桜はまだか?

hiro75

文字の大きさ
上 下
12 / 87
第一章「雛祭」

3の1

しおりを挟む
 火付けの容疑者を捕縛したというので、大番屋まで出張った神谷源太郎は、その容疑者が女だと聞いて驚いた。

「女か?」

「へい、どうにも嫌なことで」

 案内に出た貞吉は、顔を顰めていた。

 調べの間の前では、秋山小次郎が湯呑茶碗を手に持って、ぼーっと床几に座っていた。

「どうした秋山?」

 声をかけると、夢から目覚めたように顔を上げ、目を瞬かせる。

「あっ、これは神谷様」

「お前らしくないな、何を呆けておる?」

「はあ……、どうも今日は調子が出ませんで……」

「はあ?」

 源太郎は、調べの間を覗き込んで、二度驚いた。

「娘か?」

「はあ、今年で十六のようで……」

 小次郎は、盆の窪に手をやる。

「十六か……」

 源太郎は娘を見た。

 格子戸から光が差し込み、娘の顔を青白く照らしている。

 源太郎は、その姿を美しいと思った。

 髪は乱れ、着物も無理やり着せたようで整ってはいなかったが、

(こいつは、普通に町中ですれ違ったら、振り向きたくなるような、いい娘っ子だな)

 と目を瞠った。

「で、どこの娘だ?」

「はあ、本郷追分の八百屋、福田屋市左衛門のひとり娘、お七でございます」

 小次郎は、源太郎に事のあらましを語った。

「こんな娘が、三度も火付けを働くとは……」

 源太郎は信じられなかった。

「確かか?」

「火打袋を持って、現場の近くに座り込んでおったといいますから……」

「それで、本人は何と言っておるのだ」

「はあ、それが……」

 小次郎は言い渋る。

「喋らないのでございますよ」

 代わりに貞吉が答えた。

 源太郎は眉を寄せた。

「先程から、宥め賺したり、脅したりしているんですが、呆けたようにぼーっとしちまいやがって」

「ほう、鬼の秋山でも駄目かい?」

 小次郎は、むすっとした顔をした。

「まあ、そう怒りなさんな」

 源太郎は調べの間に入って、お七の傍らに膝を落とした。

「わしは、南町奉行所三番組与力の神谷源太郎じゃ。そなた、名は何と申す?」

 源太郎が優しく問うが、お七は三尺先の床を見るともなしに見ている。

「口が利けぬわけではなかろう? それとも大番屋に連れて来られて萎縮したのかな?」

 微笑みかけるが、お七の表情に変わりはなかった。

「そなた、お七というそうだな。お七、我等は鬼ではないぞ。まあ、鬼のような顔をした輩もおるがな」

 貞吉は、小次郎を見る。

 小次郎が、ギロッと睨み返す。

 貞吉は、慌てて目を逸らした。

「お七、お前はいま自分が置かれておる立場というのを理解しておるのか? よいか、お前はいま、火付けの疑いで捕まっておるのだぞ。分かるな、火付けは大罪じゃ。例え小火であろうとも、火罪になるのだぞ」

 お七は、瞬きもせずにじっと床の上を見つめている。

「お七よ、本当にお前が火付けをやったのか?」

 調べの間に一筋の光が入って、塵に反射してきらきらと輝いている。

「お七、喋らんか!」

 源太郎は恫喝してみるが、お七の表情は変わらなかった。

 源太郎は、小次郎と貞吉を見た。

 貞吉は首を横に振った。

 源太郎は、ふっと大きな溜息をついた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

始まりは最悪だったと・・・・思いたくはないです、今度こそ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:100

君がため、滝を昇らん

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

ラヂオ

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

美少女暴れん坊将軍吉宗の恋愛倹約令

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

綺麗な花

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

1人の男と魔女3人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:1

あなたと図書室で

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

猫目の伯爵令嬢は今日も今日とて労働に従事する(ФωФ)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:3,052

風の惑星ギャルソン

絵本 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

歌声ピアニシモ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

処理中です...