桜はまだか?

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第三章「焼き味噌団子」

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 阿部様とは、老中安部豊後守正武あべぶんごのかみまさたけのことである。

 本日は、評定所で行われる式日寄合裁判の日だった。

 式日寄合裁判とは、月に三度行われる、寺社奉行・勘定奉行・町奉行の三奉行の立会いのもと、複数の支配に跨る重大な刑事・民事訴訟を取り扱った裁判である。

 三度のうち一度は、老中が出席することがあった。

 本日は、老中出席の下で執り行われた。

 裁判前に、正親が詰め所で控えていると、北町奉行北条安房守氏平ほうじょうあわのかみうじひらが入って来て、

『これは飛騨守様、足の具合はいかがですかな?』

『いや、この数日、暖かい日が続いたので頗る調子が良かったのじゃが、どうも今日は朝から刺し込むようでな……』

『それはいけませんな』

 と他愛無い挨拶をした。

 氏平は、頭脳明晰、おまけに職務に熱心で、幕閣内での評判も高い。

 だからといって、上の者に媚びるとか、賄賂を贈るとか、そういったことは一切しない。

 面長の顔は融通がきかず、堅物に見られがちだが、これがどうして、なかなかの人情家で、下々への面倒見も良かった。

 そのため、一癖や、二癖ある与力・同心の受けも良く、町民からの人気もあった。

(ともすれば、人の足を引っ張り、自分が出世することだけを考えている愚か者の集まりの中で、珍しく話しの分かるやつがいたものだ)

 と、正親も彼に一目置いている。

 因みに、正親の言う、「愚か者の集まり」とは、幕閣のことらしい。

『ところで、例の件はどうなりましたでしょうか?』

 氏平は、神妙な面持ちで訊いた。

『うむ? 例の件とは?』

『はあ、娘が火付けをしたとかいう』

『ほう、もうそなたの耳にも入っておるのか。いや、まだ探索中でな』

『はて、では疑問でも?』

『うむ、それについても探索中じゃ』

『左様ですか』

『何かあるのか?』

『いえ、ただ、下々のほうでも大分噂になっておるようでして』

『ほう、どのような?』

『御番所は、娘っ子に拷問をしているとか、無実の娘を捕まえているとか』

 氏平は小声で言う。

『ほう、そのような』

 正親は、からからと笑った。

『いや、失礼。その点も踏まえて探索も続けておる』

『左様ですか』

『そう心配なさるな』

『心配などと、差し出がましいことを申しました』

『いや、いや』

 左右に手を振ったところで、評定所に入った。
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