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2・花火*募金*レモネード
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しおりを挟むひとりでも多くの人にスタンドの存在を知らせるためにだろう。彼は大きな声で叫びながら、どんどんとレモネードスタンドとは反対の方向へと進んでいく。
あたしは後ろ髪をひかれるってこういうことなのかな、と考えながら、お母さんの半歩前をずんずんと歩いて、スタンドを目指した。
見つけたレモネードスタンドはシンプルなものだった。テントの左右にのぼりが揺れている。長机があって、その横に大きなクーラーボックスが置かれている。辺りに立って声を張っている人の手には、ペットボトルのレモネード。
「なんだ、手作りとかじゃないのね」
お母さんがぼそっと言った。
あたしは辺りを見て、それからお母さんを睨んだ。
「ごめん。失礼なことを言いました」
お母さんはそう言うと、口にチャックをするしぐさをした。
あたしが何かを言うでもないから、必然的に無言になる。ずんずんとレモネードスタンドへ近づく。
近づいてくるあたしたちに気づいたらしい、テーブルの向こうにいる女の人が微笑んだ。
「こんばんは。こちらでは、小児がん支援のためにレモネードを――」
「二本ください!」
「あ、はい! ありがとうございます! 四百円になります」
さっき買ったラムネは一本三百円だった。お釣りでもらった百円玉四枚で払えるや、と思いながら、なんで寄付する飲み物のほうが安いんだろう、とも思う。
「ちょうどいただきます。ありがとうございます。あちらからお渡ししますね」
手で指し示された方を見る。クーラーボックスの中には、たくさんの氷と水とレモネード。男の人が、きんきんに冷えたプールをかき混ぜる。レモネードが氷山を砕くように泳いで回る。
捕らえられた――いや、救い上げられた、と言ったほうがいいのかもしれない――二本のレモネードが纏っている水分が、黄色いタオルで拭われていく。
「ご協力ありがとうございます」
ニッコリ笑って差し出されたレモネードは黄色い。
レモネードを救った男の人の腕は、ほんのり赤い。
「ありがとうございます」
ありがとうございますにありがとうございますを返す違和感が、頭の中をぐるぐると泳ぎ始めた。
「あ、募金箱……」
逃げるように立ち去ろうとしたとき、お母さんが口のチャックを開いた。
「募金箱?」
お母さんが見ているものを、あたしも見てみる。女の人のすぐそばに、見慣れた缶が置いてある。
ハッとした。どうしてそれに気づかなかったんだろう、と思った。それにすぐに気づけなかった自分にイラつきもした。
「あれ、愛佳が友希からもらったやつと、一緒よね?」
「うん」
あたしはレモネードをお母さんに押し付けると、お財布を手に取った。それから、千円札を取り出して、募金箱へと近づいた。
募金箱にお金を入れる。紙幣を入れたからだろう。缶は何も言わない。風が吹いた。閉じない口の中で、千円札が揺れた。
「えっ、そんなにたくさん……平気? 両替しようか?」
女の人が、顔に焦りをにじませながら、手元の小さな金庫に手を伸ばす。
あたしは、首をゆるゆると振って、
「全部、募金します」
「ほ、本当に?」
彼女が心配せずにはいられないのはきっと、あたしが募金箱から目を離さないからだと思う。そう感づいてもなお、あたしは目を離せない。この缶を見ることを止められない。
「じゃ、じゃあ、これ。これ、もらって」
女の人はあたしに押し付けるようにチョコマシュマロを渡してきた。あたしの視線は、マシュマロによって缶から引きはがされた。
マシュマロがひとつ乗った手のひらをじっと見る。その手のひらに、もうひとつのマシュマロが迫る。
もしかしたら、わんこそばならぬわんこマシュマロが始まったのかもしれない。このマシュマロは、止めるまで止まらないかもしれない、と、ふたつ目のマシュマロを押し付けられながら思う。
「いや、募金なんで! もう十分です!」
止められないあたしに助け舟を出してくれたのは、お母さんだった。
「安心してください。これは私のポケットマネーで用意したお礼ですから」
「そうは言っても……」
「じゃあ、このふたつだけ、いただきます。あたしの分と、お母さんの分。喧嘩しなくて済みそうで嬉しいです」
ようやく、あたしはあたしの気持ちを言葉にできた。
マシュマロが止まった。マシュマロは、あたしが発する言葉という赤信号を待っていたのかもしれない。
「マシュマロ、ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ」
「……この缶、ステキですね」
「缶……? ああ、これね。ステキよね」
「お姉さんの缶ですか?」
「お、お姉さんだなんて。私はおばさんよ。お姉さんって言われると、なんだかムズムズしちゃうわ。それで、ええっと。この缶は、ああ、あの子。あの子の缶よ」
おばさんが、あたしの後ろのおそらくは少し先――どこかを見ながら、微笑み手を大きく振った。
振り返る。そこに居たのは、プラカードを持った、さわやかで甘い彼だった。
彼がどんどん近づいてくる。
彼があたしのことを見た。彼の表情が、まるでクーラーボックスに放り込まれたかのように、キンと凍った。それは、一瞬のことだった。彼の表情は、太陽の下に転げた氷のように、どんどんと解けていった。
凍えを失った彼の顔から、喜びや、興奮――胸の高鳴りが花火のように勢いよく打ちあがる。それは笑顔となって花開く。
「あ、あの! こんばんは。それで、ええっと……。人違いだったら申し訳ないんですけど……もしかして――友希?」
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