戦う聖女さま

有栖多于佳

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サトウメグミの一生

エピソード31 その1

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「大変お騒がせしております、この度市長選挙に挑戦しております、佐藤めぐみでございます。

まずは私を知って頂きたい。そして、私にこれからのこの市の未来のお手伝いをさせてください。



私は、頑張って頑張って頑張って頑張って、数多ある問題を一つずつ解決していきます。



それと同時に、毎日を社会で、家庭で、学校で、コミュニティーで、頑張って頑張って頑張って頑張って、働いている皆さまに、『あなたは本当に良く頑張ってますね。でも、無理しすぎていませんか。疲れたなら休んでも良いんですよ』と、気付いて労れる、そんな社会にしていきたい!」



大盛況の演説会は、多くの支援者の熱気に包まれ、大きな声援と拍手が鳴り響いていた。



地元の第一地銀の営業職を辞めて、4選を目指していた祖父より年上の現役市長に挑戦するのは、若干30歳になったばかりの佐藤めぐみであった。



彼女は、出生県ではない地域にある国立大学を奨学金で卒業し、その地元銀行に就職したごく普通の女行員だった。

ただ一つ違ったのは、彼女が猛烈な融資額を毎年毎年叩き出した、優秀な銀行ウーマンだったことから話は始まった。



「佐藤さん、今期も絶好調ですね。また頭取との優良行員懇親会に呼ばれたそうですね」

営業職の親睦を目的としたランチ会で、2年後輩の彼女が喜色のある声でそう言ってきたので、



「ええ、お世話になっている企業の社長さんのおかげですよ」

飲もうと手に持っていたお椀から立ち上がる湯気で黒縁眼鏡を曇らせながら、声の方に顔を向けていつものように控え目に答えた。



「やっぱり女ってだけで工場の社長さんちのウケが良いんだから羨ましいよな」



すると、端の席に座っている同期の男性行員が下卑た笑いを含んだ声で、あからさまに性を売り物にしているようなことを言い出した。



が、こんなことは年中行事で、喫煙所で、休憩室で、ロッカールームでコソコソと繰り広げられる悪意のある根拠のない噂話に、いつかガツンと言ってやろうと心に決めていためぐみは、ここぞとばかりに口元を弧にして、



「はは、本気で言ってます?本気ならセクハラでコンプラ違反でお話させてもらいますよ」

手にしたお椀を置いて、姿勢を正して彼に向かい、真面目な声色で返事をした。



「イ、イヤイヤ、じょ、冗談ですよ冗談。あ、気に障ったならすみません。あ、あの、じゃ、じゃあどうしたらそんなに融資相談がやって来るんですか?」

先程までのちょっと下に見た雰囲気は急に霧散して、焦った様子で質問の呈を取った。



その様子に内心、(ケッ小者が!)と悪態をつきつつ、表面は至極真面目な様子で、



「あなた、本気でそれ聞いてます?真面目に担当企業を回って、話して、困っているところを探して提案して、一緒に頑張って行きましょう。私にお世話させて下さいお願いします、って頭を下げて歩くって、研修でやりませんでした?その基本通りに毎日毎月コツコツと積み上げて行くんですよ、信頼を。黙って口開けて座ってたら美味しい話が落ちて来ると思ってます?」



そう、ちょっと後半声を大きめにして、遠くの席の彼にキチンと届くように伝えたのだが、まあ、長テーブルの真ん中に座っているめぐみから、対面の端に座っている彼までの間には二人しか居ないので、普通の音量なら当然聞こえているのだけれど。



まあ、そんなでめぐみは配属支店が何処でも、移動した先でも、融資額トップを叩き出していたので銀行内では有名だった。

痩せ型で少しばかり女性としては背が高い、黒髪おかっぱストレートに黒縁眼鏡の地味な行員が、入って3年目、営業に部署移動してから連続でそんな成績を叩き出したのだから、同僚の妬みの的となっていた。



いや、別に本当に特別なことをしている訳ではなかったのだ。



窓口から営業に抜擢してくれた当時の上司が、めぐみの経歴に興味を持って『雑草魂ってヤツで成績を残してみろ』なんて言われて、(ああそうか、坊っちゃん嬢ちゃんには出来ないかもね)そんな感傷を持ちながら企業回りをしただけだった。



行った先では、『なんだ、今度は女を担当にしてウチを切るつもりかい』とか『嬢ちゃんの遊びに付き合ってらんないだよ』とか、それは厳しい洗礼を受けた。



「いや、私、嬢ちゃんなんかじゃありませんよ。寧ろ底辺育ちと言いますか、私、この地域にある児童養護施設出身ですし。塾に行くお金もありませんでしたから、学校と図書館で寝る間を惜しんで勉強した、雑草です!」

そんな不信感を露にしていた社長さんや奥さんたちも、私のこの告白を聞くと、目を見開き息を飲み、そして憐憫の表情を浮かべて、次からはちょっと優しくなって話を聞いてくれるようになるのだ。



「悪いこと聞いちゃったな」

「決めつけちゃってごめんなさいね」

「いえいえ、銀行員ってイメージで坊っちゃん嬢ちゃんに見えちゃいますよね。だからお気になさらず。ただお金の大事さは私は痛いほど理解しているので、ぜひ私に御社のお手伝いをさせて頂きたいのです」



この流れに乗って、二度三度と同じ企業さんを訪ね、お茶を飲んで話をし、工場を見学させて貰って、手直し箇所を探す、そう、これは私の鉄板ネタだ!掴みで心の柔らかい所に入って行けたら、次からはキチンとした仕事の話をすることが出来る、ネタはネタだが、嘘は一つもついていない。

仕事も丁寧にその企業を調べて融資額や返済期間、改善提案を伝えて、信頼を積み重ねていくだけだ。



私のプロフィールは嘘偽り無く、未成年の時にこの地域の施設に保護され、必死で頑張ってきた結果、一人で暮らしていけるスタートラインに立つことが出来ているのだ。



私は自分の不幸を隠すのではなく、ネタとして昇華して、自分の地位を優位にしていくこと、それに躊躇など無い。独立して生きていくには、戸惑って立ち止まって泣いていては、食べていけないのだから。





そして、気付けば30歳の誕生日の前日に、当時の彼が指導している後輩と浮気している現場に出会してしまったのだった。

彼は、同じ年の後輩として2年遅れで入行してきた院卒者だった。

都内の有名私大から地銀へと幹部候補生としての入行だった。



指導してもしても、なかなか成果が現れないと項垂れる彼に、

「偉そうに講釈垂らしてても社長さんの心には響かないんだよ。足を運んで頭を下げるんだよ。バンカーなんぞ所詮、金貸しなんだから!無駄なプライドなんて百害あって利益無し!」

そう叱咤激励を繰り返し、やっと1件契約を取れて泣いて喜んだ彼に絆されて、付き合うようになったのが、三年前か。



「仕事が命なんだろう。お前にとって俺は仕事の次。お前は強いから一人で大丈夫だろうけど、彼女には俺しかいないんだ。お前といると息がつまるし、劣等感が辛かった。本当はもっと前からずっと別れたかったんだ」

どこかのドラマの台詞のような陳腐な言い訳に、



(結局男なんて、みんな同じ)



浮気で傷つけられて、その上人格否定までされて、サイテーな男の顔に唾を吐きつけたい衝動を抑えて、



「そう、さようなら」

能面のような顔でそう告げて、その足で支店長室へと飛び込んで、いつでも辞めれるように胸のポケットに入れていた辞表を叩きつけて、



「あの男に弄ばれて浮気され、傷ついたので今日でもう辞めます」

ハッキリと仕返しがてらにそう告げて、銀行を辞めたのだった。



ちなみに、支店長にもその時は課長に出世していた引っ張ってくれた上司にも、なんなら頭取にも散々慰留されたのだけれど、



「三十路の女を一時の遊びで翻弄した人と同じ職場でやっていくなんてとても私には無理です」

と言って、涙をぽろりと溢しておいた。



二股野郎のこの銀行での将来は、きっと輝かしいもの、とはならないだろう。



めぐみは、地味な見た目とは裏腹に、キチンと仕返し出来る胆力を持つ女なのだった。
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