マシュマロ*クッキー*レモネード

湖ノ上茶屋

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3・恋*天使*悪魔

3-1

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 ドン、と体が震えた。

 それは一発目の花火が放った衝撃が体にまで届いたからで、お姉ちゃんの初恋に手が届いたと思わずにはいられない現状に興奮を隠せなかったからで、周りのみんなには彼氏がいるのに寂しい思いをしているあたしの心にひとめぼれの花が咲いたからだった。

「友希、じゃない、です」
「ああ……。すみません。小さい頃の知り合いに、よく似ているような気がしたもので……」

 彼は気まずそうに笑って、頭をかいた。

「あなた……もしかして、たっくん?」

 お母さんが難しい顔をしながら、片方のレモネードで彼を指して言った。

「えっと?」
「あなた、たっくんよね? この子のお姉ちゃんなら友希って名前よ? あの缶。あれと同じものをね、小さいころ、ホワイトデーの時に友希がもらったの。そのあとすぐに引っ越しちゃった、〝たっくん〟って呼んでいた男の子から。あなた、その男の子によく似ている気がする」

 レモネードが次に指したもの――募金箱の缶――に視線を移した彼の顔が、みるみる驚きの色に染まっていく。

 ヒュー、と飛びあがる音がして、ドン、と咲いて、散る音がした。

「友希、元気ですか」

 彼の目にはもうあたしの姿なんて見えていそうになかった。お母さんとふたりで、お姉ちゃんの話をし始めた。
 寂しい、と思った。悔しい、と思った。ずるい、とも思った。何のことをずるいと思ったのかは、自分でもよく分からないけれど。

「これ、ぼくの連絡先です。お手数おかけして申し訳ないのですが、友希に伝えてもらえませんか?」

 言いながら、彼は病院の診察券くらいの小さなカードを差し出した。

「ああ、うん。それは構わないけど……できるかしら。アプリとか、使いこなせていないタイプでさ」

 お母さんは、それを受け取るのをためらった。

「あたしがやるよ」
「愛佳が? ああ、でも、愛佳のほうがこういうこと詳しいか。申し訳ないけれど、この子に任せてもいいかしら?」

 お母さんが問うと、彼の視線があたしに向いた。彼の瞳は大きくて、澄んでいて――花火のかけらがよく似合っていた。

「お願い、できますか?」

 彼が微笑みあたしを見つめた。その微笑みが、あたしの口にチャックをした。「うん」とも「はい」とも言えないあたしは、小さくこくんと頷いた。マシュマロをポケットに突っ込んで、彼からカードを受け取る。あたしはそれを無くさないように、急いでお財布に入れた。



 レモネードのふたを開けて、口をつけた。
 レモネードのくせに、レモンが遠い。酸っぱいよりも、なんだか甘い。

 空に黄色い花が咲いた。あの花を口に含んだらこれと同じように甘いのだろうか、と、あたしはその花を見ながら考えた。

「どうしたの? なんだかぼーっとしてない?」

 お母さんが、ビールでも飲むみたいにがぶがぶとレモネードを飲み干して言った。

「そう、かなぁ」
「うん。ぼーっとしてる。まるで花より団子って感じ」
「それを言うなら、花火よりレモネード、じゃなくて?」
「まぁ、細かいことを言えばそうなるのかもしれないけど。……たっくんの連絡先、ちゃんとお姉ちゃんに伝えてよ?」
「どういうこと? あたしが伝えないかも、とでも思ってるの? そんなに信用ないかなぁ」
「信用がないってわけでもないんだけど……」
「じゃあ、何?」

 ヒュー、

「なんだか――」

 ドン、ドン、ドン。

 お母さんが呟いたことは、舞う花びらに邪魔されて、あたしの耳には届かなかった。なんて言ったの? と問うでもなく、分かった? と問われるでもないその言葉が何だったのか、夜空を見上げるあたしには分からない。

『愛佳ー!』

 その声は、花を切り裂くほどに大きかった。
 声がしたほうを見る。

「あ、咲菜だ」

 人をかき分け近づいてくる、彼氏と一緒に花火を見ているはずの友人を目で追う。

「友だち?」
「うん」
「じゃあ、お母さんはぼちぼち帰ろうかな」
「え、帰るの? 花火、見始めたばっかりじゃない?」
「まぁ、そうだけど。見られたし、なんだかもう疲れたし」
「歩いて飲んで見上げただけじゃん。お母さん、老いたね」
「女の人に老いたとか言うの、やめな? それで……花火が終わったらすぐに帰ってきなさいよ? 何かあったら連絡して」
「ああ、うん」
「じゃあ、お友だちと楽しんで~」

 お母さんはひらひらと手を振りながら、あたしから空っぽのレモネードのボトルを奪い取って、煙みたいに人の波の中に紛れて消えた。

「愛佳! さっきの人は? お母さん?」

 あたしの元までようやくたどり着いた咲菜が、息を切らしながら問いかけてきた。

「ああ、うん。なんか、疲れたから先に帰るって」
「そうなの? それじゃあ、一緒に見よう?」
「彼氏は?」
「あんな奴、いいの」
「あんな奴って……」

 ヒュー、

「あいつ、二股かけてやがった」

 ドン、ドン、ドン。

 咲菜は花開く音に合わせて、大きな声で愚痴を叫んだ。それは空に咲く花を主役から引きずり降ろした。あたしたちは驚き、怒り、哀れみ、気まずそうな多くの目に囲まれた。

『もっと言っちゃえっ!』

 ビールをあおるお姉さんが、咲菜をあおる。

 ヒュー、ともうすぐ花が咲く音がした。

「わたしの初恋、返せ! 颯のバカー!」

 爆音が隠しきれなかった大声が、夜の空に溶けていった。


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