マリーゴールド

Auguste

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第1幕 プロローグ

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月曜日の朝、目覚ましが鳴ってる。
まだ横になっていたいが、無理矢理体を起こし、目覚ましを止めた。

行きたくない。
今日からまた仕事だ。

休みの日は家で横になりながら映画を見る。
友達と呼べる人も恋人もいないため、特に外に出る用事もない。
そして月曜日を迎えて、5日間仕事をする。
この繰り返しだ。

近くに置いてあるタバコを取り、一服する。
最近タバコを吸ってるときが一番落ち着く。
そのせいか、灰皿はもう一杯だ。
俺が今吸っているタバコはジャルムスーパー。
タール40mgあるタバコだ。
恐らく売られているタバコの中で1番高いタールだと思う。
以前はセブンスター、ホープ、ハイライト、ピース(20)を吸っていた。

そう……。
タールがどんどん高くなっているのだ。
タールが高くて少しクラってしたほうが、幾分気が楽なのだ。

タバコを咥えながら洗面台まで行く。
少しだけ出した水を灰皿にかけ、吸殻を捨てた。
こんなに吸っているんだ。
しっかり処理しないといつ火事になるかわからない。

部屋の隅に目がいく。
そろそろゴミを出さなきゃな。
面倒くさくて出していなかったため、パンパンになったゴミ袋が3つもある。
タバコの吸い殻や生ごみが混ざった匂いがして、少し臭い。

タバコを吸い終えたら、朝食の準備をする。
ご飯はあまり食べない。
去年から食欲をほとんど無くしてしまったのだ。
身長は約170cmぐらいだが、今は50kg。
恐らく去年から5kg以上痩せたんじゃないだろうか。
朝食は半熟の目玉焼きとソーセージを焼いて、フライパンに乗せたまま食べる。
これで俺の朝食は終わりだ。
そのあとは医者から処方された安定剤等の薬を飲む。
今飲んでるのは3種類だ。
通い始めたときには1種類だったが、良くならず増えていった。
次行く時は1種類増えるか、薬のmgが増えるかだろう。

薬を飲んだ後、スーツに着替える。
入社して3年目。
黒のスーツで夏用2着、秋と冬用に2着。
ネクタイは無地の紺色、青色の縞模様と飴玉模様の3つ。
入社3年目だが、Yシャツ以外一度も変えてない。

パッとしない安物のスーツだが、今の月給でスーツまで買う余裕はない。
特に拘りもないため、これでいいと思ってる。

大学卒業後に高校の同窓会があった。
その時に
「安いスーツ着てんなー」
と言われた言葉を思いだす。

自分はこれで良いと思っていたが、突然言われたため、少しイラっとしたことがあった。

たしか三重ミエなんとかっていう名前だったな。
あの三重グループの跡取りってことは覚えているんだが……。

着替え終えてから、もう一度タバコを吸いながら思いだそうとした………が、やめた。
思い出せないってことはたいして仲がよくなかったんだろう。
これから地獄に行かなきゃいけないのに、くだらないことでストレスを溜めたくない。

高すぎるノルマ、嫌な上司や先輩社員。
勤務時間が9時~18時までの8時間。
だが、残業が4時間ぐらいあり、残業代無し、安い月給。
インセンティブで稼げるようになっているが、数字なんて簡単にあげられない。
まさに地獄だ。
今時化粧品の訪問販売なんて……。
詐欺や感染症が流行ってる時代にそう簡単に売れるわけがない。
就活時代に戻れたら、その時の俺を殴ってやりたい。
営業部兼総務部部長の日東ニットウ部長は、俺の母さんと学生時代からの仲だ。
就職活動で30社も落ちた俺に紹介してくれたけど……。
入社前に聞いてた条件と違うじゃないか!
もし本当のことを知っていたら、入社せず地道に就職活動をしていただろう。

タバコを潰し、重い腰を上げて外に出る。
あと50分後ぐらいには地獄にいるのか。
職場は恵比寿で、駅から徒歩5分ぐらいで着く。
俺が住んでいる巣鴨からだと、電車も含めて30分ぐらいだ。

だが、その30分ですら最悪だ。
只でさえ仕事の事で憂鬱だというのに、電車は割と混んでいる。
自分が早く座りたいからと、よく知らないおばさんやおっさんにタックルされるのだ。
俺はここで疲れるのも嫌だし、いい歳してこんな椅子取り合戦に参加したくはない。
椅子の取り合いの結果、オッサン2人が喧嘩してるのを見てアホらしく感じたことがある。

今は6月13日。
少し暑くなってきたし、雨も降ったりするからかなり蒸し暑い。
乗る電車によって冷房の強さが違うことがある。
今日の電車は弱冷房のようだ。
温度をもっと下げてほしい……。
そう思いながら額から汗を流した。
 

恵比寿駅に着いた時には、一気に体力を持ってかれた。
電車もそれなりに混んでたし、暑くて汗を多く流したからだ。
ヘトヘトになりながら、駅の近くにある喫煙所で一服する。
これがいつものルーティンだ。
ここで1本吸って、少しではあるが心を落ち着かせる。

1人騒がしいやつがいるが………。

「よ! 小田オダ!」
同期の木原キハラ美喜男ミキオだ。
「俺は美しく、人を喜ばせる男だ」をキャッチフレーズにしてる。
騒がしくて能天気なやつだ。
一般社員でタバコを吸ってるのは、俺と木原だけ。

「おはよう。木原」
適当に返して、タバコを一吸いする。

「最近大丈夫か?元気なさそうだし、また痩せたんじゃないか?」
木原が心配そうな顔で俺を見る。

「大丈夫だよ」
実際大丈夫ではなかった。
胃痛が酷いし、飯も喉を通らない。
情緒不安定になることがよくあり、顔も酷い状態だ。
頬がこけてしまっている。

「そうか。まあなんかあったら相談してくれよ」

「ありがとう」と言ったものの、内心余計なお世話だと思っていた。
同期のくせに成績1位だからって上から目線か?
新規の客を取る度に、わざわざ俺に自慢してくるくせに。

「そういえば最近、彼女とはどうなんだ?」
いきなり木原が聞いてきた。

「特に何も……。いつもと変わらず」
この会話は去年からしてる。
本当は去年の6月に別れたのだ。
あのときの光景が今もトラウマで、夢にも出てくる。
口にも出したくない。
それに話をしただけで笑われるだけ。
いい恥晒しだ。
簡単には信用できない。

「たしか……同棲はしてるんだっけ?」

「してないよ」
あっさりと嘘をついた。
実は別れる前はしてたんだ。
付き合ってたときも、あまり彼女のことは話してなかった。
写真を見せたことがあるぐらいだ。

「木原はどうなの?」
面倒くさくなってきたので、奥さんの話を聞いてみることにした。
木原はいいよな。
同い年なのに結婚できて……。
俺なんてこんな有様だ。

「んー。まあまあかな」 
「この前少し喧嘩しちゃったけど、なんとかなったし」

「そうなんだ。喧嘩って何かあったの?」

「飲み会の時に草尾クサオ係長とキャバクラ行ったんだけどさ」
「隠してたキャバ嬢の名刺を見られてキレられた」
「もう一生行かないって言ってなんとか収まったよ」
「アサちゃん、可愛かったんだけどなー」
係長のお気に入りだろ。
ずっと話してるから、その名前は耳にタコだ。
木原も奥さんいるんだから断ればいいのに。

「そういえば小田は前の飲み会来なかったよな?」
「用事でもあった?」
飲み会誘われてないと俺は思った。

草尾係長。
よくドラマで出てきそうな嫌味な上司。
俺はスカンク臭男クサオと心の中で呼んでる。
実際に体臭も息も臭い。
それにあの臭男係長とは仕事後も会いたくないし、誘われていないことは気にしない。

「うん。少し用事があった」
俺が残業させられてること知っているだろう?
わざと聞いているのか?

「そうか。夜は彼女とどっか行ったのか?」
結局話しが戻ってしまった。

「…………」
俺は無言になり、話を流して時計を見た。
「あっ、もう時間だ。行くか」と立ち上がる。

木原も時計を見て
「そうだな。のんびりしてたら遅刻しちまうしな」
木原も立ち上がり、喫煙所を出た。



会社に近づく度に、胃が締められるように痛くなる。

会社は7階建のビルの中で、4階にある。
木原が扉を開きながら
「今日も張り切って仕事するか!」
と木原が先にエレベーターに入った。
よくこんな仕事で張り切れるのか……。
疑問だ。

草尾化粧品。
創業30年以上の中小企業だ。
主にスキンケア系の化粧品を取り扱っている。
商品の製造は委託先の工場にお願いしていて、できた製品を俺らが売るわけだ。
本社の4階には営業部と総務部。
5階では開発部が製品を考えている。
支店は大阪と鹿児島。
計100名以上の会社だ。
ただ、昔のやり方にこだわっていて、ひたすら訪問販売の体育会系な社風だ。

「おはようございます!」
2人で挨拶したが、木原の馬鹿でかい声で俺の声は掻き消される。

俺は打刻を押し、机に向かうとスカンクがこっちにきた。

「小田 。休みはどうだった?」
相変わらず臭い。
どうしたらここまで臭くなれるのかがわからない。
ある意味可哀想になってくる。

「特に何もしてないです。家にずっといました」

「そうだよな。友達いなそうだもんなお前」
じゃあ聞くなよと思った。
相変わらず嫌味なやつだ。
しかも臭い。

「よかったな」
「うちの会社は土日祝日休みで、どんなに数字やってなくても休めるんだからさ」
臭男がホワイトボードをチラチラ見ながら言った。

社内の成績は俺が一番下だ。
この朝からの嫌味は毎週月曜日聞いてる気がする。

「さあ、今週こそは数字を上げれるかな~」
スカンクが去って行った。

このままではダメだって俺も実感はしている。
別にサボっているわけではない。
なんとか表情や声色を変えようとしたり、上手く製品の良さを説明するために知識だって身に付けたんだ。
なのに……。
何故か上手くいかないんだ……。

少しして、朝礼が始まった。
朝礼は部署毎に行う。
スカンクが言うことは大体決まっている。
録音してそれを流せばいいんじゃないかと思うほどだ。
「数字を早く上げろ」
「他の支店には負けられない」
「成績悪いやつは死物狂いでやれ」
こんな感じだ。
最後は俺に対してだと思う。

終わった後は皆、外回りに向かう。
それぞれ違うルートで営業していくのだ。
もちろん既存のお客さんにもだ。

1位は他の先輩を差し置いて木原だ。
お客さんとも仲良くしているらしい。
2位は蝿川ハエカワ先輩。
暗い雰囲気だが、頭が切れる先輩で、説明がとてもうまい。
体育会系の木原とは全く真逆だ。
入社した時に仕事を教えてくれた人だ。
だが、社内の人間に対してねちっこくて正直苦手だ。
木原が毎回戻る度に、自慢げに数字の話をするから嫌っているそうだ。
以前に歯を食いしばって、憎しみのこもった表情を見たことがある。

俺は資料をまとめて、今日はどの辺りを周るか決める。
そしたらまた、スカンクが来た。
頼むから勘弁してくれ……。

「今日こそちゃんと数字やってくれよ?小田」
「ビリなんだから他の人の倍はやらないとな。これもあとでやっとけよ」
大量の資料を机に置かれた。

「はい……」と小さく返事をし、荷物を持って会社を出る。

外回りから戻って資料をやると、家に帰るのも23時過ぎになる。

一回資料やるために外回りを早く切り上げて戻ったことがあったが、
「なんでこんな早く戻ってきてんだ!」
「資料なんか後でやれ。まずは数字を上げろ!」と怒鳴られた。

逆に遅く戻ったら
「早く資料終わらせろ!」と怒鳴られる。
どちらにしろ怒られるのだ。

ある時、「この量だと今日中に終わらないです」と少しだけ反論したことがあった。

しかし、「成績が伸びないお前に仕事やってるんだ。感謝しろ」
「これぐらい早く終わらせればいいだろ?残業代でないんだからさ」
と言い返されて、もう何も言う気力はなくなった。
それからずっとこの調子だ。

今日もめぼしいところを周ったが、大抵は居留守だ。
電気が点いてるのが丸見えだし……。

インターホン越しで出たとしても「恐れ入ります。私……」
「結構です」ガチャっと切られる。
まだ社名も用件も言っていないのに……。

用件伝えて出てくれたとしても、でかい声で「結構です」と言われ、ドアを思いっきり閉められる。
インターホン越しで断られた方がまだマシだ。
ただの嫌がらせだ。

会社にいるよりかはいいが、これもかなり精神的にくる。
まともに話を聞いてくれる人なんてほとんどいない。

いつもの外回りはこんな感じだ。
昼は安いうどんのチェーン店で軽く済ませて、また外回りに行く。
戻ったら臭男に嫌味を言われ、資料を夜遅くまでやる。

一般社員の中で唯一会社の鍵を渡されており、裏で夜の番人なんて言われてるぐらいだ。

転職も考えているが、この実績じゃ拾ってくれる会社はどこもない。
力仕事や技術職も考えたが、体が弱く、学生時代音楽ばかりやってきた俺に向いてる仕事じゃないし、長く続かないだろう…。
音楽やっていたとは聞こえはいいが、それほど上手いわけでもない。
むしろ下手だ。
そっちの道でも上手く行ける気がしない。
しかも母さんの紹介で入ったんだ。
簡単に辞めるわけにはいかない。

この繰り返しの日々、死にたくなってくる。
最近そんなことばかり考えてしまう。
ただ死ぬ勇気があるわけでもないし、親や妹に迷惑をかけてしまう。
自宅での自殺や電車への飛び込み、ビルからの飛び降りの慰謝料は家族が払うハメになる。
樹海での自殺は行方不明扱いになり、余計に心配をかける。
何か自然に死ねる方法があれば……。
いっそのこと楽なんだが……。


結局誰にも営業させてもらえず、会社に戻った。
臭男に報告しようとしたが、
「大丈夫!わかってるから」
「さっさと資料やれ」
黙って席に戻り、資料をやる。

定時を過ぎてひとりぼっちになった。
この時間はいつも音楽を聴きながら仕事をする。

最近のお気に入りはブルータルデスメタルだ。
デスメタルの一種で、重い演奏にガテラルデスボイスというデスボイスで歌っているものだ。

その声はよく豚の鳴き声だとか下水道ボイスだとか言われており、正直何を言ってるかわからない。
歌詞も気にしたことがない。
ただこれを聴くと仕事が捗るし、気分が落ち着く。
俺は変わっているんだろうか?
それともおかしくなっているかだ。



時計を見るともう22時だ。
いつもより早く終わらせることができた。

帰りの準備をしていると、電話が鳴った。
マナブからだ。
久々だなと思い電話に出る。

佐藤サトウマナブ
小学生の時からの幼馴染で、たった1人の親友だ。
最近連絡もしてなかったが、どうしたのだろう?

「久しぶり。何かあった?」

「久しぶり……。お前ニュース見たか?」
声が暗かった。
普段から明るいやつなのに、何かあったのか?

「見てないよ。今仕事終わったばかりだし」
「最近映画ばかりでニュース自体あまり見てないな」

「そうか………。まだ見てないのか」
「ショックかも知れないけど、よく聞いてくれ」
ショックなこと?
一体何が起こったんだ?

綾葉アヤハが殺された。彼氏と一緒に……」
大沢オオサワ綾葉アヤハ
俺の元カノだ。
高校時代は俺と学と綾葉で同じ部活に所属していた。
付き合ったのは、俺が大学4年の時だった。

「へー。そうなんだ」
当然の報いだと思った。

あいつの新しい彼氏。
名前はわからないが、ホストで源氏名は確か………ライトだったような。
悔しいがイケメンだったからな。
他のホストの妬みとか女関係とかじゃないのか?
それか、綾葉は嘘つくやつだったから、それが原因かもしれない。

付き合ってたころにベロベロで酔っ払って帰ってきたことがあった。
どこに行ってたかを聞いたら、はっきりと「ホストへ行った!」と。

俺は当然怒ったが
「別に浮気じゃないし」って逆ギレされて、俺がホストに行くのを許してしまった。
「ライト君ってちょーイケメンで……。」
酔っ払う度に、綾葉から聞く話が苦痛でしかなかった。
それでもあいつのことが好きで喧嘩もしたくなかったから、黙って話を聞いてたっけな……。
それで捨てられるなんて笑い話でしかない。

「へーそうなんだじゃないだろ!」
「元カノが殺されたんだぞ!」
「元カノじゃなくても学生時代の友達だろ!」

「………。」
俺は黙ってた。

「確かにお前は酷い仕打ちを受けたとは思うけど……」
どうでもいい。
あの裏切り者がどうなろうと知ったことではない。

「ただ………。問題はその殺され方だ」
学が話を続ける。
正直あいつら関係の話はもうしたくない。

「脳みそを抜き取られてたんだ。」 

「え……?」
耳を疑った。
大抵殺人といえば包丁で刺されたとか、ロープで首を絞められるとかだ。
そんな猟奇的な事件はフィクションの世界のみだと思っていた。

「かなり恨みをもっての犯行だとニュースで言われてる!」
「お前警察に疑われそうだから気をつけろよ」

「なんでだよ」

「ほら……その……」
「元カノと酷い別れ方してるからさ」
「疑われるんじゃないかと思って……」

「そうだな。気をつけるよ」

「もしかしたら葬式もやるかもしれない」
亜蘭アラン君が今日、家に来たんだよ」
綾葉の弟だ。

「まだ警察から死体が戻って来ないらしいけど……」
「また何かわかったら連絡するよ」

「わかった。じゃあな」
俺は電話を切った。

最悪だ。
勝手に出て行って、俺を拒んで、勝手に死んで……。
それで俺が疑われるかもしれないなんて……。
弔いなんかしたくもない。
俺は帰り道も憂鬱な気分になった。
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