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2・花火*募金*レモネード
2-2
しおりを挟む太陽がスピードを上げて、あたしたちの視界から去っていく。
少しずつ暗くなっていく町の中に、出店の明かりが咲いている。
「ねぇ、ラムネ飲む?」
お母さんがラムネののぼりを指さしながら声を弾ませた。
「子供じゃないんだから」
ふと、もしも〝ブラックコーヒーかラムネどっちがいい?〟と聞かれたら、ラムネと即答するあたしが言ってはいけない台詞なのかもしれない、と思う。
声を弾ませた人に返す言葉ではなかったな、とも。
お母さんを見てみる。まるで子供みたいな、ふてくされた顔をしていた。
「ど、どうかした?」
「ショック。お母さん、ラムネ飲みたかったのに」
「はぁ? 飲みたいなら飲めばいいじゃん」
「いい大人がひとりで飲んでたら、ちょっと恥ずかしいじゃん?」
「どういう意味? あたしも一緒に飲んでたら平気だけど、あたしが飲んでないのにお母さんだけ飲んでたら変、ってこと?」
「変っていうか、なんて言うか。愛佳も飲んでたら、『ああこの子がねだったからお母さんもついでに飲んでるんだな』感が出るじゃない?」
「いや……あたしを子供扱いしないでいただけます?」
「子供のくせに」
「もうほとんど高校生です」
「まだ中学生のくせに」
「ああ、もう! ラムネください! 二本!」
『はーい! ありがとうございます!』
競うようにお財布を出し、競うようにお金を出した。
二枚の千円札をキョロキョロと見て、困惑する店員さんに、
「お母さんがどうしてもあたしと一緒に飲みたいっていうから、あたしに奢らせてください」と、大きな声で言う。
店員さんは顔をほころばせて、あたしの千円札を受け取ると、あたしの手のひらにそっとお釣りをくれた。
「花火、もうすぐ始まりますよ。楽しいひと時を」
お母さんは、差し出された二本のラムネを嬉しそうに微笑みながら受け取った。その頬は、チークを入れすぎたみたいにぼっと赤く染まっていた。
久しぶりのラムネは、開けるのも一苦労だ。まるで友だちと一緒にいるみたいに騒ぎながらプラスチックを押し込むと、ビンの中にビー玉が落ちてふわふわと踊り、くびれにカラン、と落ちた。
「やっと開いた~」
お母さんが、無邪気に笑った。お母さんって、こんな顔するんだ、と、あたしは思った。いつも一緒に暮らしているはずなのに、あたしはお母さんのすべてを知らない。
「そういえば、愛佳」
「ん~? なに?」
「友希と連絡取ったりする?」
「んー」
お姉ちゃんとは、最近ほとんどやり取りがない。新しい場所での生活が、ひとりの暮らしが楽しいのやら、バイトだサークルだと忙しいのやら、こっちに用があるときしか連絡をしてこないし、こっちから連絡をするとしても、「今日もお父さんの帰りが遅かった」とか、「今日もお母さんが寝っ転がって柿の種をぼりぼり食べていた」とか、そんな話題しかないから。
つまるところ、互いにネタがないのだ。連絡をしなければと思うようなネタが。
「前に、夏休みになったら少し帰ろうかな~、なんて言っていたんだけどさ」
「それじゃあ、もう少ししたら帰ってくるってこと?」
「たぶんね」
「たぶん?」
「小さい子がいるパートさんはさ、夏休みとか、学校が休みになるようなタイミングでお仕事をセーブしがちなの。じゃあ、その穴をどう埋めるかって言ったら、同じタイミングで休みになってる学生さん」
なるほど、バイト三昧で帰ってこないのではないか、と想像しているみたいだ。
「友希が帰ってきてくれたら、愛佳がいつか家を出て行っても、〝時々は帰るものだ〟と思って帰ってきてくれるんじゃないかって考えたりするんだけど。こうしてろくに連絡もなく帰ってこないお姉ちゃんの背中を追いかけて、愛佳も帰ってこないんだろうな、なんて、もうすでにさみしい気分なんだよねぇ」
未来のあたしは、どうするだろう。
やっぱりお姉ちゃんの背中を追いかけて、家族を気にせず自分の人生を、生きたいように生きるのだろうか。
――花火大会にお越しくださり――
町に響く、アナウンス。
『この先でレモネードを販売しています! 収益は全額、小児がんの治療・研究のために寄付します!』
耳に届く、甘く鋭い声。
気になる。声の主が気になる。あの声を放つ人がどんな顔をしているのかを知ることができないままに、あたしは花火を見られないと思う。
お母さんへの返事なんて遠く彼方に放り投げて、声の主の姿を探すために辺りを見回した。首を、体を振るたびに、カラン、カランと瓶の中で踊らされたビー玉が鳴った。
「どうかしたの?」
「え? ああ、なんか――」
いた。レモネードの文字と絵が書かれたプラカードを持った人を見つけた。その人は、〝レモネード〟という言葉の響きがよく似合う、さわやかで、どこか甘い顔をした長身の男の人だった。
「き、寄付って、ステキじゃない?」
「素敵、だけど。……急にどうしたの?」
「レモネード、買いに行こうよ」
「それは、いいけど……」
「ほら。花火を見ている間、飲むものないし」
空っぽの瓶を振る。ゴロゴロとビー玉が鳴った。
「まぁ、そうね。今度はお母さんが買ってあげる。ラムネのお礼」
「いいや、あたしが出す。これは寄付だから。お母さんのお金じゃ意味ないもん」
「そう? なんか、良からぬことを考えてないでしょうね?」
「良からぬこと? 何それ。寄付に良からぬことなんてあるの?」
「……それもそっか。じゃあ、行こう。花火が上がるまで、もうそんなに時間ないだろうから」
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