天に召されよ!

湖ノ上茶屋

文字の大きさ
11 / 23

11・母さんが壊れた⁉

しおりを挟む

「マコト、ご飯できたよ」と、タカコの声が聞こえて、
「はーい! 今行くー!」と、マコトは叫んだ。

「ばあちゃん、何度も言ったけど」
『はいはい。マコちゃんの何倍も長い間生きているんだから大丈夫。分かっているってば』
「もう死んでるけどね」
『プンだ』

 マコトはアヤコを強引に追い出してしまわないよう、注意をしながら深呼吸をした。

「さぁ、行こう!」



 こんなに気合を入れて夕食の席に着くのは、おそらくは初めてだ。そして、ダイニングにこんなにも緊張感が漂っているのも。

 まるで、ティーシャツでは入れないような、すごいレストランにでも来たような気分。とはいえ、ダイニングテーブルの上はいつもと大差ない。今日のメニューは、おおきめの具がゴロゴロしていておいしそうなカレーとサラダ。それに、スープもある。

「お、おいしそう! いただきまーす!」
「召し上がれ」
『い、いただきましょうね』
「ちょっと! ばあちゃん! 一口目はオレが……!」

 パクリ。

『ちゃんと挨拶したわよ? ふん。悪くないわね。ちょっとシャバシャバしてるけど』
「バカばあちゃん! 勝手にステップに進まないでよ! っていうか、ステップに進むならもっと言葉選び考えてよね! それに――」
『ステップってなんだっけ?』
「計画の話だよ! ああ、もう! オレが生きてきた時間よりも何倍も長い時間生きたんじゃないのかよ! ガキか! このクソババア!」

 その時、ガチャン、と金属がぶつかる音がした。音がしたほうを見てみると、タカコが呆然と立ち尽くしていた。右手には泡でもこもこになったスポンジ。左手は空っぽだけれど、何かを掴んでいるように見える。その状況からマコトは、目や耳の届く場所でアヤコと言い合いをしたせいで、スプーンか何かを落としてフリーズしたのだろうと察した。

 このままじゃいけない。母さんから離れないと――。

「母さん、ごめん。オレ、ここじゃなくてあっちで食べるわ」

 言いながらマコトはリビングテーブルを指さし、立ち上がった。

「はは、はははは……」

 タカコはマコトがいるほうをぼんやりと見つめながら笑い始めた。

「……母さん?」
「はは、はははは……」

 壊れた。母さんが壊れた。まるで、ホラー映画から飛び出してきたか、何かに感染してしまったかのようだ。

「ごめん、母さん。オレ、やっぱ部屋で――」
「……ガキか、このクソババア。クソババア!」
「……母さん?」
「ははははは! クソババア! クソババア!」
「母さん、ちょっと、落ち着いて? オレ、マコト。マコト!」
『タカコ、失礼なこと言って笑ってんじゃないわよ! わたし、アヤコ。お母さん!』

 バチン!

「お前は黙ってろ!」
『ひどい! わたし、もうマコちゃんの言うこと聞いてあげない!』

 バチン!

「こっちの言うことをちゃんと聞いたことなんてないくせに!」
『そんな! ちゃんと聞いたじゃない! 学校では勝手に出て行かなかったし』
「はいはい。そこのところはよく頑張りましたね、って、孫に言われてうれしいかよ!」

 バチン!

『もう、叩いたら痛いでしょ? マコちゃんが』

 バチン!

『それで、なんだったかしら? ああ、そうそう。そりゃあもちろん、頑張ったねって言われたらうれしいわよ♡』
「本当にガキだな!」

 バチン!

「マコト?」

 マコトは頬を叩こうと手を構えた。しかし、自分の名前を呼んだのがアヤコではないことに気づいて、頬を叩くのをやめた。いつの間にやら、タカコが目の前に来ていた。ついさっきまで狂っているかのように笑っていたはずのタカコが、今は怯えを見せることもなく、ふんわりと優しく微笑んでいる。

「な、なに? 母さん」
「マコト。ごめんね、ありがとう」
「……え?」
「お母さんに優しくしてくれて、ありがとう」
「ああ、まぁ、うん。どういたしまして?」
『かーっ! わたしにはそんなこと、一回たりとも言ってくれたことないのにぃ』
「こら! ばあちゃん!」

 メラ、と優しい笑みの向こうに怒りの炎が揺らめいたのが、マコトには見えた。

「ははははは。あんたからいつ優しくされたっていうんですか! 怒りに任せて人のことぶっ叩いて服従させていただけでしょうが! あなたのどこに母親を、愛情を感じられたと? このガキが! クソババアが!」

 バチン!

「待って? 母さん、オレ。オレ、マコト!」
『いーけないんだ! いけないんだ! トオルちゃんにぃいっちゃ~おっ!』

 バチン!

『だいたい、あんただってマコちゃんのことを怒りに任せて叩いているじゃないの! そんな人に、わたしに文句を言う権利があるのかしら』

 バチン!

「えっと、おふたりさん?」

 バチン!

 喧嘩するほど仲がいい、という言葉がある。そんなはずはないだろう、と、マコトはこの瞬間まで思っていた。けれど、実際にそれを体感してみると、なるほど確かに、仲が良くなければ喧嘩なんてやっていられない気がした。離れればいいものを、どうしてこうも近づいて、なんなら叩く、という行為によって触れようとするのか。

「おい! 何やってんだ!」

 トオルが声を張り上げた。マコトを蚊帳の外にした言い合いとビンタが繰り返されている間に帰ってきていたらしい。

『あ、トオルさん! おかえりなさい! もう、ごめんなさいね。うちの子がマコちゃんのこと、叩くのよ! 何回も、何回も、バチンバチンって!』
「クソババアのせいだろうが!」

 バチン!

「え、ええっと? 説明してもらってもいい? マコト」
「え? ああ、うん。簡単に説明すると……」
『タカコが壊れたのぉ』
「そうそう。母さんが壊れた」
「私は壊れてなんかないですけど⁉」
「オッケー、分かった。それで……」
「それで、なに⁉」
「マコト、頬っぺた冷やそうか」
「……え?」

 トオルの一言は、タカコの頭を冷やしたようだった。取り戻した冷静な目で息子の頬を見てみれば、真っ赤に色づいているのが分かる。

「ごめん、すぐ保冷剤取ってくる!」

 タカコは慌てた様子で、冷蔵庫へ向かって走っていった。
 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

転生妃は後宮学園でのんびりしたい~冷徹皇帝の胃袋掴んだら、なぜか溺愛ルート始まりました!?~

☆ほしい
児童書・童話
平凡な女子高生だった私・茉莉(まり)は、交通事故に遭い、目覚めると中華風異世界・彩雲国の後宮に住む“嫌われ者の妃”・麗霞(れいか)に転生していた! 麗霞は毒婦だと噂され、冷徹非情で有名な若き皇帝・暁からは見向きもされない最悪の状況。面倒な権力争いを避け、前世の知識を活かして、後宮の学園で美味しいお菓子でも作りのんびり過ごしたい…そう思っていたのに、気まぐれに献上した「プリン」が、甘いものに興味がないはずの皇帝の胃袋を掴んでしまった! 「…面白い。明日もこれを作れ」 それをきっかけに、なぜか暁がわからの好感度が急上昇! 嫉妬する他の妃たちからの嫌がらせも、持ち前の雑草魂と現代知識で次々解決! 平穏なスローライフを目指す、転生妃の爽快成り上がり後宮ファンタジー!

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

処理中です...