精霊たちの献身

梅乃屋

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本編

14:かまってちゃん

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「エヴァが足りない…」

 そう言って私を抱き締める、アウラヴィータ王国レオナルド王太子殿下。

 その日、彼は昼前にやって来るなりいきなり私を膝上に乗せて甘えて来た。

 輝く青い瞳、真っ直ぐな高い鼻梁に薄らと口角の上がった形のいい唇。美しいダークブロンドの髪を靡かせる我が国の王太子は令嬢達の憧れの君。

「気分の乗らない仕事だからと言ってここへ逃避するのはお止めになったら?」
 紅茶を啜る私の首元に顔を寄せ、匂いを嗅いでくる王太子。憧れの君は実に軟弱だ。でも可愛いのでどうしても絆されてしまう。

「エヴァ、逃避ではないぞ?仕事前の英気を養いに来たんだ」
 ちゅうぅと首筋に吸い付くレオナルド。変な声が出そうだからやめて。

「んん!ではそろそろ行かれたらどう?」
「まだ…もうちょっと」

 私を抱き寄せ軽くキスをして唇を啄んだ後、強引に舌を入れ込み歯列を舐め回す。
 大きな手で体のラインを摩りながらお互いの舌を絡ませ、唾液が顎を滴らすまで続ける。

 昼間から興奮する訳にもいかず、私は彼の厚い胸を押して制止した。

「もう十分でしょう?お時間来ますよ?」
「エヴァ好き。もっとしたい。本当は一日中繋がりたい」

 欲情すると少し幼くなる我が婚約者。昔から彼のおねだりには弱い私がいる。
 うっかり続きを受け入れそうになった瞬間、扉を蹴破る勢いで乱入してきた彼の側近。

「殿下?いつまで待たせる気ですか?アラゴン王国の方々はもうお着きですよ?」
 冷静に喋ってはいるが、こめかみの血管がブチ切れそうな程浮き出ているグレゴリオ。静かな怒りってすごく怖いわ。

 背後に悍ましい殺気を纏うグレゴリオに恐れをなしたレオナルドは、慌てて立ち上がった。

「グ、グレゴリオ?すぐに行くからとりあえずその殺気をしまってくれ。エヴァが怖がるじゃないか」
「貴方がきちんと公務を熟すのならば、いつでも仕舞いますよ?」

 グレゴリオはそう言って神経質そうな指で眼鏡をクイと上げる。レオナルドにはこの位不遜な男が丁度いいとしみじみ思う。
 そして一緒に立ち上がった私をぎゅっとハグして頬を擦り合わせるレオナルド。

「じゃあ行ってくる」

「えぇ。がんばってね、レオ」

 本当に気が進まない仕事のようなので、元気づけに私からキスを送った。

「………………っ!」
 パァぁぁ!と花が咲いたように笑顔を見せるレオナルド。

 その顔を見たグレゴリオは一言、
「殿下、その緩んだお顔を王太子面に切り替えてください」
「あ、…………うむ!」

 キリ、とモードを切り替えやっと仕事へ向かった。



 ◆



 レオナルドが退室してやっと静かになった、私の部屋。
 ぼちぼち仕事が減って来て、そろそろ実家の領地へ戻れそうな状況になり私の心も落ち着いた。

 何よりも

『ねぇねぇエヴァ見てー?』
 可愛らしく話しかけて来たエレメンピンク。

 彼女は小さな花を頭に飾り、嬉しそうに自慢する。

「うふふ。可愛いわね。ピンクにすごく似合っているわ」
『えへへ。でしょぉ?』
 小さな頬を赤らめ花飾りをいじるピンク。

 最近の彼女は自分を着飾ることに夢中だ。
 今日のように可愛らしい花をつけたり、綺麗な石をぶら下げたりする姿は見ていて和む。
 お陰で激務だった仕事も捗るという相乗効果もある。

 面白いことに、エレメンジャー結成時に大地の子の服や髪色をピンクに変えて貰ったら、他の大地の子もピンクに変える子が増えた。
 個であり全である精霊達は情報を共有している。
 感覚も共有しているのか、大地の子達のオシャレ率も上がって来ているようで微笑ましい。

 どういう取り決めかは分からないけど、エレメンジャーのメンバーひとりは必ず私の傍にいる。
 イエローは常に私の肩にいるから数に入れていない。何しろ私が生まれた時からずっと傍にいてくれている子だからね。

「前から不思議だったんだけど、精霊は魔力を対価に魔法を出したり願いを聞いてくれたりするでしょ?私は魔力を持っていないのに何で付いてくれているのかしら?」
 選ばれた魔術師や王族は魔力がある。だから精霊が付いて魔法が使えたりするけど、私にはない。

『ん?エヴァはお菓子をくれるよぉ』
 ピンクがタルトのクリーム部分を舐めながら答えた。

「え?お菓子でいいの?」
『うん。それに姿も見えるしぃお話も出来るから♪』
「あーそうか。でもイエローはまだ見えてなかった頃から付いてくれていたけど、何でかな?」

 肩でのんびりしているぽっちゃりイエローに声をかけると、むくりと起きて伸びをする。
『エヴァの傍が気持ち良くてついてた。それに魔力の代わりにこっそりお菓子をもらってた…』

 てへ♡と照れ笑いをするぽっちゃりイエロー。
 ちょっと待って?魔力の代わりにお菓子を貰ってくれていたって…!

 もしかして、そのぽっちゃりの原因はお菓子?!
 私に魔力がないせいで、ぽっちゃりになったのかも!

「なんか、ごめんねイエロー。私に魔力がないばかりに…」

 イエローは何故謝られているか分からない様子でキョトンとしていた。
 触れないけど撫でる仕草をすると、嬉しそうに頭を傾けてくれたので頬擦りもしたら、他の子もして欲しいと寄ってきて皆んなにしてあげた。
 ふふふ。モテモテよ♡

 そんな日々が続き、やっと仕事が一段落して実家の公爵領へ一時帰宅できるようになった。
 侍女が支度を整えてくれるのを嬉々として手伝い、領地のお土産リクエストを離宮の人達に聞いて回った。

 勿論侍女は数人一緒に行ってもらうが、実家にもいるので二人に絞ると伝えると、お供権争奪戦が勃発した。
 嬉しい争いだけど、平和的かつ公平にするため結局あみだくじで決めさせてもらった。

 セルダ公爵領は、かつては独立国だっただけにこのアウラヴィータ王国にとっての経済効果は大きい。
 更にこの大陸最南端に位置するため、漁業や貿易も盛んで新鮮な魚介類が食べ放題という観光地としての人気も高く、侍女達が行きたがるのも頷ける。

 南の内海を挟むと南大陸のアラゴン王国があり、そこから流通してくる貴金属は価格の割には質が良い。…そういえば使節団が来ていたな。

 私は久しぶりの故郷へ胸を膨らませ、子供のように興奮しながらも朝を迎えた。



「おはようエヴァ。今日も美しいな」
 ご機嫌なレオナルド殿下がお見送りに来たと思っていた。

「さぁ行こう。汽車の時間に間に合わなくなるぞ?」
 手を取り馬車へエスコートしてくれるレオナルド。駅までお見送りだと思っていた。

「エヴァは特等席だからこちらのゲートだろう?」
 私の隣を歩き、汽車のコンパートメントまでついてくるレオナルド。

 お見送りだと……

「さすが特等席だな。広くて快適そうだな?エヴァ」

 まさか。

「レオ?まさかと思うけど、一緒に来るの?」
「当たり前だろう?俺はエヴァの婚約者だよ」

 何で?!
「こ、公務は!」
「済ませた。グレゴリオも了承済みだ。急ぎの案件は魔法で飛ばしてくる手筈だ」

 ドヤ顔で特別仕様のコンパートメントのソファへ座り込む我が婚約者殿。
 貴重な魔術師の魔法をそんなことで使うなんて!

「二人きりの列車旅だ。楽しみだね、エヴァ?」


 マジか…………。


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