天に召されよ!

湖ノ上茶屋

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10・悪霊の過去

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 家に帰るなり、マコトはすぐに宿題に取りかかった。学校の中では必死になって体を乗っ取るのを我慢していたのだろうアヤコに、うるさいと怒鳴りつけたり、頬をバチンと幾度もひっぱたきたくなったりするほどに口出しをされたものだから、それはいつもよりも早く終わった。

 仕上げにんー、と伸びをして、大きなため息をつく。

 ――あら、あららら!

 アヤコが慌てはじめたことをきっかけに、マコトはため息で追い出せる可能性がゼロではなかったことを思い出す。とはいえ、マコトには友とともに考えた計画がある。だから、大きく吸って吐いて、強引に追い出せないかを模索する必要は、今はない。

「ごめん、ばあちゃん。ため息しちゃだめなの、忘れてた」
『いいのよぅ。ちょっとびっくりしたけどね』

 自分がアヤコと仲良くなっても仕方がないことだけれど、マコトは乗っ取られてすぐよりもアヤコのことを理解して、受け入れ始めているような気がした。



「た、ただいまぁ」

 玄関の方から、鍵が開いていた知らない人の家にこっそり入るときのような、恐怖心まじりの声が聞こえた。

「おかえり、母さん!」

 マコトが元気いっぱいに言った。タカコからの返事はまだない。そして、アヤコはすぐにマコトを乗っ取らないように我慢している。……我慢できている!

 ――ばあちゃん、やればできるじゃん!
 ――そらそうよ! バカにしないでよね!
 ――このあと、なんて言うか覚えてる?
 ――も、もちろん!

「マコト? えっと、その……」
『本日も大変お日柄がよく――』

 バチン!

「ちがーうっ!」
「マコト?」
「ごめん、母さん。オレ、しばらく部屋にいるから」
「ああ、うん。分かった。晩御飯、できたら教えるね。あと、今日はちゃんと作るから」
「別に、作るかどうかなんて……」

 タカコが総菜を買ってきたことに、アヤコが文句を言い放ったことを思い出した。タカコが手作りか否かを気にしているのは、きっとアヤコのせいだ。

「オレは食べられれば総菜でもなんでも構わないけど。母さんの料理……あ、えっと、そのぅ……まぁ、うん。楽しみにしてるね」
「うん。頑張って作るね」

 タカコの表情はひどく怯えたものだった。
 マコトは逃げるようにリビングから離れた。部屋に飛び込むように入ると、バタン、と勢いよく扉を閉めた。家の中なんてたいした距離はないはずなのに、マラソンの後みたいに息が上がる。

『ねぇ、マコちゃん』
「なにっ⁉」
『ひゃっ! ああ、あのね。マコちゃんって、タカコの料理、好きなんだなって、思って』
「……はぁ?」
『ああ、いや、そのね。わたし、言われたことないの。好きって。それでね、さっきみたいにね、分かりやすい口ぶりをされたこともなくて』
「はぁ? なに? さっきみたいな分かりやすい口ぶりって」
『はぐらかしたつもりだろうけど、タカコの料理が好きなの、バレバレだったわよ?』

 カーっと頬が熱くなるのを感じる。
 マコトはその熱を叩き散らそうと、両頬をバチン、バチンと叩いた。

『照れちゃって』
「照れてない!」
『照れてるくせに』
「ああ、もう! それで、なに? ばあちゃんは、その〝タカコの料理〟はわたしが教えたものだから、つまりわたしの料理が好きなのね? とでも思ってるわけ?」

 吐き捨てると、アヤコは黙った。テンポよく乗っ取られたり明け渡されたりしていたはずが、急に出てこなくなられると、それはそれで調子が狂うというものだ。

 ――ねぇ、その〝タカコの料理〟はわたしが教えたものだから、つまりわたしの料理が好きなのね? とでも思ってるわけ? って、聞いてるんだけど?

 マコトはもうひとつの会話方法で、質問を繰り返す。

 ――ねぇ!
 ――いや……。実はわたし、あの子にお料理、ろくに教えてあげてないの。

「……は?」

 ――ビーフストロガノフとか、シュクメルリは教えたんだけど……。

 そんな舌を噛みそうな名前の料理、食べたことないけど?

「それで?」

 ――だから、わたし、タカコがうらやましいわ。

「……はい?」
『わたしは料理を褒めてもらったことなんてないのに! タカコはマコちゃんに「母さんの料理……あ、えっと、そのぅ……」って言ってもらえるの、ずるいずるいずるい!』

 ああ、もう、どれだけ子どもなんだよ! このばあちゃんは!

「ねぇ、一言言ってもいい?」
『なーに? マコちゃん』
「オレの口ぶりを勝手に解釈してたけどさ。それってつまり、ばあちゃんも母さんの口ぶりとかを勝手に解釈している可能性があるってことじゃない?」
『勝手な解釈かね? 間違っちゃないと思うけど』

 そりゃあ、まぁ……。オレの件については確かにそうですけど。

『わたしがタカコの口ぶりを勝手に解釈しているって、どういうこと?』
「実はおいしいと思っていたり、好きだと思っていたかもしれないじゃん? そういうのを、ちゃんと言わないで隠していたかもしれないじゃん? ばあちゃんがそれをちゃんと気づいてあげなかった可能性ってないの? ってこと」
『……知らない』
「なんで?」
『あの子のことをそんなにちゃんと見てなかったから!』

 見ろよ!

『いや、だってわたし……いっぱいいっぱいだったのよね』
「はぁ?」
『母親がなんたるかなんて知らないからかな。どうしていいか分かんなくてさ』
「そんなばあちゃんも、ばあちゃんの母さんに育てられたんじゃないの?」
『そうだったらよかったんだけど……。わたし、小さい頃にお母さんが死んじゃってね。だから、お母さんっていう生き物? 立場? のこと、よく知らないのよね』

 ……初耳なんですけど。

 マコトは次になんと言ったらいいか分からなくなった。想像していたよりずっと、この問題は根が深くて、厄介そうだ。

「で、でもさ。その……挨拶くらいはできるでしょ?」
『ん?』
「計画のこと! まずは挨拶するだけで、余計なことは言わない! さっきみたいに仰々しいやつじゃなくてさ」
『うーん』
「まさか、子どもと普通の挨拶をしたことがない、とか言わないよね?」
『それは、さすがに』
 

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