出世だろう。わざわざ、それを捨てることは……」
カトリーナの必死な姿に心を打たれる者もいたのか、やや風向きが変わる。
アイリスに王太子を殺す理由があるのかと、疑問に思う声がいくつか上がった。
「……私も、私の侍女であるアイリス嬢を信じたかったわ」
王妃の声が響き、謁見室が静まり返る。
貴族たちの視線が王妃に集中する。それを受け止めると、王妃は悲しげにアイリスを見つめた。
「二人は本当に仲睦まじく、幸せそうに見えたのですもの。でも、アイリス嬢にはレオナルド殿を憎む理由があることを、知ってしまったわ。ああ……何ということかしら……」
静かに語り始める王妃の言葉に、わずかなざわめきが起こった。
どういうことだと、囁きが交わされる。
「アイリス嬢は、断絶したフォーサイス侯爵家の庶子だったそうね。かつてレオナルド殿の婚約者候補であり、彼が直接命を奪ったジゼル嬢の妹だとか。アイリス嬢にとって、レオナルド殿は大切な家族の仇。家族の無念を晴らすため、レオナルド殿に近付いたのでしょう?」
完璧な真実が、王妃の口から放たれた。
何一つとして申し開きのしようのない事実に、アイリスは唇を引き結んだ。
道中、盗賊に襲われてレオナルドが負傷したためだ。
それも毒に侵され、意識が戻らないという知らせは、王城を揺るがした。
レオナルドはすぐに王太子宮に運ばれて治療を受けたが、宮殿の奥深くは重苦しい雰囲気が漂い、立ち入り禁止となっている。
襲ってきた盗賊の遺体も回収されたが、身元はわからなかった。遺体の所持品に解毒薬もなく、宮廷医師でもレオナルドが何の毒に侵されたのかわからず、手の施しようがないという。
そこで、同行していたヘイズ子爵令嬢アイリスが王城に呼ばれ、詰問されることとなったのだ。
「さて、何か申し開きはあるか?」
貴族たちが居並ぶ謁見室において、国王が口を開く。
アイリスが初めて見る国王は、黄金色の髪に濃い青色の瞳で、顔立ちもレオナルドによく似ていた。まるでレオナルドがそのまま年を重ねたかのようだ。
すでに国王の口調は、アイリスが犯人と決めつけているようだった。
高い場所に設けられた玉座にどっしりと腰掛ける国王の隣には王妃の席があり、一段下がった場所にはジョナスとカトリーナの姿もある。
人の悪意に敏感なカトリーナが、このような場所に来てもよいのだろうか。アイリスは心配で、己の立場も一瞬忘れて、はらはらとしてしまう。
国王の側には、ひっそりと影のように控えるブラックバーン公爵の姿もあった。
アイリスは王都に戻ってきてから、軟禁状態となっている。
乱暴な扱いは受けていないが、押し込められた部屋から出るのはこれが初めてだ。
この場も事情を尋ねるという名目ではあるが、実際は断罪の場と言えるだろう。
「盗賊に襲われ、レオナルドさまは私をかばって毒矢に倒れました。私などのためにと、大変申し訳なく思っております」
アイリスが答えると、国王が片手を挙げて合図する。
すると、アイリスの前に短剣と小瓶が運ばれてきた。ヘイズ子爵から送られてきて、視察に持っていった物だ。
短剣は御者の血を吸った際の汚れが付着し、小瓶の底には紫色の液体がわずかに残っている。
「それらは、そなたの物で相違ないな」
「……はい」
素直に答えると、周囲からざわめきの声が上がった。
血の付いた短剣と毒々しい液体の残る小瓶とくれば、真っ先に思いつくのは毒殺だろう。
「まあ、何という恐ろしいこと! まさか王太子殿下を毒殺しようだなんて……!」
甲高い叫び声が響いた。
聞き覚えのある声だとアイリスが視線を向けると、ストロベリーブロンドが目に入ってきた。ストレイス伯爵令嬢デラニーだ。
デラニーは口元を扇で隠しながら、目を見開いている。その扇の下には、歪んだ愉悦が浮かんでいることが明らかだ。
「ですが、盗賊に立ち向かうために使用したのです。レオナルドさまに短剣を向けることなど、しておりません」
デラニーを無視して、アイリスは続ける。
「そんなこと、口では何とでも言えるわ! 実際に、王太子殿下は毒に侵されて生死の境をさまよっていらっしゃるわ! お前がやった以外にありえないでしょう!」
激昂したデラニーが叫ぶ。
一介の貴族令嬢にしか過ぎないデラニーが割り込んでいるのだが、それを咎める者は周囲にはいない。国王と王妃すら、何も言わなかった。
まるで、アイリスを追い込むための茶番の断罪劇だ。
「……アイリスさまが、お兄さまの命を狙うなど、ありえません。あれほど仲睦まじく、愛し合っているお二人が……!」
そこに、カトリーナが青ざめた顔をしながらも、精一杯声を張り上げた。
この場で唯一、擁護しようとしてくれるカトリーナに、アイリスは胸が温かく、そして苦しくなる。
カトリーナは相当な無理をしているのだろう。顔色は悪く、声は震えている。それでも、アイリスのために力を振り絞ってくれているのだ。
凜と背筋を伸ばすカトリーナは、気高い王女そのものだった。
「確かに、王太子殿下はアイリス嬢を溺愛していたな……」
「たとえ愛妾でも、元平民ならば相当の出世だろう。わざわざ、それを捨てることは……」
カトリーナの必死な姿に心を打たれる者もいたのか、やや風向きが変わる。
アイリスに王太子を殺す理由があるのかと、疑問に思う声がいくつか上がった。
「……私も、私の侍女であるアイリス嬢を信じたかったわ」
王妃の声が響き、謁見室が静まり返る。
貴族たちの視線が王妃に集中する。それを受け止めると、王妃は悲しげにアイリスを見つめた。
「二人は本当に仲睦まじく、幸せそうに見えたのですもの。でも、アイリス嬢にはレオナルド殿を憎む理由があることを、知ってしまったわ。ああ……何ということかしら……」
静かに語り始める王妃の言葉に、わずかなざわめきが起こった。
どういうことだと、囁きが交わされる。
「アイリス嬢は、断絶したフォーサイス侯爵家の庶子だったそうね。かつてレオナルド殿の婚約者候補であり、彼が直接命を奪ったジゼル嬢の妹だとか。アイリス嬢にとって、レオナルド殿は大切な家族の仇。家族の無念を晴らすため、レオナルド殿に近付いたのでしょう?」
完璧な真実が、王妃の口から放たれた。
何一つとして申し開きのしようのない事実に、アイリスは唇を引き結んだ。
6
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた
桜井ことり
恋愛
そもそものはじまりは、
婚約破棄から逃げてきた悪役令嬢が
部屋に閉じこもってしまう話からです。
自分と向き合った悪役令嬢は聖女(優しさの理想)として生まれ変わります。
※爽快恋愛コメディで、本来ならそうはならない描写もあります。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる