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29.一時帰宅
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転移先はダイニングだった。
外は寒いから、屋内でよかったけどしばらく人がいなかった家は芯まで冷たい。
「寒っ。暖炉つけなきゃ。」
薪置き場に向かおうとした私を、ノルックが引き留める。
「これくらい僕を頼って。」
そう言うと、足元から一気に暖気が広がっていく。
「あ、ありがとう。ついでにお掃除もお願いしていい?」
ノルックが頷くと、落ちていた埃が消えて磨かれたような床が蘇った。
「すごい魔術師になったのに、こんなことに使ってもらうの申し訳ないけど、すごい助かる~ありがとう!」
感謝を伝えるとノルックが少しはにかむようにして手を広げてきた。
ハグの催促だ。余計なことを考えないように軽いハグをしてすぐ離れた。
朝のノルックを思い出して顔が直視できない…
「ミノリ?」
「あ、そうそう。帰ったらやりたいことがあったんだった。ノルックはどこかで時間潰したり戻ったりしてもいいよ。」
「どこにも行かない。ここにいる。」
そう言って斜め後ろに立つ。歩いて移動する時のノルックの定位置。
言っても無駄なのは既にわかっているのでノルックのしたいようにして私も目的を済ませることにした。
ダイニングの真上にはしる太めの梁の下に年季の入った三脚を持ってくる。
三角の飾り彫があるところに手をかけて手前に引くと、中に2つの箱が現れる。
「ただいま、ソニアさん、ダイアさん。」
さっきのノルックの魔法で、箱の埃も取り除かれたようだった。変わらず並んでいるのを確認して飾り彫の蓋を閉めた。
「ミノリ…それはなんだ。」
ノルックが得体の知れないもの見るように眉を寄せている。
「あ、ソニアさんとダイアさんの、お墓…っていうのかな。こっちは家の中に埋葬?するんだね。次いつ来れるかわからないからお墓参りしておこうと思って。」
三脚を下りてもノルックは飾り彫を見上げている。
「あの模様綺麗だよね。ダイアさんの故郷の模様なんだって。」
森の民の証らしく中央に大木や葉をイメージしたような模様があり、蔓や花でその模様を彩っている。
「これは…まさか森の民の…?」
「ノルックもこの模様のこと知ってるんだ。ダイアさんって森の民だったんだって、といってもそれ以上のことは知らないんだけど。ソニアさんとどうやって出会ったのかとかもっと聞けばよかったな。」
あんなにあっさり終わりが来ると思ってなかったから、あの時は目の前のことを覚えて2人の力になることにいっぱいいっぱいで、2人の過去については知っていることが少ない。
過去を懐かしんでいる横で、ノルックは『…伝説じゃなかったのか…』とか『ということは…は…ではなかった?』などぶつぶつと呟いている。
お墓が綺麗なことを確認したので次の作業に取り掛かりたい。
「私、ちょっと調薬室行ってくるね。」
「僕も行く。」
考えに耽ってそうだったから声かけたけど、ノルックはすぐに思考を止めてついてきた。
調薬室は、薬を処方したりスパイスを調合する時に使っている部屋だ。
粉末や乾燥中のハーブがあって、独特の香りがする。
部屋に入ると、メモを開きながら棚から必要なものを取り出す。洗っておいたすり鉢と透明な瓶も用意した。
少し遅れてノルックが入ってきた。初めてきたわけでもないのに、やたらと部屋の中を見回している。
「すぐやるからちょっと待っててね。」
ドライフラワーにしていた、夜を溶かした黒い花をすり鉢で細かくして、光にあたるとチラチラと光るコリュの実、緑色の砂、細かく砕いたキャボの根を瓶いっぱいに入れる。
よく混ざるように瓶の蓋を閉めて振ったら完成だ。
「ミノリそれは?」
いつの間にかノルックが背後に移動していた。
「あ、これお庭に撒くの。弔いの時にソニアさんがやってて、ダイアさんの故郷の伝統なんだって。これを撒いた場所は死んだ人の魂が下りてきやすくなるらしくて、毎年やってるんだ。」
冬はソニアさんとダイアさんが亡くなった時期だから。死んだ人の魂が戻ってくる話が前世で聞いたお盆やお彼岸みたいで、気休めだけど戻ってきてくれたらいいなと思って毎年やっている。
「僕がいた時はやってなかったよね?」
「あ、これは自己満だから。ノルックがいた時はノルックが寝た後とかにこっそりやってたんだ。」
そう。と言ってノルックがまた考え始めたから、今度は声をかけずにそっと横から抜け出した。
ハンガーにかかったままのダイアさんのジャケットとソニアさんのベストに手を伸ばすと、後ろから遮られる。
「僕に頼ってって言った。」
体を反って見上げると、ノルックがむくれた顔をしている。
「だって、何か難しそうな顔してたから。久しぶりにこれ着るのもいいかなと思って。」
「いらない。僕が温める。」
ノルックが手を翳すと、膜が張られたように暖気が体の周りを覆った。
外に出ても全く寒くない。
結界の中の範囲で、瓶の中の砂を庭に撒き散らした。ノルックもついてきてぼんやりと私が砂を撒く様子を見ている。
家の周りに撒いた砂は、不思議なことに1日経つと消えてしまうので、本当にソニアさんとダイアさんが来てくれたみたいで何気に気に入っている。
「ソニアさん、ダイアさん、いつでも遊びに来てくださいね。」
明日までここで過ごすつもりだ。
ノルックにうまく説得できるように、手を組んでソニアさんとダイアさんに祈りを捧げた。
外は寒いから、屋内でよかったけどしばらく人がいなかった家は芯まで冷たい。
「寒っ。暖炉つけなきゃ。」
薪置き場に向かおうとした私を、ノルックが引き留める。
「これくらい僕を頼って。」
そう言うと、足元から一気に暖気が広がっていく。
「あ、ありがとう。ついでにお掃除もお願いしていい?」
ノルックが頷くと、落ちていた埃が消えて磨かれたような床が蘇った。
「すごい魔術師になったのに、こんなことに使ってもらうの申し訳ないけど、すごい助かる~ありがとう!」
感謝を伝えるとノルックが少しはにかむようにして手を広げてきた。
ハグの催促だ。余計なことを考えないように軽いハグをしてすぐ離れた。
朝のノルックを思い出して顔が直視できない…
「ミノリ?」
「あ、そうそう。帰ったらやりたいことがあったんだった。ノルックはどこかで時間潰したり戻ったりしてもいいよ。」
「どこにも行かない。ここにいる。」
そう言って斜め後ろに立つ。歩いて移動する時のノルックの定位置。
言っても無駄なのは既にわかっているのでノルックのしたいようにして私も目的を済ませることにした。
ダイニングの真上にはしる太めの梁の下に年季の入った三脚を持ってくる。
三角の飾り彫があるところに手をかけて手前に引くと、中に2つの箱が現れる。
「ただいま、ソニアさん、ダイアさん。」
さっきのノルックの魔法で、箱の埃も取り除かれたようだった。変わらず並んでいるのを確認して飾り彫の蓋を閉めた。
「ミノリ…それはなんだ。」
ノルックが得体の知れないもの見るように眉を寄せている。
「あ、ソニアさんとダイアさんの、お墓…っていうのかな。こっちは家の中に埋葬?するんだね。次いつ来れるかわからないからお墓参りしておこうと思って。」
三脚を下りてもノルックは飾り彫を見上げている。
「あの模様綺麗だよね。ダイアさんの故郷の模様なんだって。」
森の民の証らしく中央に大木や葉をイメージしたような模様があり、蔓や花でその模様を彩っている。
「これは…まさか森の民の…?」
「ノルックもこの模様のこと知ってるんだ。ダイアさんって森の民だったんだって、といってもそれ以上のことは知らないんだけど。ソニアさんとどうやって出会ったのかとかもっと聞けばよかったな。」
あんなにあっさり終わりが来ると思ってなかったから、あの時は目の前のことを覚えて2人の力になることにいっぱいいっぱいで、2人の過去については知っていることが少ない。
過去を懐かしんでいる横で、ノルックは『…伝説じゃなかったのか…』とか『ということは…は…ではなかった?』などぶつぶつと呟いている。
お墓が綺麗なことを確認したので次の作業に取り掛かりたい。
「私、ちょっと調薬室行ってくるね。」
「僕も行く。」
考えに耽ってそうだったから声かけたけど、ノルックはすぐに思考を止めてついてきた。
調薬室は、薬を処方したりスパイスを調合する時に使っている部屋だ。
粉末や乾燥中のハーブがあって、独特の香りがする。
部屋に入ると、メモを開きながら棚から必要なものを取り出す。洗っておいたすり鉢と透明な瓶も用意した。
少し遅れてノルックが入ってきた。初めてきたわけでもないのに、やたらと部屋の中を見回している。
「すぐやるからちょっと待っててね。」
ドライフラワーにしていた、夜を溶かした黒い花をすり鉢で細かくして、光にあたるとチラチラと光るコリュの実、緑色の砂、細かく砕いたキャボの根を瓶いっぱいに入れる。
よく混ざるように瓶の蓋を閉めて振ったら完成だ。
「ミノリそれは?」
いつの間にかノルックが背後に移動していた。
「あ、これお庭に撒くの。弔いの時にソニアさんがやってて、ダイアさんの故郷の伝統なんだって。これを撒いた場所は死んだ人の魂が下りてきやすくなるらしくて、毎年やってるんだ。」
冬はソニアさんとダイアさんが亡くなった時期だから。死んだ人の魂が戻ってくる話が前世で聞いたお盆やお彼岸みたいで、気休めだけど戻ってきてくれたらいいなと思って毎年やっている。
「僕がいた時はやってなかったよね?」
「あ、これは自己満だから。ノルックがいた時はノルックが寝た後とかにこっそりやってたんだ。」
そう。と言ってノルックがまた考え始めたから、今度は声をかけずにそっと横から抜け出した。
ハンガーにかかったままのダイアさんのジャケットとソニアさんのベストに手を伸ばすと、後ろから遮られる。
「僕に頼ってって言った。」
体を反って見上げると、ノルックがむくれた顔をしている。
「だって、何か難しそうな顔してたから。久しぶりにこれ着るのもいいかなと思って。」
「いらない。僕が温める。」
ノルックが手を翳すと、膜が張られたように暖気が体の周りを覆った。
外に出ても全く寒くない。
結界の中の範囲で、瓶の中の砂を庭に撒き散らした。ノルックもついてきてぼんやりと私が砂を撒く様子を見ている。
家の周りに撒いた砂は、不思議なことに1日経つと消えてしまうので、本当にソニアさんとダイアさんが来てくれたみたいで何気に気に入っている。
「ソニアさん、ダイアさん、いつでも遊びに来てくださいね。」
明日までここで過ごすつもりだ。
ノルックにうまく説得できるように、手を組んでソニアさんとダイアさんに祈りを捧げた。
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