フラれ侍 定廻り同心と首打ち人の捕り物控

sanpo

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白殺し

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 三人は竹太郎の繰る舟で代奴のいた芸者置屋へやって来た。
 深川一帯は竹太郎の言う通り舟で移動する方が早い。柳橋から隅田川をスイスイ下って新大橋を目指す。そこから小名木川に入って万年橋を潜ったら、更に漕いで、見えて来た橋が扇橋。橋下の雁木がんぎにあらよっと竹太郎は威勢よく舟を留めた。この一帯が扇橋町だ。置屋の名はここから採ったのだろう。

 橋のすぐ側、黒塀を巡らせた洒落た作りだが扇橋屋はさほど大きな芸者屋ではなかった。
 置いている芸妓は4人。代奴が一番の売れっ子だった。事情が事情なので葬式はもう済ませたとあるじの彦兵衛はイの一番にそう告げた。代奴にはもっと稼いでほしかったと口惜しそうな様子を隠そうとしない。とはいえ、七つの歳から引き取って芸事を仕込みここまで育て上げたのだ。扇橋屋の主と女将が特別に冷酷な人間と言うわけではない。
 あんな騒動があったにもかかわらず太鼓持ちの粗肴と二人の芸妓は座敷に出ているとのこと。若い親分風の竹太郎はともかく御様御用人の浅右衛門がよほど恐ろしいと見えて主も女将も強張った顔で俯いたままほとんど口をきかなかった。そんな店主夫婦の代わりに涙が止まらない妹芸者――豆吉と言う名だ――がほぼ一人で喋り続けた。
「代奴姐さんはほんとに優しい人でした。実家が子だくさんで大勢妹や弟がいるからって、私のことも本当の妹みたいに可愛がってくれました」
「ほう、そうなのかい」
「代奴姐さんは気性が激しいって言われるけど私にはいつだって良くしてくれました。姐さんがいなくなって私は寂しくってたまりません」
「うむうむ、そうだろうなぁ」
 しゃくりあげながらふいに顔を上げた。
「やっぱりあれは虫の知らせだったんですね」
 辛抱強く耳を傾けて来た久馬、ここで初めて身を乗り出す。
「何がだい?」
「姐さんは、殺された日――二十六夜待ちの宵に掃除をしてたんです」
「掃除くらい、いつでもするだろう?」
 豆吉はブンブンと首を振った。
「代奴姐さんにとっちゃ〝いつでも〟じゃないんです」
 竹を割ったような気質がいかにも辰巳芸者らしくて人気だった代奴、部屋の片付けなどはあまり気にかけなかったらしい。
「それを、あの日に限って熱心に掃除をしていたんです。私、夕方に一度ここへ戻って来たんですがその時聞いた音から察すると箪笥まで動かしたんじゃないでしょうか」
 懐紙を出して涙を拭き、ついでにチーンと鼻を噛んでから豆吉は続ける。
「夜、月待ちの最後の座敷から帰って来て姐さんの部屋を覗いた時、本当に綺麗になってた。隅々まで整頓されて、畳なんてピカピカで」
 ウッと唇を噛む。
「でも、その時にはもう姐さんは柳原土手で死んでいたんだ。ああ、姐さん、また一緒にとら屋の餡汁子あんしるこ餅、梅園うめぞの粟汁粉くりしるこ、それから玉英堂の虎家喜とらやきを食べに行こうって約束してたのにぃぃ……」
 突っ伏して泣き出す妹芸者にどんな言葉を掛けてやればいいか困り果てた時、襖が開いた。
「ただ今戻りました」
「おお、粗肴さん、いいところへ帰って来た。八丁堀の旦那が代奴について話を聞きに来ていなさるんだ」
 主は明らかにホッとした顔をして、
「おまえさんなら私たちより詳しいことを教えてやれるんじゃないかい? よろしく頼むよ」
 久馬は浅右衛門と竹太郎に目配せすると腰を上げた。
「葬儀を終えたばかりでなにかと忙しい扇橋屋さんをこれ以上煩わせるのもなんだ、外へ行こうか。粗肴さん?」

「お気を使っていただいて、ありがとうございます」
 置屋近くの蕎麦屋の二階。黙ってついて来た太鼓持ちは部屋に入るなり、ぞろりと長い羽織の裾を揃えて深々と頭を下げた。
「扇橋屋さんの御主人の前では私が話しづらいだろうと思って外へ連れ出してくださったんですね、同心だんな様」
 ゆっくりと顔を上げる。穏やかな眼差しのせいだろう、三十前後と聞いていたがずっと年嵩としかさに見えた。
「今回の件でいづれ私の元へ八丁堀のどなたかがやって来るだろうと覚悟はしていました」
 太鼓持ちは花魁や芸妓同様見栄の商売と云われている。だから身に纏うものも豪奢だ。羽織の下には絹の着物、博多の独鈷帯、雪駄を脱いだ足の白足袋が眩しい。
「桜川の名からお察しの通り、私は元々はあっち、吉原の幇間たいこでした。どういうわけか深川の水が肌に合いまして、扇橋屋さんに厄介になっております」
 流石に澱みの無い滑らかな話しぶりだ。声も柔らかく耳に心地よい。思わず聞き惚れていた久馬、単刀直入にズバリと斬り込んだ。
「粗肴さんよ、あんた、代奴の文使いをしてたって?」
「はい、やってました。私は歳は上だが、まだまだ芸歴は浅い。扇橋屋さんに移ってから代奴姐さんにそりゃあ可愛がってもらいました。なので、姐さんの頼みは断れませんでした」
 僧侶のように剃り上げた頭をツルリと撫でる。
「代奴姐さんは芸も気風も一流です。ただ情が濃すぎる。既にご存知と思いますが憎からず思っていた幼馴染の秀さんを勤め先の紺屋のお嬢さんに盗られたのがよっぽど悔しかったみたいで」
 悲し気に笑った顔に無念さが滲んだ。
「私もそれとなくたしなめたんだが、こればっかりはどうにも聞く耳を持ちません」
「おまえさんが運んだ文は何通くらいなんだ?」
 粗肴は宙を見つめて、
「かれこれ……十五、六通かと」
 久馬は仰天した。
「十六通!? 紺屋の女中の話だと、およそひと月前からだそうだが――となると二日に開けず文を運んだ勘定になる」
「そうなりますね」
「秀はどうしてたんだ? その都度返事を書いたのか?」
「最初の一通は女中さんを介して受け取ってくれました」
 その時の情景を思い出しているのか、一度言葉を切る。
「ただ二通目を持って行った時、本人が出て来てもう受け取らないから二度と来るなとっ返されました。でもね、受け取ってくれないと私が叱られると必死で頼むと、受け取ってはくれました。秀さんは優しい男だから」
 粗肴は言った。
「その時、『次からは読まずにすぐ焼き捨てる。だからもう文は寄越すなと伝えろ』と言われました。でも、代奴姐さんは書き続けた……」
「二十六夜月の日のこと、おまえのやったことを全て教えてくれ」
「あの日は……」
 一、二度目を瞬いてから太鼓持ちは答えた。
「月が昇る前でした。その日最後の座敷から戻ると『秀さんにこれを』といつものように文を託されたので私はすぐに届けました」
「文を女中に渡してから、おまえはどうしたのだ?」
「そのまま、帰りました。文を渡す、そこまでが私の仕事です。人様を詮索するなんて野暮なことはいたしません。文に何と書いてあったのか、知りませんし、その後代奴姐さんが何処にいたか、どんな目に合ったかも知りませんでした、明け六つ頃かな、慌てふためく扇橋屋の主人に起こされて騒動を初めて知ったんです」

 丁寧に頭を下げ、襖を開けて廊下に出て、襖を締める前にもう一度頭を下げる。こうして桜川粗肴は去って行った。
「俺は太鼓なんかの侍る座敷なんぞ経験したことはないが、声といい、身のこなしといい、見事なもんだ!」
 思わず感嘆の声を上げる久馬。竹太郎も唸った。
「粗肴さんは吉原でも人気があったんですよ。特に声色が得意芸だそうで」
「さてと、これで一応、この件に関わりのある者の話は聞いたわけだが。どう思う、浅さん?」
 浅右衛門は去って行く粗肴の姿を二階の窓から眺めていた。
「うむ、俺は別段これと言ってひっかかるところはないが……久さんはどうなんだ? スッキリしたかい?」
「そうですよ、旦那。今回は旦那が――殺しの下手人にお縄をかけた、その当人がスッキリしないと言い出したから、付き合ったんだ。で、どうです? 『実は白殺しは他にいる』とか『閃いた、あいつが下手人だ』なぁんてのなら、ぜひ教えてくださいよ。この朽木思惟竹が絶対面白い話に仕立て上げてみせますから」
「馬鹿野郎、こちとら、おまえをイッパシの戯作家にするために動いているんじゃねぇや」
 そう言った後で久馬は口を引き結んだ。キラッと瞳が輝く。
「実はな、俺は真の下手人が誰か、うっすらとだが見当がついた」
「げ、本当ですか? 誰なんです?」
「まぁ待て」
 竹太郎を押しのけて久馬は浅右衛門をじっと見た。
「なぁ、浅さんは先刻、俺に藍染の仕事について教えてくれたろ? 藍玉を甕に入れ、いろんな物と混ぜて煮た上でその甕に何度も何度も潜らせないと完全な藍色にはならねぇって。そのいっち薄い色を〈白殺し〉と呼ぶんだろ? 上等だ。俺もよ、今回の件は自分が納得するまで何回も藍に浸けてみたいと思ってる。俺が目串を立てた本当の人殺しがくっきりと浮き上がるまでとことん調べたいのさ」
 ここまで言って久馬、声の調子を変える。
「と言うわけで――今日はこれまでだ。文字梅のとこへ寄って一杯ばれようぜ、浅さん。幸いここを真っぐ行ったら文字梅の家だ」
 呆れ顔で竹太郎が呟いた。
「えー、結局、それですかい?」
 文字梅は常磐津ときわずの師匠をやっている竹太郎の姉だ。定職に就かずフラフラしている弟とは違い深川は菊川町に小粋な一軒家を構え多くの弟子を持つ売れっ子である。
「あーあ、藍玉がどうのと、たまにはいいこと言うと旦那を見直して損した!」


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