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29.王家の使者

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 コーデリアはジェナとミミを伴って、王家の使者に会う。
 王家の使者は三十過ぎほどの無表情な男性で、おそらく貴族だろう。どことなく、尊大さが漂っている。
 キャンベル伯爵のときとは違い、喚いたりごねたりすることもなかったので、使者は応接室に通されていた。

「コーデリアさまですね。お会いできて光栄です。さて、早速ですが、平民が魔力を発現させたと報告がありました。現在、魔力を発現させた平民は、国が管理することになっております。迎えにまいりました」

 使者の言葉に、ジェナとミミがびくりと身をすくませる。
 前世のリアが知る養成所のようなところに送られるということだろうか。
 もしかしたら、当時から国が全て管理していたのかもしれない。一介の教師に過ぎないリアは、背後の関係をよく知らなかった。

「どうやら、行き違いがあるようですね。私が魔力を発現させた話が、曲がって伝わってしまったのでしょう。ちょうど覚醒したばかりで、うまくコントロールできなかったのです」

 落ち着き払って、コーデリアは答える。
 キャンベル伯爵たちに魔術を使ったのは、コーデリアという設定だ。
 いざとなれば、稀に発現した事例ということにするつもりだったが、そうなればジェナとミミが連れて行かれてしまうらしい。それは避けるべきだ。

「なるほど。それでは、コーデリアさまの魔力を測定させていただけますか?」

 使者はコーデリアの言葉に疑問を返すこともなく、受け入れたようだ。
 問いかけにコーデリアが頷くと、使者は測定器を取り出した。
 クライブが用意してくれたものと、ほぼ同じもののようだ。
 手に持ってボタンを押すと、十段階ある目盛りの八つ目まで動いた。また、少し増えたらしい。

「おお! これは素晴らしい……! 覚醒したてでこれとは……!」

 使者が目を見開き、感嘆の声を上げる。

「……これは凄いのですか?」

「もちろんです。一般的な貴族は三つ目程度でしょうか。ただ、これは簡易的な測定器なので、詳しいところまで測定できないのです。そこで、コーデリアさまには王都で詳細な測定を受けていただきたく存じます」

 思ったよりも、貴族の魔力基準というのは低いようだ。
 だが、それよりも王都に来いという内容のほうが驚きで、コーデリアは一瞬言葉を失う。

「……王都に?」

 ややあってから、呆然とした声がコーデリアの口から出る。
 しかし、使者はそれも予想していたのか、落ち着いていた。

「キャンベル伯爵家では、不遇の扱いを受けていたそうですね。ご安心ください。キャンベル伯爵家は、コーデリアさまに対する仕打ちへの処罰を受けております。今後、彼らがコーデリアさまに接触することはないでしょう」

 さらなる驚きの内容に、コーデリアは唖然とする。
 王家によって、キャンベル伯爵家に対する処罰が下されたということだろうか。
 そのうちキャンベル伯爵による報復があるかもしれないと思っていたが、その心配はなくなったらしい。
 だが、そこまでの便宜を図る理由は何だろうか。

 これまでコーデリアがキャンベル伯爵家で虐げられているときは、王家は見向きもしなかった。
 魔力なしの出来損ないだが、王家の血を引いているということで、褒賞として戦争の英雄であるクライブに与えられたのが、せいぜいだ。
 そこまで考えて、魔力が発現したからかとコーデリアは思い至る。

「……今さら、王都に行ったところで何があるというのですか。私はアーデン男爵夫人です。この地を離れる気はありません」

 コーデリアは、王都に良い思い出など何もない。
 ここアーデンの地に来て初めて、コーデリアは人の優しさを知ったのだ。

「そう気負わずともよろしいのです。ちょっとした旅行に行く程度だとお思いください。終われば、王都の土産を手に戻ってくればよいだけです」

 安心させるような使者の言葉だが、コーデリアには胡散臭く感じられる。
 そう簡単に帰してくれるだろうか。
 コーデリアがどう言えば拒絶できるだろうかと考えていると、使者はジェナとミミに視線を向けた。

「それでは、念のためにそちらのメイドたちにも魔力測定をしてもらいましょうか。報告では、メイドたちが魔術を使ったとありましたからね」

 使者がのんきな声でそう言うと、ジェナとミミが後ずさりする。
 魔力測定をされては、魔力が発現していることが明らかになってしまう。

「まあ、私としてはそのような面倒なこと、わざわざする必要はないのです。コーデリアさまさえ王都にいらしてくださるのなら、些末ごとですから」

 コーデリアが王都に行くのなら、二人のことは見逃すということか。
 いわば、これは取引だ。

「……わかりました。王都に行きます。でも、その前に旦那さまにご報告を……」

 クライブならば、何か上手い手を考えてくれるかもしれない。
 そう思い、一縷の望みを託そうとする。

「アーデン男爵でしたら、緊急の用件で留守にしているはずですよ。私も戦争の英雄であるアーデン男爵にご挨拶できないのは残念ですが、仕方がありませんね」

 ところが、望みはばっさりと絶たれた。
 しかもこの口ぶりだと、緊急の用件とやらも王家側が作り出したものではないだろうか。
 邪魔されることなくコーデリアを連れて行くための周到さを感じる。

「測定結果によっては、コーデリアさまが王族の一員として認められる可能性もあります。そうなれば、アーデン男爵にとっても名誉なことです。何も心配することはございません」

 使者が言えば言うほど、コーデリアには不安が募っていく。
 しかし、抗うこともできず、コーデリアは使者と共に王都に向かうことしかできなかった。
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