天に召されよ!

湖ノ上茶屋

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1・ばあちゃんを叩き出せ!

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『あ~ら、タカコ。ちょっとお肌の調子が悪いんじゃない? ちゃんとスキンケアしてるの? 化粧品、オススメしてあげようか?』
「あああああっ!」

 バチン!

「い、いったぁ!」

 突然、母・タカコに叩かれたマコトは、瞳を潤ませながら頬を抑えた。

「母さん! いきなりなんなんだよ!」
「あっ、ご、ごめん。でも、さっき」
「さっき?」
「お、おばあちゃんの真似、してたじゃない」

 タカコは探るような目でマコトを見た。今のマコトは、いつものマコトに見える。けれど、ついさっきは確かに、マコトの祖母(タカコの母)のように見えたのだ。嘘偽りはない。だからあれは――正当な攻撃だった。

「ばあちゃんの真似なんてしてないよ!」
「してた!」
「ああ、もう! だいたい、もし仮にしたとして、なんでばあちゃんの真似なんてしなくちゃならないんだよ! 葬式のほかには一回か二回しか会ったことがない、近所のおばちゃんよりもどんな人間か知らない人間の真似をさぁ」

 確かにそうだ、と、タカコは思った。これまで、マコトを祖母に会わせてこなかった。致し方がなく会わせたのは、おそらく三回。マコトが口にした回数とのずれは、その時に物心がついていたか否かの差だろう。考えていると、タカコにほんの少し冷静さが戻った。

「じゃ、じゃあ、さっきのはなんなの?」
「さっきのって?」
「さっき、まるでおばあちゃんみたいな顔をして、おばあちゃんみたいに憎たらしくしゃべってたじゃない」

 タカコは、マコトの顔に手を伸ばした。さっき叩いた部分が、ほんのりと赤い。頬を押し、つつき、つねってみる。指先から伝わってくるのは、あたたかさと、ちょっとのべたつき。しわなく滑らかで柔らかな質感からは、若さを感じる。

「ったく、どうしたの?」

 マコトは不満を一切隠さずに、呆れた声で問いかけた。

「おばあちゃんに見えたの。本当に。嘘じゃなく」
「それ、おばあちゃんが視えたの、の間違いじゃなく?」
「ああ、まぁ、そうなのかも」
「疲れてんじゃない? っていうか、疲れてるならどうぞ休んでって感じなんだけどさ。いくら疲れていたって、人をビンタするのはどうかと思うんだよね」
「ああ、ごめん」
『そんなの、謝ったって言わないわよ。謝るときってのはね、しっかりと――』

 バチン! と小気味いい破裂音が響いた。

「い、いったぁ!」

 叩かれたマコトは、瞳を潤ませながら頬を抑えた。

「だから、なんなんだよ!」
「だから、それはこっちのセリフよ!」


 
 タカコはスマートフォンを手に取ると、カメラを起動し、録画を始めた。

「なに? 急に」
「ふざけるのを止めないなら、証拠を撮ってやる」
「はぁ? ふざけてる人がここにいるとしたら、それは母さんのことだと思うけど?」
「私が妄想しているとでも?」
『あっはっは! 昔っから妄想だけは得意だったわね~』
「そう! 妄想だけは……?」

 タカコの指が、録画停止ボタンをタップする。撮れたての動画を再生してみると――。

「だ、誰⁉」
「おばあちゃん!」
『あ、どうもこんにちは、マコちゃん……って、あら。このままじゃマコちゃんのお顔が見えないわねぇ』

 バチン!

「だから、痛いってば!」
「ごめん、でも、悪霊が憑いてるから!」
『コラ、母親にむかって悪霊とはなんなの? わたし、そんな子に育てた覚えはないよ!』
「お前に育てられたいと思ったことないからーっ!」

 バチン!

「待って、母ちゃん! オレ、オレ!」
「とっとと出ていけー! っていうか、オレオレ詐欺かよ!」

 バチン!

「はぁ? オレ! マコト! ばあちゃんじゃなくて!」
「……あれ?」
「……もう! 何回ビンタすれば気が済むんだよ!」
「でも、さっき確かに」
『叩き出せるもんなら叩いてみな!』

 バチン!



 これ以上ビンタをくらいたくないマコトは、タカコをソファーに座らせて、テーブルを盾に、タカコから離れた場所に腰をおろした。

「それで、ええっと? オレには状況が読めてないんだけど?」
「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ」
『あら、ふたりともおバカさんねぇ』

 バチン!

 マコトがマコトの頬をひっぱたいた!

『あらあら!』
「ちょっと分かってきたぞ? 今、いたよね?」
「いた!」
『ふたりそろって、わたしのことを叩こうだなんて。そんな子に育てた覚えは――』

 バチン!

『もう、いやんなっちゃう!』
「こっちのセリフだ!」
『なんでわたしのことをそんなにいじめようとするの?』
「じゃあ、こっちからもお伺いしましょうか? なんで成仏してないんだよ!」

 バコン!

「母さん、スリッパつかうの、禁止……」
「あ、ごめん」

 マコトは冷蔵庫へ向かうと、保冷剤を取り出し、頬に当てた。頬を冷やしながら、タカコを見る。タカコはタカコで、目に見えないビンタを食らっているみたいだ。まるで子どものようにしょんぼりと肩を落としている。こんな姿見たことない。と、マコトは思った。

「ねぇ、母さん。とりあえず、いったん落ち着いて話さない? 暴力なしでさ」
「そ、そうね。保証はできないけど」
「いや、そこのところは保証してよ」
「でも、条件反射だから……」
「じゃあ、背中合わせで話し合おう」
「背中合わせ?」
「そうしたら、顔が見えないし、手が出てもすぐには届かないでしょ?」
「……なるほどね。分かった。そうしよう」


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