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サトウメグミの一生
エピソード32 その2
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「メグちゃん!あんた仕事辞めたって本当?」
担当している企業さんに挨拶回りをしていると、社長さんや奥さんから同じ声がかかる。
「はい、いい加減なことをして申し訳ありません。ですが、二股をかけられた彼氏と新しい彼女を見ている状況に私は耐えられなくて。申し訳ありません」
そう言って頭を下げて、相手の価値も下げる嫌がらせも忘れない。
「まあ、そうね。ひどい相手だね。そんな男、ウチの担当にされないように支店長に言っとかなきゃ」
「ええ、女にだらしない男は金にもだらしないですからね」
「本当にそうだよね」
そんなやり取りの中、ある企業の社長さんから人を紹介されたのだった。
「メグちゃん、この人、あの国会議員の公設秘書さん。メグちゃんのこと話したら会いたいって言うから今日来て貰ったんだよ」
「初めまして。社長さんからお話は伺っています。あなたの経歴も年もマッチしているんですよ。ウチの党から市長選挙に出ませんか?」
「は?」
突然の申し出に気の抜けた返事しか出来なかった。
その秘書さんが言うには30代の地域密着型の女性候補を探していたと言う。
年、地銀の営業職、女、私のお涙頂戴な悲しい過去の生育環境もプラス加点らしい。
「へえ」
余りに意識していなかった申し入れに、どうも真実味が無くて返答に困ってしまう。
「私が付いてきっちり選挙を取り仕切りますよ。安心してください」
その秘書さんがどんどん話を進めていって、とりあえず党に面接に行き、候補に前向きにと発破をかけられ、地域の社長さんたちも応援の声を次々にかけてくれて、政治と無縁だった佐藤めぐみは市長候補として選挙を戦うことになったのだった。
「私の転機と言えば、」
今日も、車座集会と言って、地元の有力者の方が呼んでくれた席で私の身の上話をしていた。
私は、教師の両親の下に長女として生まれた。
この地から離れた出生地で、母は国語教師、父は体育教師で、母方の祖父母の家に程近い場所の一軒家でたいそう可愛がられていたと思う、7つまでは。
物心つく頃、私は美少女戦士に夢中だった。
いや、私だけではなく、当時通っていた幼稚園で女児は各々好きな戦士の名を叫んでは、見えない敵に必殺技を繰り出していた。
休日の朝はアニメを見て、見終わったら録画してあった同じ話をもう一度見直して、じいじに買って貰ったDVDも見て、また必殺技を繰り出していた。
主題歌は踊りつきで歌い、ショッピングモールのおもちゃ売場で変身コスチュームをばあばにねだり、クリスマスにサンタさんに願えば、年末年始と着倒して、親族から『可愛い』の称号をもらっていた。
私は有頂天だったが、そんな時期は7つで潰えた。
妹と言う生物が我が家にやって来て、みんなの意識が彼女に向いた。
彼女は、小さくて弱々しくて、大人の助けを必要としていたから、周りの大人はみな彼女に目を向けた。
そして、私の絶頂期は終焉し、私は名前を失い『お姉ちゃん』なる忌名で呼ばれるようになったのだ。
『お姉ちゃん』は理不尽な奴隷だった。
弱々しいアレが泣けば『お姉ちゃん!』と強く呼ばれ、面倒をみさせられ、アレが悪戯をすれば『お姉ちゃん!』と私が怒られた。
私がアニメを観ていてもアレの機嫌を取る方が優先され、誰の興味も私には向けられないのにアレの責任だけを『お姉ちゃんだから』と言う理由で押し付けられた。
私は辟易して、アレとお姉ちゃんを押し付けてくる周りを嫌いになった。一番嫌いなのは母親で、いつもいつも私を怒って叱って、悪く悪く言う癖に、勉強を強要した。
宿題をして、母の出した課題をして、アレの面倒を見て、時々思い出したように本読みをさせられて、つかえると叱られた。
何分も何十分も叱る母を父は決して止めず、空気のような態度で私に目を向けなかった。
祖父母も『お姉ちゃんなんだから』と『教師の娘なんだから』を繰り返して言う、敵となった。
学校だけが気の休まる場だった。
同じ年の子は、好きだ嫌いだとくっついたり、離れたりしているけれど、意味もわからずノートを破り出したりしないし、鉛筆の芯を全部折ったりしない。
破られた側、折られた側の被害者の私が、『ちゃんと片して置かなかったから』と理不尽に怒られることも無い。
悪いことしたらその子が叱られ、ちゃんと出来たら褒めてもらえる。
私は学校が好きだった。
5年生の時、背が急に伸びて学年で1番大きくなった。
当時の担任によって、地区の学校対抗駅伝大会の選手に選ばれて放課後練習をするようになった。
少しでも長く学校にいれば、幼稚園から帰ってきて私がアレの面倒をみる時間が減るので、嬉しかった私は、毎日真面目に練習に参加した。
一緒に5年の駅伝選手に選ばれた男子は、小さい頃からサッカーをクラブチームに入ってやっている子で、彼は『どんな試合でも勝つつもりでやっている。駅伝も優勝する』と、6年生もいるなかで口にして言うくらい気合いが入っていた。
彼の熱意にみんなが引っ張られて、私ももっと練習を頑張ろうと、早朝に登校して校庭を走るようになった。
数日後、走ろうと校庭に行ったら彼がいて、『一緒に練習しよう』と言われて、それから毎朝練習をした。
母は、朝から夕方遅くまで学校で陸上をやる私に
「どんどん帰ってきて妹の面倒をみてよ。勉強も疎かになってる!」
と、目を三角にして怒ったけれど、珍しく父が、
「学校の代表に選ばれて、勝つために真面目に練習していることを否定するな、勉強だって別に遅れている訳じゃないだろう」
と珍しく私の味方についてくれて、母は明らかに不満気だったけどそこで話は終わった。
そして、駅伝大会で準優勝をして、1位になれなくて悔しくて泣いたけれど、担任の先生にも教頭にも校長にも褒めてもらえて、チームメイトとも仲良くなれて嬉しかった。
その男子とは、それ以後も早朝ランを卒業まで一緒に続けたけれど、彼はサッカーの強い私立中学に進学したので、卒業式でお別れすることになって、胸が痛くなって泣いた。
あれが初恋だったのか、って仲の良い友達の映美ちゃん家に春休み遊びに行った時、借りて読んだ漫画で同じような卒業式で好きな彼と別れるシーンから知ったのだった。
中学に上がると、母はもっとヒステリーが酷くなって何かと言うと私を何時間も叱った。
この頃には父と一緒に食事をすることも無くなっていて、家の中は重苦しい空気が漂っていた。
背が高くなった私を仲良しな映美ちゃんが部活に、お姉ちゃんが主将をしている女子バレー部に誘ってくれたので私はバレー部に入った。
やっぱり家に帰るのが嫌な私は、部活が終わってからも自主練でサーブを猛烈にやったので、その実力がメキメキと上がっていた。
そんな私に主将は、『筋肉は裏切らない』と言って、休日も映美ちゃんちで一緒に筋トレに誘って貰って、家にいる時間を思いきり減らした。
ある日、最後までサーブ練習をしていて遅くなった私が、鍵を返却に職員室へと行くと、中から話し声が聞こえてきた。
「お前、いい加減にしろよ。洋子さんとのことキチンとしないと。メグだってなんか感じてるんじゃないか?いつまでも学校にいるぞ。虐待なんてないだろうな」
「流石に手を上げたりはしてないよ。ギャーギャー騒ぐだけ。あの騒ぎ声聞くだけで気が滅入るよ」
「お前がハッキリしないからだろう!あの実習生だった子とつきあってるんだろう」
「や、こんなところで止めてくれよ!」
「毎回お前の隠れ蓑に使われて俺も困るんだよ。はっきりしろよ」
その声は、父と顧問の先生のもので、同期だと入部した時に顧問から聞いた。
父は隣の中学に勤務しているのだが、こんな早くにうちの中学に居るのだからもう終業しているのだろう。
毎晩遅く帰って来る父を思い出して、さっきのやり取りと併せて、父が浮気しているんだろうと嫌な閃きが過った。
こんなこと誰にも言えない、心に重い何かが詰まったようで、父のことが気持ち悪くなった。
だって教育実習の人って、小学校で駅伝の選手に選んでくれた担任だったから。
担任になった日に、あの女、
『あなたのお父さんに教育実習の時、とってもお世話になったのよ』
なんて態々言ってきたのだから。
だから父は珍しく駅伝の時に私の味方になって、練習や試合も付き添ってくれていたのか。あれは私のためじゃなくて、女に逢いたい自分のために…
そこまで考えると気持ちが悪くなって急に込み上げてくる胃液を我慢しながら家路についた。
遅くなったことを待ち構えていた母がギャーギャーと騒ぎ立てたけれど、トイレに駆け込んでゲーゲーと吐いたら、流石に静かになって寝るように言ってきた。
次の日も次の日も、私の心は重いままで、私は食事が思うように取れなくなり度々吐くようになって、それでも家に居たくなくて学校に通ったのだった。
担当している企業さんに挨拶回りをしていると、社長さんや奥さんから同じ声がかかる。
「はい、いい加減なことをして申し訳ありません。ですが、二股をかけられた彼氏と新しい彼女を見ている状況に私は耐えられなくて。申し訳ありません」
そう言って頭を下げて、相手の価値も下げる嫌がらせも忘れない。
「まあ、そうね。ひどい相手だね。そんな男、ウチの担当にされないように支店長に言っとかなきゃ」
「ええ、女にだらしない男は金にもだらしないですからね」
「本当にそうだよね」
そんなやり取りの中、ある企業の社長さんから人を紹介されたのだった。
「メグちゃん、この人、あの国会議員の公設秘書さん。メグちゃんのこと話したら会いたいって言うから今日来て貰ったんだよ」
「初めまして。社長さんからお話は伺っています。あなたの経歴も年もマッチしているんですよ。ウチの党から市長選挙に出ませんか?」
「は?」
突然の申し出に気の抜けた返事しか出来なかった。
その秘書さんが言うには30代の地域密着型の女性候補を探していたと言う。
年、地銀の営業職、女、私のお涙頂戴な悲しい過去の生育環境もプラス加点らしい。
「へえ」
余りに意識していなかった申し入れに、どうも真実味が無くて返答に困ってしまう。
「私が付いてきっちり選挙を取り仕切りますよ。安心してください」
その秘書さんがどんどん話を進めていって、とりあえず党に面接に行き、候補に前向きにと発破をかけられ、地域の社長さんたちも応援の声を次々にかけてくれて、政治と無縁だった佐藤めぐみは市長候補として選挙を戦うことになったのだった。
「私の転機と言えば、」
今日も、車座集会と言って、地元の有力者の方が呼んでくれた席で私の身の上話をしていた。
私は、教師の両親の下に長女として生まれた。
この地から離れた出生地で、母は国語教師、父は体育教師で、母方の祖父母の家に程近い場所の一軒家でたいそう可愛がられていたと思う、7つまでは。
物心つく頃、私は美少女戦士に夢中だった。
いや、私だけではなく、当時通っていた幼稚園で女児は各々好きな戦士の名を叫んでは、見えない敵に必殺技を繰り出していた。
休日の朝はアニメを見て、見終わったら録画してあった同じ話をもう一度見直して、じいじに買って貰ったDVDも見て、また必殺技を繰り出していた。
主題歌は踊りつきで歌い、ショッピングモールのおもちゃ売場で変身コスチュームをばあばにねだり、クリスマスにサンタさんに願えば、年末年始と着倒して、親族から『可愛い』の称号をもらっていた。
私は有頂天だったが、そんな時期は7つで潰えた。
妹と言う生物が我が家にやって来て、みんなの意識が彼女に向いた。
彼女は、小さくて弱々しくて、大人の助けを必要としていたから、周りの大人はみな彼女に目を向けた。
そして、私の絶頂期は終焉し、私は名前を失い『お姉ちゃん』なる忌名で呼ばれるようになったのだ。
『お姉ちゃん』は理不尽な奴隷だった。
弱々しいアレが泣けば『お姉ちゃん!』と強く呼ばれ、面倒をみさせられ、アレが悪戯をすれば『お姉ちゃん!』と私が怒られた。
私がアニメを観ていてもアレの機嫌を取る方が優先され、誰の興味も私には向けられないのにアレの責任だけを『お姉ちゃんだから』と言う理由で押し付けられた。
私は辟易して、アレとお姉ちゃんを押し付けてくる周りを嫌いになった。一番嫌いなのは母親で、いつもいつも私を怒って叱って、悪く悪く言う癖に、勉強を強要した。
宿題をして、母の出した課題をして、アレの面倒を見て、時々思い出したように本読みをさせられて、つかえると叱られた。
何分も何十分も叱る母を父は決して止めず、空気のような態度で私に目を向けなかった。
祖父母も『お姉ちゃんなんだから』と『教師の娘なんだから』を繰り返して言う、敵となった。
学校だけが気の休まる場だった。
同じ年の子は、好きだ嫌いだとくっついたり、離れたりしているけれど、意味もわからずノートを破り出したりしないし、鉛筆の芯を全部折ったりしない。
破られた側、折られた側の被害者の私が、『ちゃんと片して置かなかったから』と理不尽に怒られることも無い。
悪いことしたらその子が叱られ、ちゃんと出来たら褒めてもらえる。
私は学校が好きだった。
5年生の時、背が急に伸びて学年で1番大きくなった。
当時の担任によって、地区の学校対抗駅伝大会の選手に選ばれて放課後練習をするようになった。
少しでも長く学校にいれば、幼稚園から帰ってきて私がアレの面倒をみる時間が減るので、嬉しかった私は、毎日真面目に練習に参加した。
一緒に5年の駅伝選手に選ばれた男子は、小さい頃からサッカーをクラブチームに入ってやっている子で、彼は『どんな試合でも勝つつもりでやっている。駅伝も優勝する』と、6年生もいるなかで口にして言うくらい気合いが入っていた。
彼の熱意にみんなが引っ張られて、私ももっと練習を頑張ろうと、早朝に登校して校庭を走るようになった。
数日後、走ろうと校庭に行ったら彼がいて、『一緒に練習しよう』と言われて、それから毎朝練習をした。
母は、朝から夕方遅くまで学校で陸上をやる私に
「どんどん帰ってきて妹の面倒をみてよ。勉強も疎かになってる!」
と、目を三角にして怒ったけれど、珍しく父が、
「学校の代表に選ばれて、勝つために真面目に練習していることを否定するな、勉強だって別に遅れている訳じゃないだろう」
と珍しく私の味方についてくれて、母は明らかに不満気だったけどそこで話は終わった。
そして、駅伝大会で準優勝をして、1位になれなくて悔しくて泣いたけれど、担任の先生にも教頭にも校長にも褒めてもらえて、チームメイトとも仲良くなれて嬉しかった。
その男子とは、それ以後も早朝ランを卒業まで一緒に続けたけれど、彼はサッカーの強い私立中学に進学したので、卒業式でお別れすることになって、胸が痛くなって泣いた。
あれが初恋だったのか、って仲の良い友達の映美ちゃん家に春休み遊びに行った時、借りて読んだ漫画で同じような卒業式で好きな彼と別れるシーンから知ったのだった。
中学に上がると、母はもっとヒステリーが酷くなって何かと言うと私を何時間も叱った。
この頃には父と一緒に食事をすることも無くなっていて、家の中は重苦しい空気が漂っていた。
背が高くなった私を仲良しな映美ちゃんが部活に、お姉ちゃんが主将をしている女子バレー部に誘ってくれたので私はバレー部に入った。
やっぱり家に帰るのが嫌な私は、部活が終わってからも自主練でサーブを猛烈にやったので、その実力がメキメキと上がっていた。
そんな私に主将は、『筋肉は裏切らない』と言って、休日も映美ちゃんちで一緒に筋トレに誘って貰って、家にいる時間を思いきり減らした。
ある日、最後までサーブ練習をしていて遅くなった私が、鍵を返却に職員室へと行くと、中から話し声が聞こえてきた。
「お前、いい加減にしろよ。洋子さんとのことキチンとしないと。メグだってなんか感じてるんじゃないか?いつまでも学校にいるぞ。虐待なんてないだろうな」
「流石に手を上げたりはしてないよ。ギャーギャー騒ぐだけ。あの騒ぎ声聞くだけで気が滅入るよ」
「お前がハッキリしないからだろう!あの実習生だった子とつきあってるんだろう」
「や、こんなところで止めてくれよ!」
「毎回お前の隠れ蓑に使われて俺も困るんだよ。はっきりしろよ」
その声は、父と顧問の先生のもので、同期だと入部した時に顧問から聞いた。
父は隣の中学に勤務しているのだが、こんな早くにうちの中学に居るのだからもう終業しているのだろう。
毎晩遅く帰って来る父を思い出して、さっきのやり取りと併せて、父が浮気しているんだろうと嫌な閃きが過った。
こんなこと誰にも言えない、心に重い何かが詰まったようで、父のことが気持ち悪くなった。
だって教育実習の人って、小学校で駅伝の選手に選んでくれた担任だったから。
担任になった日に、あの女、
『あなたのお父さんに教育実習の時、とってもお世話になったのよ』
なんて態々言ってきたのだから。
だから父は珍しく駅伝の時に私の味方になって、練習や試合も付き添ってくれていたのか。あれは私のためじゃなくて、女に逢いたい自分のために…
そこまで考えると気持ちが悪くなって急に込み上げてくる胃液を我慢しながら家路についた。
遅くなったことを待ち構えていた母がギャーギャーと騒ぎ立てたけれど、トイレに駆け込んでゲーゲーと吐いたら、流石に静かになって寝るように言ってきた。
次の日も次の日も、私の心は重いままで、私は食事が思うように取れなくなり度々吐くようになって、それでも家に居たくなくて学校に通ったのだった。
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