マシュマロ*クッキー*レモネード

湖ノ上茶屋

文字の大きさ
5 / 32
2・花火*募金*レモネード

2-2

しおりを挟む
 
 太陽がスピードを上げて、あたしたちの視界から去っていく。
 少しずつ暗くなっていく町の中に、出店の明かりが咲いている。

「ねぇ、ラムネ飲む?」

 お母さんがラムネののぼりを指さしながら声を弾ませた。

「子供じゃないんだから」

 ふと、もしも〝ブラックコーヒーかラムネどっちがいい?〟と聞かれたら、ラムネと即答するあたしが言ってはいけない台詞なのかもしれない、と思う。
 声を弾ませた人に返す言葉ではなかったな、とも。

 お母さんを見てみる。まるで子供みたいな、ふてくされた顔をしていた。

「ど、どうかした?」
「ショック。お母さん、ラムネ飲みたかったのに」
「はぁ? 飲みたいなら飲めばいいじゃん」
「いい大人がひとりで飲んでたら、ちょっと恥ずかしいじゃん?」
「どういう意味? あたしも一緒に飲んでたら平気だけど、あたしが飲んでないのにお母さんだけ飲んでたら変、ってこと?」
「変っていうか、なんて言うか。愛佳も飲んでたら、『ああこの子がねだったからお母さんもついでに飲んでるんだな』感が出るじゃない?」
「いや……あたしを子供扱いしないでいただけます?」
「子供のくせに」
「もうほとんど高校生です」
「まだ中学生のくせに」
「ああ、もう! ラムネください! 二本!」
『はーい! ありがとうございます!』

 競うようにお財布を出し、競うようにお金を出した。
 二枚の千円札をキョロキョロと見て、困惑する店員さんに、

「お母さんがどうしてもあたしと一緒に飲みたいっていうから、あたしに奢らせてください」と、大きな声で言う。

 店員さんは顔をほころばせて、あたしの千円札を受け取ると、あたしの手のひらにそっとお釣りをくれた。

「花火、もうすぐ始まりますよ。楽しいひと時を」

 お母さんは、差し出された二本のラムネを嬉しそうに微笑みながら受け取った。その頬は、チークを入れすぎたみたいにぼっと赤く染まっていた。

 久しぶりのラムネは、開けるのも一苦労だ。まるで友だちと一緒にいるみたいに騒ぎながらプラスチックを押し込むと、ビンの中にビー玉が落ちてふわふわと踊り、くびれにカラン、と落ちた。

「やっと開いた~」

 お母さんが、無邪気に笑った。お母さんって、こんな顔するんだ、と、あたしは思った。いつも一緒に暮らしているはずなのに、あたしはお母さんのすべてを知らない。

「そういえば、愛佳」
「ん~? なに?」
「友希と連絡取ったりする?」
「んー」

 お姉ちゃんとは、最近ほとんどやり取りがない。新しい場所での生活が、ひとりの暮らしが楽しいのやら、バイトだサークルだと忙しいのやら、こっちに用があるときしか連絡をしてこないし、こっちから連絡をするとしても、「今日もお父さんの帰りが遅かった」とか、「今日もお母さんが寝っ転がって柿の種をぼりぼり食べていた」とか、そんな話題しかないから。

 つまるところ、互いにネタがないのだ。連絡をしなければと思うようなネタが。

「前に、夏休みになったら少し帰ろうかな~、なんて言っていたんだけどさ」
「それじゃあ、もう少ししたら帰ってくるってこと?」
「たぶんね」
「たぶん?」
「小さい子がいるパートさんはさ、夏休みとか、学校が休みになるようなタイミングでお仕事をセーブしがちなの。じゃあ、その穴をどう埋めるかって言ったら、同じタイミングで休みになってる学生さん」

 なるほど、バイト三昧で帰ってこないのではないか、と想像しているみたいだ。

「友希が帰ってきてくれたら、愛佳がいつか家を出て行っても、〝時々は帰るものだ〟と思って帰ってきてくれるんじゃないかって考えたりするんだけど。こうしてろくに連絡もなく帰ってこないお姉ちゃんの背中を追いかけて、愛佳も帰ってこないんだろうな、なんて、もうすでにさみしい気分なんだよねぇ」

 未来のあたしは、どうするだろう。
 やっぱりお姉ちゃんの背中を追いかけて、家族を気にせず自分の人生を、生きたいように生きるのだろうか。

 ――花火大会にお越しくださり――

 町に響く、アナウンス。

『この先でレモネードを販売しています! 収益は全額、小児がんの治療・研究のために寄付します!』

 耳に届く、甘く鋭い声。

 気になる。声の主が気になる。あの声を放つ人がどんな顔をしているのかを知ることができないままに、あたしは花火を見られないと思う。

 お母さんへの返事なんて遠く彼方に放り投げて、声の主の姿を探すために辺りを見回した。首を、体を振るたびに、カラン、カランと瓶の中で踊らされたビー玉が鳴った。

「どうかしたの?」
「え? ああ、なんか――」

 いた。レモネードの文字と絵が書かれたプラカードを持った人を見つけた。その人は、〝レモネード〟という言葉の響きがよく似合う、さわやかで、どこか甘い顔をした長身の男の人だった。

「き、寄付って、ステキじゃない?」
「素敵、だけど。……急にどうしたの?」
「レモネード、買いに行こうよ」
「それは、いいけど……」
「ほら。花火を見ている間、飲むものないし」

 空っぽの瓶を振る。ゴロゴロとビー玉が鳴った。

「まぁ、そうね。今度はお母さんが買ってあげる。ラムネのお礼」
「いいや、あたしが出す。これは寄付だから。お母さんのお金じゃ意味ないもん」
「そう? なんか、良からぬことを考えてないでしょうね?」
「良からぬこと? 何それ。寄付に良からぬことなんてあるの?」
「……それもそっか。じゃあ、行こう。花火が上がるまで、もうそんなに時間ないだろうから」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完】経理部の女王様が落ちた先には

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位 高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け ピンヒールの音を響かせ歩く “経理部の女王様” そんな女王様が落ちた先にいたのは 虫1匹も殺せないような男だった・・・。 ベリーズカフェ総合ランキング4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 関連物語 『ソレは、脱がさないで』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『初めてのベッドの上で珈琲を』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...