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宝さがし9
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三橋は中西道場の近くにある。三つ並んで掛けてあるので三橋。
安宅姫が連れ去られたその橋に至ると、更に驚いたことがあった。そこに老親分、松兵衛がいたのだ。
「松親分?」
「黒沼の旦那、山田様、や、竹も一緒か」
松兵衛は引き締まった表情で皆を迎えた。
「早いお着きだ、お待ちしていました。今さっき一番近い番所へ使いの者を走らせたんだが」
「ではここで拐わかしがあったってのは本当なんだな? 若侍が二人連れ去られたとか?」
「その通りでさ。名前はまだわかっていませんが」
「御船出頭向井家ご息女安宅様と薩摩藩士大庭十郎です」
「ゲッ、そうなんですか? 何故、ご存知で? 貴方様は?」
「こちらは向井将監家用人の篠田さんだ」
久馬が口早に説明する。
「拉致される様子を遠目に見た道場仲間から向井家へ一報があった。俺たちも篠田さんから聞いてここに駆けつけたのさ」
「そうでしたか。まずはご安心なさってください。拐わかした連中の後は追わせています。必ずやアジトを見届けて戻ってくるはず。あっしはそれを待っているんでさ」
「でかした、親分! とはいえ話が上手すぎる。一体何を仕込んだ?」
老親分はちょっと得意そうに顎をしゃくった。
「蛇の道は蛇さ。今までに八人、今回で十人、悪党どもにみすみすやられっぱなしでいられるかってね。一時はてめえの倅も攫われたと思ったんだ。あんな背筋が凍る思いを今も何処かの家族が味わっていると思うと堪らねぇ。何としても目に物見せてやるってんで死に物狂いであっしは考えました。そして、気づいたんです。今回悪事が起こったのはいずれも橋の傍なんでさ」
松兵衛は一気呵成に並べたてた。
「白旗稲荷は竜閉橋、久松町はさかえ橋、瀬戸物町の道浄橋、橘町の千鳥橋に小網町のわざくれ橋……ええい、とにかく、あっしはめぼしい橋の幾つかに子分を二人ずつ見張らせました」
ここ三橋もその一つだった――
「今日、遂にこの橋に立たせていた者から知らせが来たってわけでさ」
老親分の聡明なところは二人組を配した点だ。一人は事件を告げに戻り、もう一人は行方を追跡できる。
「あっしに知らせに戻った方、ゴロ蔵の話では、拐わかし連中は橋の傍に大八車を置いて欄干の修理を装っていた。目星をつけた器量良しが来ると数人で張りぼての欄干の中に押し込んで逃げ去るって寸法さね。ったく、悪知恵の働く奴らだぜ――おっと、追っかけた駒吉が戻って来た!」
「親分、連中は廃寺の境内に入りました。キッチリこの目で見届けましたぜ」
松兵衛の下っ引きが額の汗を拭いながら告げる。
「下谷広徳寺前をズゥーと行って新寺町辺り、あの辺のドサクサまぎれにある小寺の無住のやつ、元は崇元寺とか言ったかな、そこでさ。ご案内します」
「よし、松、行くぜ。浅さん、そして、篠田さん、あんたも来るだろう?」
凛々しい同心の顔で久馬がテキパキと指示する。
「キノコ、おまえは奉行所へ走って与力殿に事情を伝え加勢をお願いしてくれ」
「合点承知の助!」
蛙の子は蛙、松兵衛の子は竹太郎、と言うことでとっくに走り去っている。
ポロリと久馬の口から愚痴が零れ落ちた。
「あーあ、キノコ、おめえは日がな一日座り込んでヘタクソな戯作を書いてるより、そうやって尻端折りして駆け巡ってるほうが絵になるぜ。惜しいことだな、松親分」
「全くで、あの親不孝者……」
時を置かず件の寺へひた走る一行。
道中、蒼白の篠田を浅右衛門が励ました。
「大丈夫さ、篠田さん。幸いと言っちゃあなんだが、大庭さんも一緒に連れ去られている。あの撃剣の腕前なら何があっても安宅姫は必ず守ってもらえる」
篠田はきつく口を引き結んだ。
「そこが逆に不安なんです。何故って、あの男ほどの腕なら連れ去られる前に何とかできたはず。そう思いませんか、山田様。しかも、私がいない時にこんなことが起こるなんて……」
篠田の口ぶりに久馬がギョッとして振り返った。
「まさか、大庭さんが拐わかしに関わっていると疑ってるのか?」
「拐わかしもそうですが、もっと言えば、あの脅し文といい、今回の姫を取り巻く一連の出来事にはどこか不穏な匂いがつきまとっています。上手く言えませんが、私は胸のザワつくような、ずっと落ち着かない気分でした」
向井家の若い用人は歯を食いしばった。
「私も迂闊でした。大庭の素性をもっと詳細に確認するべきだった。大庭は道場では新参者、それなのに姫に接近しすぎる。護衛を名乗り出たり――そもそも脅し文の件を身近な私以外にいち早く知っていたことも気になります。部外者に身辺のことを安易に伝える姫も姫だが」
「そう言われればその通りだ。うーむ、大庭がこれから立ち向かう相手側の仲間だとすると、これはちと厄介だぞ、なぁ、浅さん?」
「ああ、なるほど」
浅右衛門は静かにひとつ頷いた。
「そういうことか……よくわかりました、篠田さん」
「さあ、見えてきましたぜ、皆さん、あそこが宗元寺だ!」
先導する下っ引きが傾いだ山門を指差した。
足を踏み入れるまでもなく門から凄まじい剣戟の音が聞こえて来る。
「や、こりゃいかん、なにやら派手にもう始まってやがる。しかし、まずは中の様子を覗ってから――あ」
「姫――っ!」
逡巡せずに篠田が飛び込んだ。となれば――
久馬、浅右衛門、松兵衛と下っ引きも雪崩れ込む。
「御用だ! 人攫いども、観念しやがれ!」
安宅姫が連れ去られたその橋に至ると、更に驚いたことがあった。そこに老親分、松兵衛がいたのだ。
「松親分?」
「黒沼の旦那、山田様、や、竹も一緒か」
松兵衛は引き締まった表情で皆を迎えた。
「早いお着きだ、お待ちしていました。今さっき一番近い番所へ使いの者を走らせたんだが」
「ではここで拐わかしがあったってのは本当なんだな? 若侍が二人連れ去られたとか?」
「その通りでさ。名前はまだわかっていませんが」
「御船出頭向井家ご息女安宅様と薩摩藩士大庭十郎です」
「ゲッ、そうなんですか? 何故、ご存知で? 貴方様は?」
「こちらは向井将監家用人の篠田さんだ」
久馬が口早に説明する。
「拉致される様子を遠目に見た道場仲間から向井家へ一報があった。俺たちも篠田さんから聞いてここに駆けつけたのさ」
「そうでしたか。まずはご安心なさってください。拐わかした連中の後は追わせています。必ずやアジトを見届けて戻ってくるはず。あっしはそれを待っているんでさ」
「でかした、親分! とはいえ話が上手すぎる。一体何を仕込んだ?」
老親分はちょっと得意そうに顎をしゃくった。
「蛇の道は蛇さ。今までに八人、今回で十人、悪党どもにみすみすやられっぱなしでいられるかってね。一時はてめえの倅も攫われたと思ったんだ。あんな背筋が凍る思いを今も何処かの家族が味わっていると思うと堪らねぇ。何としても目に物見せてやるってんで死に物狂いであっしは考えました。そして、気づいたんです。今回悪事が起こったのはいずれも橋の傍なんでさ」
松兵衛は一気呵成に並べたてた。
「白旗稲荷は竜閉橋、久松町はさかえ橋、瀬戸物町の道浄橋、橘町の千鳥橋に小網町のわざくれ橋……ええい、とにかく、あっしはめぼしい橋の幾つかに子分を二人ずつ見張らせました」
ここ三橋もその一つだった――
「今日、遂にこの橋に立たせていた者から知らせが来たってわけでさ」
老親分の聡明なところは二人組を配した点だ。一人は事件を告げに戻り、もう一人は行方を追跡できる。
「あっしに知らせに戻った方、ゴロ蔵の話では、拐わかし連中は橋の傍に大八車を置いて欄干の修理を装っていた。目星をつけた器量良しが来ると数人で張りぼての欄干の中に押し込んで逃げ去るって寸法さね。ったく、悪知恵の働く奴らだぜ――おっと、追っかけた駒吉が戻って来た!」
「親分、連中は廃寺の境内に入りました。キッチリこの目で見届けましたぜ」
松兵衛の下っ引きが額の汗を拭いながら告げる。
「下谷広徳寺前をズゥーと行って新寺町辺り、あの辺のドサクサまぎれにある小寺の無住のやつ、元は崇元寺とか言ったかな、そこでさ。ご案内します」
「よし、松、行くぜ。浅さん、そして、篠田さん、あんたも来るだろう?」
凛々しい同心の顔で久馬がテキパキと指示する。
「キノコ、おまえは奉行所へ走って与力殿に事情を伝え加勢をお願いしてくれ」
「合点承知の助!」
蛙の子は蛙、松兵衛の子は竹太郎、と言うことでとっくに走り去っている。
ポロリと久馬の口から愚痴が零れ落ちた。
「あーあ、キノコ、おめえは日がな一日座り込んでヘタクソな戯作を書いてるより、そうやって尻端折りして駆け巡ってるほうが絵になるぜ。惜しいことだな、松親分」
「全くで、あの親不孝者……」
時を置かず件の寺へひた走る一行。
道中、蒼白の篠田を浅右衛門が励ました。
「大丈夫さ、篠田さん。幸いと言っちゃあなんだが、大庭さんも一緒に連れ去られている。あの撃剣の腕前なら何があっても安宅姫は必ず守ってもらえる」
篠田はきつく口を引き結んだ。
「そこが逆に不安なんです。何故って、あの男ほどの腕なら連れ去られる前に何とかできたはず。そう思いませんか、山田様。しかも、私がいない時にこんなことが起こるなんて……」
篠田の口ぶりに久馬がギョッとして振り返った。
「まさか、大庭さんが拐わかしに関わっていると疑ってるのか?」
「拐わかしもそうですが、もっと言えば、あの脅し文といい、今回の姫を取り巻く一連の出来事にはどこか不穏な匂いがつきまとっています。上手く言えませんが、私は胸のザワつくような、ずっと落ち着かない気分でした」
向井家の若い用人は歯を食いしばった。
「私も迂闊でした。大庭の素性をもっと詳細に確認するべきだった。大庭は道場では新参者、それなのに姫に接近しすぎる。護衛を名乗り出たり――そもそも脅し文の件を身近な私以外にいち早く知っていたことも気になります。部外者に身辺のことを安易に伝える姫も姫だが」
「そう言われればその通りだ。うーむ、大庭がこれから立ち向かう相手側の仲間だとすると、これはちと厄介だぞ、なぁ、浅さん?」
「ああ、なるほど」
浅右衛門は静かにひとつ頷いた。
「そういうことか……よくわかりました、篠田さん」
「さあ、見えてきましたぜ、皆さん、あそこが宗元寺だ!」
先導する下っ引きが傾いだ山門を指差した。
足を踏み入れるまでもなく門から凄まじい剣戟の音が聞こえて来る。
「や、こりゃいかん、なにやら派手にもう始まってやがる。しかし、まずは中の様子を覗ってから――あ」
「姫――っ!」
逡巡せずに篠田が飛び込んだ。となれば――
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