桜はまだか?

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第5章「桜舞う中で」

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 中庭は、温かい日差しを受け、燦々と輝いている。

 座敷は、暗く湿っている。

 秋山小次郎は、中庭に目をやった。

 眩しさに目がくらむ。

 視線をもとに戻すと、目に焼きついた光のせいで、室内は一層暗くなった。

 小次郎は、福田屋にいた。

 目の前には、市左衛門とおさいが座っている。

 二人とも、一様に暗い顔をしている。

 特におさいは、以前見たときよりも老け込んでいた。

 白髪の数が、彼女の心労を表している。

「お七があのようになりましてから、ずっと寝込んでおりました。今日も寝ておけと言ったのですが、どうしても秋山様のお話を聞きたいと申しますので」

 市左衛門は、半分は妻を心配するような、半分は呆れたような顔を向けた。

「無理はいけねえよ、おさいさん」と、小次郎はおさいに声をかけた、「おめえさんが体を壊したら、むしろお七のほうが心配しちまうぜ」

「ええ、分かっているのです。でも、どうしても、お七の様子が聞きたくて……、お七は、どうしておりましょう? きちんとご飯を食べておりましょうか? 体を壊してはおりませんでしょうか?」

 食事は殆どとっていない。

 体調は悪くなさそうだが、一日中ぼーっとして、相変わらず黙りこくっている。

 そう伝えると、おさいは込み上げてくる嗚咽を必死で堪えた。

「それで、お七はどうなるのでしょうか? やはり……」

 母親として、「火罪」は口にできないのだろう。

 その言葉を呑み込んだ。

 小次郎は、市左衛門とおさいに、お七事件の顛末を話してやった。

 話し終えると、おさいが叫んだ。

「では、その吉十郎とか、生田とかいう侍に唆されて、火を付けたというのですか?」

 小次郎は頷いた。

「では……、では……、悪いのはその二人なのですね。お七は、悪くはないのですね。その二人を捕まえてください。その二人を火炙りにしてください」

 おさいの声は、薄暗い部屋に良く響き渡った。

「吉十郎は、火付改に捕まったよ、いずれ、向こうが処罰しようが。だが、生田には手が出せねぇ。人のくずだが、あれでも旗本だ。俺たち町方じゃ、どうにもならねぇんだ」

「そ、そんな……、なぜです。悪いことをした人は、罰せられるのでしょう? お侍だから許されるって、何でございましょう? 秋山様、お願いでございます。その侍を捕まえてくださいまし。そして、火炙りに……」

 おさいは、額を畳にこすり付けた。

 嗚咽で、彼女の体が小刻みに震えている。

「すまねぇ……」

 小次郎は、そう呟くしかなかった。

 市左衛門は、妻の背中を摩ってやりながら言った。

「おさい、もうよしましょう。これ以上、秋山様にも、御番所にも、世間様にもご迷惑をおかけしちゃいけないよ。あの子のことは、諦めましょう」

 おさいはがばっと起き上がり、真っ赤にした目を見開いて、夫を睨みつけた。

「諦めろですって? あの子を諦めろとはなんですか? お七は、私たちの大切な娘なんですよ」

「それは分かっていますよ。ですが、お七だけじゃありません。吉左衛門も、助左衛門も私たちの子です。お七のことで、二人も迷惑しているのですよ」

「それが何ですか? 何が迷惑ですか? 血が繋がった兄妹でしょう? 互いに助けあうのが、親子ではないですか! 兄妹ではないですか! お七を……、お七を助けてあげたいとは思わないのですか?」

「そのとおりですよ! 親子なら、兄妹なら助け合うものですよ!」

 市左衛門の口調が強くなった。

 またおっぱじめやがったと、小次郎は首を竦めた。

「親子なら、兄妹なら、助けあうのが当たり前です。でも、どうですか? お七は、私たちを助けてくれましたか? 身分違いの侍にうつつを抜かし、金まで貢ぐとは。しかも、私たちが必死で働いて貯めたお金まで手を付けて。挙句の果には、男に唆されて火付けまで働いて。お七のせいで、私たちは滅茶苦茶ですよ。吉左衛門だって、いずれは良い嫁を持たせて店を継がせようと思ったのに、罪人の妹がいるところに、誰が嫁に来るのですか? 助左衛門だって、お寺で一生懸命頑張っているのに、罪人の妹のせいで、いまごろどんな酷い扱いを受けているやら。私だって、近所の方々に顔向けもできません。店も、お武家様からのご注文が少なくなって大変なのですよ」

「娘の命と、御店とどちらが大切なのですか?」

「どちらも大切です。ですが、店を潰すわけにいかないのですよ。これで私たちは食べていけるんですからね。奉公人だって、食べさせているんですよ」

「あなたは、いつもそれです」

 おさいの声も、負けじと大きくなる。

「何事も御店が優先で。御店が一番。御店のためだ。私が、子どもたちのことで相談事があると、すぐに御店に逃げて。子どものことは、お前さんに任せてますって……、私、もう……、嫌です……」

 最後は嗚咽に消えた。
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